和食を彩る

「和包丁界の救世主」ビヨン・ハイバーグと職人の絆

文化

職人の技によって作り出される鋭い切れ味で、和食作りには欠かせない「和包丁」。大阪と東京で刃物専門店を営むビヨン・ハイバーグさんは、和包丁にほれ込み、その魅力を世界に向けて発信している。

うま味を閉じ込めて切る

まずは和包丁の切れ味をご覧いただきたい。左が一般的なステンレス製包丁で切ったニンジン。右が、和包丁を軽く押し出しただけで寸断されたニンジンの断面だ。

「切れない包丁を使うと、ニンジンの繊維をつぶしながら押し切る感じになります。でも、和包丁は軽く押し出すだけで、なめらかな美しい断面を作ることができるのです。柔らかい物を切る場合も同じで、切れない包丁でトマトを切ると果汁が吹き出しますが、和包丁だとほとんど汁が出ません。つまり、食材の組織を壊さず、風味を閉じ込めたまま切ることができるのです」

そう解説してくれたのはデンマーク育ちのカナダ人、ビヨン・ハイバーグさんだ。ビヨンさんは23歳の時に来日し、日本人女性と結婚。英語教師などを経て、ヤスリ業者を営んでいた頃、営業先の大阪府堺市で土産にもらった和包丁の切れ味に魅せられた。その後、刃物メーカーに9年間勤務し、日本各地の包丁職人と交流を持ち、その熟練した技にほれ込んでいった。そして、2011年に大阪府大阪市にある新世界の通天閣タワーの足元に和包丁専門店を開業。店名はずばり、「Tower Knives Osaka」とした。

ビヨンさんの夢は「世界中のキッチンで和包丁が使われる」こと

「自分が職人になるのは、とても無理だと思いました。その代わりに和包丁の魅力を世界中に伝えようと考えました。それは、包丁屋の販売員たちの説明が、私から見ると下手くそだったからです(笑)。全然、和包丁の魅力を伝えられていません。特に外国人が来ると、しどろもどろになって逃げていってしまう。だから、自分で刃物専門店を始めたのです」(ビヨンさん)

ビヨンさんが最初にほれ込んだという堺市の打刃物

和食文化の発展を支えた和包丁

2013年にユネスコの無形文化遺産に登録されるなど「和食」が世界中に広まる中、それに合わせて「和包丁」の人気も高まっている。しかし、その特長や利点については、あまり知られていない。そんな状況を、真の意味での「和食文化の普及」ではないとビヨンさんは言う。

「例えば、刺身包丁を使えば、生魚の組織を崩さずにきれいな断面となります。そのため、醤油(しょうゆ)をさらりと付けることができるのです。でも、切れない包丁を使うと、つぶれた繊維から醤油がベッタリと染み込んで、食材の味を殺してしまいます。つまり、和包丁を使わないと、本物の刺身や寿司は味わうことができないのです」

実演でお客さんに和包丁の魅力を伝えるビヨンさん

そもそも、日本人が生魚を食べる習慣があることにも、和包丁が大きく関わっているという。それは、鮮度と保存期間の問題だ。

「切り口がデコボコしていると空気に触れる部分が増え、つぶれた繊維からは菌などが入り込みやすくなります。それに対して、なめらかな切断面は空気との接触面積が小さい。そのため、和包丁で切った食材は、鮮度が保たれて腐りにくいのです。冷蔵庫もなく、氷も手に入りづらかった時代から、生魚を食べて和食文化を築けたのには、和包丁の力が大きく関わっていると思います」(ビヨンさん)

「Tower Knives Osaka刃物工房」と通天閣をバックに笑顔のビヨンさん

日本刀の切れ味と耐久性を継承

和包丁の名産地は、かつて日本刀が製造されていた地域が多い。戦乱が鎮まった江戸時代、廃刀令(1876年)が発布された明治時代と刀の需要は減っていった。そこで、刀匠たちは包丁やハサミなどの家庭用刃物を製造し始めたのだ。

日本刀の製造技術を継承した和包丁は、「切れ味」と「耐久性」を併せ持つ。鋭い切れ味を持つが脆(もろ)い鋼の刃を、衝撃に強い軟鉄の地金に貼り付け、何度も火入れをして叩き、なじませるように鍛え上げる。そして、丁寧に刃を研ぎ、別ごしらえの柄を取り付けて完成となる。

日本刀同様に、片刃の物が多いのも特徴。片刃だと切る時に刃先は少しずつ左に流れていくため、切った物が刃から剥がれやすく、作業効率が上がる。また、出刃包丁や刺身包丁、菜切り包丁などさまざまな種類があり、特定の食材専用の物やサイズも豊富なのが西洋包丁との大きな違いだ。

「Tower Knives Osaka」に陳列される多彩な形状の和包丁。商品説明には英語も併記されている

日本有数の技術を持つ職人が登録される伝統工芸士の資格を持つ藤井さん

「Tower Knives Osaka」で包丁づくりを披露している堺市の包丁職人・藤井啓市(ふじい・けいいち)さんは、和包丁が世界に広がっていくことを願っている。

