心躍る文房具の世界

カキモリのオーダーノート:「自分だけの一冊」でアナログな時間を楽しむ

暮らし

パソコンに向かう時間が多い日常だからこそ、オーダーメイドの1冊のノートに日々の雑感をしたためる時間が大切に思える。カキモリ (東京都台東区) は、「書く時間」をいとおしむ人たちのための文具店だ。

「自分だけの一冊」を作る

木のぬくもりに満ちた店内に足を踏み入れると、棚一面に並べられた鮮やかなノートの表紙が目に飛び込んでくる。ここは、好みの表紙や中にとじる紙、リング、留め具を選んで、自分だけのオリジナルノートをオーダーできる店、「カキモリ」だ。

豊富な種類の表紙や中紙から選んで組み合わせて自分好みの1冊を作る

「最初の1年はお客が来なかった」と語る広瀬琢磨さん

写真はリングノートを作る工程。20分もかからずに出来上がる

表紙は無地、花柄、和柄、幾何学模様など常時60種類。中紙も、万年筆に合うフールス紙からざらっとした手触りのコミック紙、写真やカードを貼るのに適したクラフト紙まで約30種類がそろっている。5色そろったリング、13色のゴム留めや8色のボタン留めなどを組み合わせれば、オーダーできるノートの種類は無限大といっていい。

選んだツールをスタッフに手渡せば、あとはもう出来上がりを待つだけだ。通常は約20分かかる。店内の工房で仕上がった「自分だけの一冊」を手にするときには誰もがワクワクするに違いない。

店主の広瀬琢磨さんが、台東区蔵前に店を開いたのは2010年。「書くこと」に的を絞り、オリジナルノートに加えて、国内外から独自のセンスでセレクトした万年筆や文具がそろったカキモリは、いまや全国の文具ファンに名前がとどろく人気店だ。

「でも最初の1年ほどはほとんどお客さまがいなくて、一時はまずいな、どうしようかなと思っていましたよ(笑)。蔵前にクリエイターのアトリエ兼ショップやオシャレな雑貨店が増えたこともあり、少しずつ人気が広がってきました。最初の頃は単に持っていて可愛いノートを作りたいという方が大半でしたが、最近は自分の思いをしたためたる日常的な道具としてのノートが欲しいという方が多くなったのはうれしいですね。『こういう風にノートを使っている』とか『次はこんなノートが作りたい』とスタッフとの会話を楽しむ方も目立ちます」

ノートに書き込む「アナログ」な時間を大切に

スケジュール管理はスマートフォンで済ませる一方で、ちょっとしたアイデアや日々の雑感をお気に入りの一冊にしたためたい。アナログなノートを楽しむカキモリファンのノートへのこだわりは、年々強くなる一方だ。以前は1000~1200円だった平均単価(顧客が表紙や中紙を選んでオーダーノートを作る際の平均価格)は、いまでは約2千円だ。パソコンやスマホを操作する時間が長いからこそノートを開く時間を大切にしたいと、価格よりも好みを優先させる人が多いのかもしれないと広瀬さんは言う。

カキモリの人気を受けて、同じようなオリジナルノートのサービスを導入する文具店が増えているが、広瀬さんは意に介さない。

「表紙や中紙、留め具に製本機さえそろえれば、簡単にまねができる。でも、これだけの種類の紙や留め具などを小ロットでそろえ、かつ、この価格で販売できるのは、活版印刷や箔(はく)押しなどの職人さんのほか、文具の町工場や問屋がこの地域にたくさん存在するからです。職人さんたちの高齢化は気がかりですが、半径1キロから3キロに広げて墨田区まで足を伸ばせばまだたくさんの職人がいる。こんなにノートを支える業者が集結しているエリアはほかにはない。地元と連携してこそのカキモリです」

仕組みやノートの種類だけではない。時間をかけて築き上げた地元産業との信頼関係もカキモリの大きな武器なのである。

インクも「自分だけ」の色を作る楽しさ

2014年、広瀬さんはカキモリのすぐ近くに世界でも例がない超ニッチな専門店をオープンした。万年筆用のインクを3色まで選んでオリジナルの色のインクを作ることのできる店、「インクスタンド」だ。当初はベースになるインクを米国のメーカーから仕入れていたが、そのメーカーの社内トラブルで仕入れが滞ってしまった。いったんは閉店に追い込まれたものの、16年に晴れて再開にこぎつけた。

「米国のメーカーのインクは混ぜ合わせることができて、かつ発色が鮮やかだったんですね。粘り強く交渉して取り引きを実現させましたが、モノが来なければ商売にならない。店を閉じている間に日本の絵の具メーカーに打診して、万年筆用の「水性顔料」(編集部注=通常万年筆に使われるインクは「水性染料」)を使ったインクを共同で開発しました。ですから、これは私たちの完全なるオリジナル。ベースの色を14色そろえています」

実験室のようでもあり、おしゃれなバーのカウンターのようでもある「インクスタンド」の店内

3種のインクを選んで調合する

試し書きをしながら混ぜる割合を調節する

「インクスタンド」は完全予約制で1日20組限定だ。化学の実験室を思わせる店内で、インクを選びスポイトで調合して好みの色に仕上げるプロセスは、日本人のみならず外国人にも大人気。満席が続く週末には、必ずと言っていいほどオリジナルインク作りを楽しむ外国人客の姿を目にする。

カキモリにも海外からの客が訪れる。台湾、ヨーロッパ、米国、オーストラリアからの個人旅行者が大半で、ネットなどの情報で店の存在を知って足を運ぶそうだ。

書くことをさらに楽しく

土日には行列ができるほどの繁盛店に成長したカキモリは、2017年11月、台東区の蔵前から同区内の三筋町に店を移転した。売り場の広さはこれまでの約3倍。天井が高く、店内は広々としているが、客を迎え入れる温かな雰囲気は以前の店と変わらない。

「前の店では売り場が狭く、正直、混雑してしまうと接客もままなりませんでした。そこで思い切って移転に踏み切りました。オリジナルノートを作る手順自体は変わりませんが、リングノートではないタイプのノートもそろえ、これまで扱いを絞っていた海外のステーショナリーも増やしています。オリジナルの万年筆を作る計画もありますよ。万年筆の下請けメーカーに依頼し、プロダクトデザイナーやアートディレクターを入れて、書き心地を追求した普段使いのための万年筆を目指しています」(広瀬さん)

カキモリの元の店舗は18年2月に「新しいコンセプト」の店として再スタートを切るそうだ。

海外での事業展開も着々と進行している。すでに台北のセレクトショップに常設のスペースを設けているが、18年以降は北米、ヨーロッパへの進出を検討している。書くことをもっと楽しんでもらいたい。書くきっかけをもっともっと作りたい。広瀬さんの情熱は国境を超えて広がっている。

(撮影=長坂 芳樹)

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