日本列島花巡り

萩の花々に秋を求めて

文化

植物が眠りにつく冬を前にして咲く秋の花々。そんな中でも、日本の風習と関わりの深い萩の花を見に墨田区の向島百花園を訪れた。同園では、東京の都心部とは思えない落ち着いた雰囲気で、秋の景色を楽しむことができる。

最も秋を感じさせる花

色鮮やかな花々が力強く咲く夏が終わり、コスモスや彼岸花、りんどうなど、どこかしおらしい秋の花々の季節がやってくる。中でも、秋を代表する花と言えば、萩だろう。あまり目立つ花ではないが、漢字を想像すれば「なるほど」と納得するはず。「草冠」に「秋」と書くのだから。

萩という名を聞いただけで、花の姿をイメージできる人は少ないだろう。山野で普通に咲いている花だが、東京の街中で見付けようとするとちょっと難しい。ところが、東京の都心部にも隠れた萩の名所があるという。墨田区にある向島百花園の「萩のトンネル」だ。

萩の雰囲気にぴったりの着物姿の女性も。絹織物である銘仙(めいせん)の着物は、この日に合わせて萩の柄

入り口の庭門をくぐり、園内へ。取材に訪れた9月末は暑さがぶり返し、園内の緑は生き生きと茂っていた。くねくねと曲がる細い道を少し進むと、園内中央の開けた場所に出る。見回すと「萩のトンネル」と書かれた看板が見える。竹でアーチ状に編まれた柵の外側から栽培されている萩が、長いつるを伸ばし覆いかぶさる形でトンネルを形成していた。

「萩のトンネル」の入り口

トンネル入り口から中を覗(のぞ)くと、太陽の光が差し込みキラキラと輝いている。高さ2メートルほどのトンネル内を歩くと、柵の隙間から萩がところどころ垂れ下がり、視界は萩一色。2〜4センチメートルほどの赤紫色の花が無数に咲いていた。小ぶりで派手さはないが、楚々として上品な花だ。トンネル内で足を止めて、思わず見入ってしまう。

いくつもの花が美しく枝垂(しだ)れる様が萩の魅力の一つ

萩は秋の七草の一つ

萩の花は、秋を代表する七種の草花である「秋の七草」の一つとしても知られている。

秋の野に 咲きたる花を 指(および)折り かき数ふれば 七種(ななくさ)の花

萩の花 尾花葛花(くずばな)瞿麦(なでしこ)の花
女郎花(おみなへし) また藤袴(ふぢばかま) 朝貌(あさがほ)の花

歌人・山上憶良が『万葉集』に詠んだこの二首によって秋の七草は選定された。同園では、七つの花すべてが植栽されており、取材に訪れた9月末は、葛(かずら)と撫子(なでしこ)以外の五つの花が開花時期を迎えていた。

薄(すすき)。馬などの尾に似ていることから尾花(おばな)と呼ばれた

女郎花(おみなえし)。美女を圧倒する美しさを持つことから、この漢字が当てられたと言われている

藤袴(ふじばかま)。小さな花が袴(はかま)の形に似ているという説がある

朝貌(あさがお) 。夏の花・朝顔ではなく、桔梗(ききょう)のことを指す

秋の七草は、秋の収穫を喜び感謝する祭り「十五夜」との関わりが深い。陰暦八月十五夜の月は、“中秋の名月”とも呼ばれる。空気中の水蒸気量が少なく、空気が澄んでいることから一年で最も月が美しく見えるのだそうだ。そのため、十五夜(2017年は10月4日)に最も近い満月の夜は、月を鑑賞する「お月見」が古くから楽しまれてきた。

お月見では、月から見えるよう15個の団子や里芋を供え、秋の七草が飾られる。中でも、薄(すすき)がよく知られ、稲穂に似ていることから豊作の象徴として用いられてきた。長い茎をもつマメ科の萩は、神様が使う箸としての意味があるとされている。かつて村上天皇(926〜967年)や、皇女和宮(1846〜77年)などが、萩の箸で里芋に穴をあけ、穴から覗いて月見を楽しんだそうだ。

