日本列島花巡り

赤いソバの花が咲く里へ

文化

読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋、そして食欲の秋。旬を迎えた野菜や果物がおいしく実る日本の秋は、新そばの季節でもある。収穫前に咲き誇る花を眺めに長野県箕輪町(みのわまち)を訪れた。ここでは大変珍しい、赤いソバの花が見られるという—。

新そばを食す前にソバの花をめでる

和食を代表する食べ物の一つ「そば」。その材料となるソバの実は、年に2回収穫され、6月下旬から8月頃にかけて実る「夏ソバ」と、9月下旬から11月頃の「秋ソバ」がある。収穫量が多く、香りも良いとされていることから、「新そば」といえば秋ソバを指すことが多い。

9月下旬、新ソバ収穫前の花を楽しむために訪れたのが長野県箕輪町。長野県の中心に位置する、南アルプスと中央アルプスに囲まれた伊那盆地北部の町だ。ここで栽培されているソバの花は通常の白ではなく、珍しい赤色の花を咲かせるという。

赤ソバの花の品種名は「高嶺(たかね)ルビー2011」。真っ赤というよりも、まさにルビー色

伊北(いほく)インターチェンジから約5キロメートルの場所に、箕輪町「赤そばの里」がある。専用駐車場に車を止めて、高い木々に囲まれた山道を約7分登ると、鮮やかなルビー色のソバ畑が出現する。その広さは、東京ドームに匹敵する4.2ヘクタール。空の青色と、山々の緑色とのコントラストによって、赤い花びらがより際立つ。

アルプスの山をバックにした赤ソバの花

「残念ながら今日はまだ五分咲きだから、訪れる人も少ないね。赤ソバの花が咲く時期には、毎年約1万人の観光客が来てくれるんですよ」と語るのは、この地を管理する「古田の里 赤そばの会」の唐沢利文(からさわ・としふみ)会長だ。赤そばの里は、花の見頃を迎える 9月中旬に開園し、幻想的な景色を眺めに訪れる人々を10月中旬頃まで迎え入れている。

唐沢会長と赤そばの里の看板犬・ハナちゃん

ソバは種をまいてから60日程度で花が咲き、花が落ちる頃に実を付ける。育ち方は赤ソバも同様。角張ったハート型の葉をつけた茎が、太さ約5ミリメートル、高さ60~130センチメートル(箕輪町の赤ソバは40〜50センチメートル)に伸びる姿は、1本だけで見ると細長くきゃしゃな印象だ。しかし、先分かれしていく茎の先端には6ミリメートルほどの小さな花をたくさん咲かせるため、満開の時期になると畑一面が花の色に染まる。

満開の赤そばの里(写真提供:古田の里 赤そばの会)

舌で楽しむ季節の味

五分咲きでも十分目を楽しませてくれる風景だが、そばというからにはぜひ舌でも堪能したいところ。しかし、赤そばは食べ物としても珍しいという。

「普通のソバが1粒の種から50粒の実が収穫できるとしたら、赤ソバは3〜5粒程度の実しか採れないのです」(唐沢さん)

そんな貴重な赤そばを、開園期間中に里の入り口でオープンする「そば処 古田の里」で食べることができる。1日限定30〜50食ほどなので、早めの時間に訪れることをお勧めする。ボランティアの皆さんが朝4時頃から打つという手製のそばは、「赤そば」(900円)と一般的なそばの「白そば」(600円)が、それぞれ「もり」と「かけ」で用意されている。

朝早くからそばを打ち、客を迎える「そば処 古田の里」のみなさん

「赤そばの方が、コシが強いと言われています。色も少し濃いかもしれないね」と、唐沢さんは赤そばの特徴を説明してくれた。実際、白そばと食べ比べてみると、触感や味も確かに違う。赤そばの方が若干もっちりとした弾力があり、味や香りも強く感じられた。

手前は少しだけ赤みがある「赤そば」。奥は一般的な「白そば」

世界中で愛される穀物としてのソバ

日本におけるソバの歴史は古く、平安時代初期に編さんされた『続日本紀』(797年完成)に栽培方法が記録されている。そのためか、日本固有の食べ物だと思っている日本人は少なくない。

しかし、ソバは世界各地で栽培されている穀物。その調理法も、中国の韃靼(だったん)そば「苦蕎麦 (クゥ チャオ マイ)」や韓国の「冷麺」、イタリアのそば粉パスタ「ピッツォッケリ」のように、日本同様に麺として食べる国は多い。他にも、フランスのそば粉クレープ「ガレット」、ネパールのそばがき「ディロ」などがあり、ソバの消費量が世界一のロシアでは、ソバの実のおかゆ「カーシャ」が日常的に食べられている。

