心躍る文房具の世界

日常を旅に変える「トラベラーズノート」

暮らし

タイの工房で作られた自然な風合いの牛革を使った、「旅人」のためのノートが誕生して11年。使い手がカスタマイズして自分だけのノートを作ることができるのが魅力で、今では海外にも熱狂的なファンを持つ。

良く言えば風合いがある、悪く言えばラフで素っ気ない。素朴な牛革製のカバーとシンプルなノートで構成された日本生まれの「トラベラーズノート」=旅人のためのノート=が、世界各地に熱狂的なファンを持つブランドに成長している。ソウル、香港、台北、ニューヨーク、ロンドン、ベルリン、アムステルダムを巡り、各地のホテルや書店などで開くファンのためのイベント、通称「トラベラーズキャラバン」は毎回大盛況だ。

トラベラーズノートが誕生したきっかけを、紙製品を中心としたプロダクトデザインなど幅広い事業を展開する株式会社デザインフィルのトラベラーズ事業部事業部長・飯島淳彦(あつひこ)さんはこう振り返る。

「(2005年の)『国際文具・紙製品展 (ISOT)』で、A5スリムサイズのノートをテーマにしたコンペが開かれることになったので、何か新しいモノはできないかと考えました。通常、新商品を投入するときには、競合相手の動向や売れ筋の価格帯など、売り場主体の発想で開発します。そうした慣習を断ち切って考案したのがトラベラーズノートです。表紙にはタイで出会った手作りの牛革を用い、当社のオリジナルの『MD用紙』を組み合わせてみました」

「トラベラーズノート」にはレギュラーサイズ(4320円)とパスポートサイズ(3456円)がある。ノートのリフィルには横罫(よこけい)やダイアリーなど何種類かあるが、無地タイプが原点

チェンマイの手作り工房との「コラボ」

十数年前、定期的にタイに出張していた飯島さんは、チェンマイで若い夫婦2人が営む小さな工房を知り、素材の魅力を引き出すその仕事ぶりに魅了された。何か一緒にモノ作りができれば…。その思いが、コンペ作品で結実した。

牛革は本来、「トラ」(天然皮革の表面に筋のように入っているシワ)や傷痕、色ムラがつきものだ。天然素材の証しともいえるが、均一な品質が求められる日本の売り場では敬遠される。だが、コンペであればそうした制約はない。飯島さんはあえて味のある牛革をそのまま使い、インクがにじみにくく裏抜けしにくいオリジナルの「MD用紙」を使ったノートリフィルを合わせ、ゴムひもで留める仕様を施した。

「出来上がった原型を見た時に、これを持って旅をしたいなとフッと思いました。日本のノートにチェンマイの空気感が加わって、どこか “旅感” を感じさせた仕上がりでした」

ISOTのコンペのユーザー投票で2位を獲得した「トラベラーズノート」は、コンペの翌年、2006年3月に発売された。当初のラインナップは、黒と茶色の2種類のカバーに5種類のリフィルで、価格は3000円台と手帳としては高価。派手に宣伝したわけでも、全国的に売り出したわけでもない。売り場を限定し、どちらかといえば地味なデビューだったにもかかわらず、予想以上に多くのファンを獲得していく。

「(06年)当時、ブログを開設する人が急増していました。トラベラーズノートを買った人たちが、ブログで自分なりの使い方を紹介してくれて、それがネットで拡散されたんです。ちょうどデジタル時代だからこそアナログな文具を見直そうという機運が高まっていた時期でしたし、時代とうまくリンクしたように思います」

ユーザーが自らの使い方をネットで紹介し、それに触発されて新たなファンが生まれていく。この好循環に貢献したのが、トラベラーズノート独自のホームページだ。当初、飯島さんを始めとするスタッフは、ノートの「旅」の世界観を効果的に伝える写真を出張先で撮影してはネットにアップ。今では、ユーザーからノートの自分なりの活用法や旅の写真、コラムなどの投稿を常時募集して掲載している。

飯島淳彦さん愛用のトラベラーズノートは、カラフルなステッカーや旅先で描いたスケッチが満載で、さながらアート作品だ

独自のノートを作り上げる楽しさ

「トラベラーズノート」には、「ハーモニー」「トラベル」「カスタマイズ」の3つのコンセプトがある。ハーモニーは日本とタイのハーモニー。トラベルとは「旅に持っていきたいノート」であり、「日常を旅するように過ごすためのノート」という意味だ。

「3つ目のカスタマイズは、自分 “オリジナル” の手帳にできるということ。スーツケースにホテルやエアラインのステッカーを貼ると、旅の証しが増えて、誰のものでもない自分だけのスーツケースになりますよね。あれと同じです。きれいに手入れして使うのもいいし、雑に扱ってもいい。シンプルだからこそ自由に使ってもらえる。その人にとって心地よい使い方ができるのがトラベラーズノートなんです」

しおりやノート本体を閉じておくためのゴムバンドなどにつける「チャーム」(飾り)やストラップ、ポケットシールやマスキングテープといったツールもユーザーの遊び心を刺激する。

東京・中目黒の路地裏にひっそりたたずむ直営店「トラベラーズファクトリー」

店内は、ノートをカスタマイズするためのさまざまなツールや旅関連の雑貨があふれ、小さな旅にいざなってくれる

カメラやトランクなど旅をイメージするデザインのスズ製チャーム(飾り)はチェンマイで作られたもの

マスキングテープやシールはノートを楽しく演出するための小道具

店舗では切手を販売し、ポストカードを送ることもできる。好きなスタンプを選んで押すのも自由だ

パンアメリカン航空(パンナム)とのコラボアイテム

発売から5年目の2011年。熱心なファンが着実に増えてきた段階で、同社は東京・中目黒に直営店「トラベラーズファクトリー」を開いた。紙加工工場として利用されていた路地裏の小さな古い建物をリノベーションした店舗は、まさに「ファクトリー」だ。トラベラーズノートにオリジナリティーを加味し、“旅感”を盛り上げるための道具がそろったワクワクする空間が広がっている。

同年、ソウルと香港で初の海外イベントを開催。その後台北やニューヨーク、ヨーロッパの3大都市キャラバンなども開催し、海外ユーザーとの接点を設けている。いずれもユーザーの熱意から生まれた「ファン参加型」のイベントだ。

「各国のトラベラーズノートのファンからいただく『うちの国でもイベントをやって欲しい』という声が開催のきっかけになっています」

国境を超えてトラベラーズノートが多くのファンをつかんでいるのは、ブランドの軸足にブレがないからだろう。商品開発から生産管理までのプロセスに関与しているのは、飯島さんを含めて3人。デザイナーも発売当時から同じだ。ブランドの世界観の根幹を少人数のスタッフが支えている。

成田空港と東京駅にも直営店を出したが、今のところ増やす予定はない。旅を求め、日々の生活の中でも旅の気分を味わいたいというコアなファンを大切にしながら、そのネットワークで海外市場を切り開いている。

(2017年6月19日 記/ 撮影=長坂 芳樹)

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