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書き心地の良さへのこだわりを貫く「ツバメノート」の古さと新しさ

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日本に唯一残る機械を使って引く罫(けい)線、糸とじ、上質な紙にこだわり続けて70年。創業以来の製法を守る一方、個性的な新商品も創り出しているツバメノート(台東区浅草橋)を取材した。

紙づくりからこだわったノート

罫引き、糸とじ、上質な紙。三つの条件を兼ね備え、とことん書き心地の良さにこだわったロングセラーのノートといえばこれを置いては他にない。1947年に誕生したツバメノートだ。

クラシックな飾り模様が入ったグレーの表紙に、金色に輝く品番が箔(はく)押しされた黒い背がよく映える。「NOTE BOOK」というレトロな文字も印象的だ。表紙を開くと、罫線が引かれた、優しいアイボリー色のページが顔を出す。

「実際に紙に触ってみてくださいよ。油性インクを使うオフセット印刷だとインクが紙に染み込まないから罫線が少し盛り上がってしまいますが、うちのは水性インクで紙に直接罫線を引いているから、指に引っかからない。万年筆や水性ペンのインクも紙の中にスーっと入っていくので滑らかに書けます。インクが上にたまらないので吸い取り紙の必要もない。これがフールス紙の良さです」

まるでかわいくてたまらないわが子のことを語るかのように、社長の渡邉精二さんの言葉は続く。

徹底的に書き心地の良さにこだわったツバメノート。A5判、B5判がある「大学ノート」の価格はページ数により異なり、160円~500円程度

フールス紙は元々英国から入ってきた高品質の筆記用紙の一種。もっと安くて良いものを目指して改良を加えた結果、ツバメノートの中性フールス紙が生まれたと語る渡邉精二さん

「終戦直後、日本には粗悪品のノートがあふれていましてね。これでは良くない、日本の文化をだめにしてしまうと、初代(渡邉初三郎)が十条製紙とタイアップして作り上げたのがこのツバメ中性紙フールスです。英国から入ってくるフールス紙が高かったので、もっと安くて良いものを作ろうと研究して実現しました。価格的には他のノートより高かったけれど、書きやすいと評判になり、すぐに人口に膾炙(かいしゃ)していったんですよ」

消費者の嗜好(しこう)の変化を受けて、本文用紙の色は誕生当時より白みが若干強くなっているものの、蛍光染料は使っていない。蛍光染料を使えば見た目は白く明るくなるが、使う人の目には優しくないと考えるからだ。

日本で唯一の罫引き機

コストの安い糊(のり)付け製本に背を向け、ミシンでの糸とじにこだわるのも使い勝手を優先しているため。糊付けしたノートは何度も開いたり閉じたりしているうちにバラバラになってしまいがちだが、表紙と本文用紙の束をセットして工業用ミシンで丹念に綴(と)じたツバメノートなら用紙がばらける心配はない。一度ツバメノートを使うとずっと愛用したくなるのは、書き心地のよさと使いやすさに徹底的にこだわる作り手の思いが形になっているからだ。

罫引きの現場を見学させてもらった。向かった先は、ツバメノートと同じく台東区にある井口罫引所。日本ではもうここだけとなった罫引き機が稼働している “レア” な工場である。

稼働年数50年以上。見るからに年季が入ったアナログな罫引き機に1枚1枚紙が送り込まれ、ローラーを通過して薄紫色の罫線が規則正しく引かれていく様子は圧巻だ。井口博司さんは淡々と紙をセットし、インクや罫線を引くペン先の状態などをこまめにチェック。罫線が引かれた紙はまとめて別の場所に移す。方眼紙の場合には、紙が乾燥後に90度角度を変えて2回目の罫線が引かれる。一連の作業を手際よくリズミカルにこなしていく井口さんの技術があればこそのツバメノート。ベテランの職人技術者とがっちりスクラムを組むことで、上質で書きやすいノートが生まれる。

稼働年数50年以上の機械を調整しながら黙々と作業する井口博司さん

次から次に送り出される紙に罫線が一斉に引かれていく

罫線を引き終えて積み上げられた紙

表紙にミッキーマウスも登場

ツバメノートが単なるレトロなノートメーカーにとどまっていない点も興味深い。さまざまな企業やブランドとコラボレーションしたノートを次々に発表し、新製品の開発にも意欲的だ。

例えば8年前から発売しているディズニーとのコラボ商品。表紙にはおなじみのミッキーマウスのキャラクターが描かれ、縁取りのデザインの中にさりげなくミッキーのモチーフがちりばめられている。パッと見では分からないだけに、ディズニーファンには宝探しのような楽しさがあるノートだ。

過去には、有名デザイナー、アニエス・ベー特注のノートも製作している。このとき使用したのはバイキングフールス紙。ツバメ中性紙フールスよりもさらに上質な書き心地の高級紙だ。

「インクの浸透度や平滑度(へいかつど)は断然上です。スムーズに発進するロールスロイスみたいに滑らかにインクが浸透していく。書いてみるとわかります。ただコストが高いので、今は生産されていません。バイキングフールスを使うとノートの値段がどうしても高くなるので、売れる量が限られてきますからね。でもそういうノートをセレクトしたアニエス・ベーのブランドは素晴らしいですよ」

今は幻となったバイキングフールス紙を熱く語りながらも、渡邉さんの目は常に未来を向いている。2017年4月には、400年の歴史を持つ富山県の伝統工芸・高岡銅器を表紙にあしらった「Perfect.Z」という新作を発表した。銅器着色技術で高い評価を得ている富山県の折井着色所と一緒に作りあげた芸術作品のような趣の化粧箱入りノートだ。

時を同じくして、ツバメノートはブライダル情報誌「ゼクシィ」と連携し、本誌の付録として、国内リゾートウエディング版と海外ウエディング版の「ブライダルノート」を開発している。結婚が決まった瞬間から挙式当日まで、ゲストリストや予算配分など花嫁がやっておくべき “TO DO” を網羅した。荘厳な雰囲気の「Perfect.Z」と、結婚式の準備に余念がない女性のための「ブライダルノート」。ツバメノートにはさまざまな「顔」がある。

富山県の伝統工芸である高岡銅器を表紙にあしらった「Perfect.Z」(化粧箱入り8000円)

展覧会開催時に販売された限定ノートなど、さまざまな楽しいツバメノートが生み出されてきた

最後にツバメノートの由来を聞いてみた。

「ノートを出した当時、営業に燕(つばめ)さんという優秀な男性社員がいたんですよ。モンゴメリー・クリフト(1950年代に人気を得ていたハリウッドの男優)みたいに男前で、話もすごく上手でね。得意先からは『おたくはノートもいいし、人もいい』と褒められて、『燕さんのノートちょうだい』とよく言われた。初代が『だったら』とノートにその従業員の名前をつけちゃった(笑)。でも、B5版のノートの背の部分には初代の名前のW(渡邉)が、A5版にはH(初三郎)がついているから、ちゃんと初代の名前も残っています」

創業者のイニシャルから取ったWはB5版、HはA5版を指すコード。30Sは30シートで、ページ数を表す

従業員の名前を冠したブランド名は後にも先にもツバメノート以外に例がないのではないか。どこかほんわり温かくなるようなエピソードを秘めたツバメノートは、洗練された雑貨のセレクトで知られるニューヨークやパリのコンランショップでも販売され、好評を博している。極上の「書き心地」を追い求める志向に国境はない。

撮影=長坂 芳樹

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