世界中でソバが食されている背景には、栽培の容易さがある 。乾燥した土地を好み、痩せた土壌でも生育するため、栽培可能な地域は広い。また、種をまいてから70〜80日程度で収穫できるとあって、小麦や米と比べて収穫が早いことも重宝される大きな理由だ。

箕輪町の道端に野生していたソバの花。左側が赤ソバの花で、右側が普通の白いソバの花。

ヒマラヤ生まれ、日本育ちの「高嶺ルビー」

ソバの原産地をたどると、中国雲南省からヒマラヤであるとされている。箕輪町の赤ソバもヒマラヤで生まれ、日本で改良された「高嶺ルビー」という品種だ。

強い紫外線が降り注ぐ標高3800メートルで咲くソバのうわさを聞きつけて、蕎麦研究家で当時信州大学教授を務めていた氏原暉男(うじはら・あきお)氏がヒマラヤを訪れたのは1987年のこと。そのソバは、過酷な環境下で成長するためにアントシアニンという赤色のポリフェノールを蓄え、赤い花を咲かせる。美しい姿に魅了された氏原教授は、数年かけて赤ソバを研究し、日本の気候でも花開く高嶺ルビーを作り上げた。

この時、共同で開発を行ったのが、伊那郡宮田村に拠点を置き、健康福祉機器や健康食品などの開発生産を行う「タカノ株式会社」。同社では、その後20年にわたって研究を続け、高嶺ルビーよりも色が濃く、日本の開花時期に訪れる台風に負けないように背を低くした「高嶺ルビー2011」を生み出した。現在、箕輪町で見られる赤ソバはこの品種だ。

背が低く改良された高嶺ルビー2011は、見下ろすように鑑賞ができるので、一面に広がるルビー色の絨毯のようだ

赤そばを守り続ける人々

赤そばの里 は、もともと50枚を越す段々畑で、ソバを含め、桑やとうもろこし、麦などの耕作が行われていたが、鳥獣被害により休耕地に。農地を活用するため、1997年から「中箕輪そば組合」によって高嶺ルビーが栽培されることになった。活動は8年間続けられたが、その後「土地を地主に返したい」との申し出があったという。

「赤ソバを楽しみにしている人がいるのに、やめてしまってはもったいない」と思って町に協力を求めたのが、当時上古田区長を務めていた唐沢さんだった。その考えに共鳴した人たちが集まり、2006年に「古田の里 赤そばの会」が結成された。そして、町から赤ソバの種を提供してもらい収穫できた種を町に返すという、委託耕作のような形で運営を始めた。

「赤ソバの花の見頃は、例年台風シーズン。花が満開になるか、お客さんが来てくれるかは天候に左右されるので、毎年一喜一憂を余儀なくされています」(唐沢さん)

入場料は無料だが、里の入り口に設置した協力金の募金箱にお金を入れてくれる人が増えているという。最近はそのカンパと、そば処や地元農産物の直売所の売り上げを合わせて、ギリギリで運営費が賄えるようになってきた。

「ホームページも私が自分で作っているんですよ。最近は、中国や韓国、台湾のお客さんが増えています。外国人が利用しやすいようにホームページの一部は英語に翻訳していますが、それも友人の女性に手伝ってもらっているんです」

唐沢さんは73歳とは思えない活力で、仲間と共に「赤そばの里」を守っている。今では国内外から多くの見物客が訪れる、箕輪町が誇る観光地になった。今後も、台風や天候不良に負けず、この美しい景色を守るために活動を続けていくという。

満開時期には大勢の見物客が訪れる(写真提供:古田の里 赤そばの会)

【施設データ】

「赤そばの里」
  • 花の見頃:例年9月中旬から10月上旬
  • 長野県上伊那郡箕輪町上古田区金原地籍
  • アクセス:自動車で東京方面からは、中央自動車道「伊北インターチェンジ」(新宿から約3時間)より15分。名古屋から約3時間、大阪から約5時間の「伊那インターチェンジ」より20分。一般駐車場とバス有料駐車場から赤そば畑まで徒歩約7分
  • 入場料:無料
  • 古田の里 赤そばの会
取材・文=阿部 愛美
写真=三輪 憲亮

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