「確かにドイツなどにも良い包丁があります。でも、それはジャガイモやニンジンなどの堅い具材を大きめに切ることが多い、ドイツ料理に適した包丁なのです。当然、桂むき(※1)にドイツの包丁は向きません。繊細な作業が強いられる和食の料理人からの要望を受けて、和包丁は進化してきたのです。その結果、和包丁にはたくさんの種類が生まれました。私は今後、その多様な切れ味が、海外の料理に応用されていくと思っています」

(※1) ^ 輪切りにした大根、キュウリなどを、皮をむくように薄く長く帯状に切る和食の技法

文化を使い捨てにしてはならない

近年、和包丁の輸出量が伸びているのに対して、日本国内での需要は減少中だ。職人が作る和包丁は高価な上に、刃が鋭いために刃こぼれがしやすく、定期的に研がなければいけないからだ。それに比べて、ステンレス製の洋包丁は安価で、メンテナンスも簡単なものが多い。

「包丁は毎日使う物。切れる包丁だと料理時間を短縮できるし、料理自体も楽しくなります。たまに研ぐことくらいは、時間や労力のロスには全然なりません。どちらかというと、メンテナンスの必要性や方法をきちんと伝えないで売るショップが多いことが問題なのです。和包丁は、大切にすれば長く使える物。使い捨てのような安い包丁を使うことは、素晴らしい文化を捨てることにもつながります」(ビヨンさん)

店内で研ぎの技術を披露する岐阜県関市の職人・小林弘樹(ひろき)さん

職人の技術が伝えられる店

「Tower Knives Osaka」の外観

「Tower Knives Osaka」は、しっかりとした和包丁の説明と品ぞろえの良さが、国内外で評判を呼んでいる。開業当初はビルの2階にあったが、すぐに近くにある広めの路面店へと引っ越した。15年には、東京スカイツリータウンにある商業施設「東京ソラマチ」に「Tower Knives Tokyo」を出店。そして16年末に、本店近くに完成したのが「Tower Knives Osaka 刃物工房」だ。

「刃物工房は、まさに僕の理想形。職人とお客さんが触れ合える店を作りたかったのです。和包丁は職人の技があっての物。いくら丁寧に商品説明をしても、職人の磨かれた技術と丁寧な仕事をお客さんに知ってもらえなければ、和包丁の本当の魅力は伝わりません。この新しい店舗では職人の技術に触れられるし、直接対話することができ、作り立ての包丁も買えます」(ビヨンさん)

「Tower Knives Osaka 刃物工房」の店内。奥に見えるのがガラス張りの工房

人生を豊かにする和包丁

ビヨンさんに感謝しているという小林さん

関市の「研ぎ」専門の職人の家に生まれた小林さんは、ビヨンさんに励まされながら技術を学んだという。今では全工程を一人で手掛け、自分のブランドを持つ包丁職人へと成長した。

「ビヨンの店では、お客さんと直接話ができて、喜んで包丁を買ってくれる姿を見られます。職人にとっても、やりがいにつながる店です。さらに、藤井さんのような、違う地域の優秀な職人さんと触れ合い、技術を学ぶことができます。お客さんとだけでなく、あまり交流がなかった日本各地の包丁職人たちともつないでくれる店なのです。和包丁の国内需要は減少していますが、職人一人ひとりの努力だけでは、その状況を変えるのは難しい。ビヨンは、和包丁界の救世主になるかもしれません」(小林さん)

切れ味の鋭さと見た目の美しさを併せ持つ小林さん作の和包丁

ビヨンさんは店舗運営以外にも、講演活動などで和包丁の魅力を発信する。他にも、訪日外国人向けの和食料理教室に和包丁を提供して、実際に使うことで良さを感じてもらえるようにしている。

「日本語では“切れ味”という言葉を使いますが、まさに“切れ”は“味”を作ります。和包丁は料理をおいしくするし、料理を楽しくもするのです。海外のお客さんから、『和包丁のおかげで人生が変わった』『幸せになった』というメールをよくもらいますが、私は決して大げさではないと感じています。海外でも少しずつ和包丁が使われていますが、流通しているのは “まあまあ”の大量生産品が多い。もっと優れた職人の和包丁を世界に広められるように頑張っていきます」(ビヨンさん)

●店舗情報

「Tower Knives Osaka」(本店)

  • 大阪市浪速区恵美須東1-4-1
  • 営業時間:午前10時〜午後6時 毎日営業
  • 地下鉄堺筋線恵美須町駅から徒歩3分、地下鉄御堂筋線動物園前駅から徒歩8分
  • 常時300種類以上の和包丁が揃えられ、値段も5千円くらいのものから20万円以上するものまで幅広い。
  • 言語:英語とフランス語対応のスタッフが常駐。日によっては中国語スタッフも
  • http://www.towerknives.com/
写真・動画撮影=三輪 憲亮
取材・文=ニッポンドットコム編集部

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