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山口県長門市-自然豊かな歴史と文化の街

12月15日に開かれる日露首脳会談。開催地として安倍晋三首相が選んだ長門市は、本州の最西端・山口県の北西部に位置する町だ。ここにはどのような文化があり、どんな人々が暮らしているのだろうか? 山口県のタウン情報誌「トライアングル」がレポートする。

日露戦争の傷跡が語る長門とロシアの関係

長門とロシアの関係を考える上で、まず2つの墓が静かに語りかける声に耳を傾けてみよう。それぞれの墓碑に刻みこまれているのは、「常陸丸遭難者」と「露艦隊戦士(ロシア艦隊戦士)」の文字。2つの墓は、約110年前、日露戦争が勃発した時代に亡くなった人たちを悼むために建てられたものだ。

開戦と同時に大日本帝国陸軍の御用船となった大型貨客船の常陸丸。将兵らをのせ戦場へ向かう途中、玄界灘でロシアの軍艦に撃沈され、多数の戦死者が出た。その遺体は長門市通(かよい)の沖合にも流れ着き、漁に出ていた村人・君川亀太郎が発見。丁重に葬ったという言い伝えが残っている。

ロシア艦隊戦士の墓碑も、日露戦争に関係している。日本海海戦中の対馬沖でロシア艦隊が壊滅した時、通大越の浜にも戦没者の遺体が数体打ち上げられた。そうしたロシア兵の遺体を、村の浦人は家族のように手厚く葬ったそうだ。当時は自然石を置いた墓碑だったが、1968年に現在の墓碑が地元住民の手によって建てられた。

そして現在も毎年慰霊祭が行われ、子孫によるお墓の手入れが続けられている。敵国自国を問わない村人の心が繋いだ絆が、大切に受け継がれているのだ。

右が「常陸丸遭難者」、左が「ロシア艦隊戦士」の墓碑(写真提供=長門市役所)

自然豊かな長門の原風景

海と山に囲まれ、自然の美しさが数多く残る長門。四季の中でも、春の桜と秋の紅葉風景は別格とたたえられる大寧寺(たいねいじ)では、朝坐禅の有料体験も温泉街の宿泊者を中心に人気だ。凛(りん)とした朝の空気と季節の彩りを五感で感じながら、己と向きあう精神統一の時間は、心を穏やかにしてくれるだろう。

早朝7時~8時に開かれる朝坐禅(撮影=湯本温泉旅館協同組合)

ここ数年で全国的な注目を浴びるようになった青海島(おうみじま)のダイビングスポットは、夏のお楽しみだ。沖縄の“青の洞窟”を思わせる神秘的な景観に、多くの人が魅了されている。この透明度の高さは、海底が砂利ゆえに砂埃が立たないことが秘密だそうだ。時にはクリオネの仲間などの深海生物と遭遇することもある。

青海島のダイビングスポット(撮影=窪貴士)

通の漁港近辺を歩くと、秋冬には港町ならではの風物詩に出逢うことがある。イカやシラス、昆布といった海産物の天日干しだ。海産会社だけでなく、各家庭でも親しまれ、親から子へと受け継がれている。今では全国的にもあまり見かけなくなった漁村風景もここでは健在だ。

イカの天日干し(撮影=伊藤晋慈)

しらすの天日干し(撮影=伊藤晋慈)

そして長門の天日干しといえば、ミネラル豊富な油谷湾の海水を使い、立体式塩田による塩作りに励む「百姓庵」。太陽と風の力を借りた古来の製法と、天地返しという技法で作る釜炊きの「百姓の塩」は、四季折々に味わいが違う。県内の高級旅館や施設はもちろん、首都圏を中心に全国各地で人気を集めている。

百姓庵の塩作り

400年以上受け継がれる伝統の祭り

2つの独特な祭りが行われる夏と秋は、町内がいつもより活気付く季節だ。神輿(みこし)が青空に舞う「放り神輿」で町を練り歩く田頭御神幸祭(でんどうおみゆきさい)は、三隅地区で隔年行われている勇壮な夏祭り。音頭と掛け声に合わせて、神輿を左右に大きく揺さぶり、空中に放り上げて受け止める。神輿は担ぐものとする日本では非常に珍しい。神輿が空高く上がるほどに、神様は喜び、大きな御利益を授かるそうだ。

田頭御幸神祭の放り神輿(撮影=森田宏昭)

今年420年目を迎えた赤崎まつりは、農業の守護神に願った疫病の平癒を感謝する奉納神事。すり鉢状の地形を活かし石垣で築かれた「楽桟敷」と呼ばれる野外劇場で、「楽踊り」と「湯本南条踊り」という2つの踊りが奉納される。子どもから年配者まで、華やかな衣裳に身を包んだ人々による乱舞は、躍動感があふれる。過去には昭和天皇も訪れるなど、国の重要有形民俗文化財に指定されている。

赤崎まつりの奉納舞い(撮影=辰川泰朗)

文化継承の新たな発信拠点

敗戦によるソ連への抑留体験から生まれた「シベリア・シリーズ」が代表作とされる画家・香月泰男も、長門とロシアを語る上で欠かせない文化人だ。1993年に開館した香月泰男美術館には、シリーズ以外の油彩や素描、版画の他、子ども向けのおもちゃといった作品が収蔵・展示されている。シベリア・シリーズとは相反する、花鳥風月といったモチーフから、人間愛と平和に対する彼の想いを垣間見ることができるだろう。

同じく長門出身の童謡詩人・金子みすゞの作品も、弱者に対する温かいまなざしが人々の心を揺さぶってやまない。近年では、彼女の想いを伝えるため、2004年に若者が中心となって発足した「みすゞ燦参SUN 」の活動が話題を呼んでいる。7つの巨大モザイク壁画の中でも、「プロジェクトM20000」にはある仕掛けが。一見、願い事の書かれたかまぼこ板2万枚によるモザイク壁画だが、ブラックライトを当てると大羽鰮(いわし)が浮かび上がり、彼女の詩「大漁」の世界観に包まれる幻想的な空間となるのだ。

プロジェクトM20000(撮影=渡邊幸一)

江戸時代の浄瑠璃と歌舞伎の作者・近松門左衛門が出生した地と伝わることから、2000年に開館した山口県立劇場ルネッサながと。ここには芝居小屋を模したホールがあり、廻り舞台、花道、舟底迫り、文楽廻し、奈落、すっぽんなど、国立劇場並みの素晴らしい舞台装置がそろっている。歌舞伎や文楽、狂言などの伝統芸能だけでなく、幅広いジャンルの公演が行われている。

ルネッサながとの劇場(写真提供=ルネッサながと)

昔ながらの信仰と伝統が、今でも人々の暮らしと共に息づく長門。香月泰男や金子みすゞが生涯こよなく愛した街並みを巡るたけでも、その温もりが伝わってくる。

取材と文=「月刊タウン情報トライアングル」編集部

バナー写真:大寧寺の紅葉風景(撮影=飯田 友一)

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