文人墨客が愛した向島百花園

向島百花園では一年を通して四季折々の草花が咲き乱れているが、楽しみは花々だけではない。草木が自然に近い形で管理されているため、ウグイスやシジュウカラ、時にはカワセミも飛来する。また、都会では珍しいコオロギやスズムシの音色が楽しめるのも大きな魅力だ。

蜂は、萩など秋の花々から蜜や花粉を集め蓄えることで越冬するという

向島百花園の開園は1804年。江戸の町人文化が花開いた文化・文政期(1804~30年)に当たる。それまで骨とう商を営んでいた佐原鞠塢(さはら・きくう)が、交遊のあった江戸の文人墨客(ぶんじんぼっかく)の協力を得て、幕臣・多賀家の元屋敷跡である向島の地に開園した。絢爛豪華(けんらんごうか)な大名庭園とは異なり、文人趣味があふれる庭園として当時から有名だった。

歌川広重二代(1826-1869)による「向しま花屋敷七草」(東都三十六景より)。園内奥にある池からは、土橋とスカイツリーのコラボレーションも楽しめる(右)

園内の敷地面積は、サッカーのフィールドよりも少し広い程度。しかし、「萩まつり」の時期には、毎年約2万人の人が訪れるというから驚きだ。園内には花々を水彩画でスケッチしたり、撮影したりする人が数多く訪れていたが、その一方で静かで落ち着いた雰囲気に包まれており、まるで都会の隠れ家のようだ。

名物の「萩のトンネル」が誕生したのは1910(明治43)年。この年の夏、隅田川が氾濫し大洪水になったという。水がなかなか引かなかったため、向島百花園の植物も壊滅寸前になったそうだ。その後、園は復活したものの経営不振に陥り、その打開策として考えられたのが「萩のトンネル」だった。

10種近くの萩に出会える

「萩のトンネル」には、よく観察してみると、山萩と白花萩(しろばなはぎ)の2種類の萩があることに気付く。園内は他に毛萩や蒔絵萩(まきえはぎ)、木萩など、実に10種類近くの萩がこの時期一斉に開花するように植栽されている。意識しないと見落としてしまいそうだが、宝探しをする気持ちで園内を散策していると、それぞれの萩の個性を発見できる。

宮城野萩。葉の先が尖(とが)っているのが特徴で、花は大きく紅紫色をしている。「萩のトンネル」で見ることができる

山萩。宮城野萩に比べて葉が丸い。日本全国に広く分布している。東京近郊で見られるのはほとんど山萩か宮城野萩の2種。こちらは「萩のトンネル」横で見ることができる

江戸絞り(えどしぼり)は白地に紫の絞り模様が美しい品種。枝が垂れないことも特徴

毛萩は野生種の萩の中では花が最も大きいと言われている。宮城野萩と似ているが、葉が丸いことで区別できる

向島百花園がある向島は、現在でも100名近くの芸妓(げいぎ)を抱え、料亭が立ち並ぶエリア。寿司(すし)やソバ、和菓子、洋食など、地元に根ざした昔からの飲食店が軒を連ねている。秋の花々を楽しんだ後は、スカイツリーが見えるこの下町をゆっくりと散策してみると、東京のもう一つの顔に出会えるはずだ。

【施設データ】

「向島百花園」

例年9月中旬から10月上旬に「萩まつり」を開催。この時期に合わせて「萩のトンネル」が見頃を迎える。開催中は萩の紹介を中心に園内をまわる「野草ウォッチング」や、「新内(しんない)流し」の公演などで園内は賑(にぎ)わいをみせる。

向島百花園の入場門。左手の受付は赴きのある木造建築

  • 所在地:東京都墨田区東向島3丁目18-3
  • 電話:03-3611-8705
  • 開園時間:09:00〜17:00(入園は16:30まで)
  • 休園日:年末・年始(12月29日~翌年1月3日まで)
  • 入園料:一般 150円、65歳以上 70円 (小学生以下および都内在住・在学の中学生は無料、20名以上の団体割引あり)
  • アクセス:東武スカイツリーライン「東向島駅」より徒歩約8分、京成電鉄押上線「京成曳舟駅」より徒歩約13分、都営バス 亀戸〜日暮里(里22)「百花園前」より 徒歩約2~3分
  • 向島百花園公式サイト

取材・文=阿部 愛美
撮影=三輪 憲亮

バナー写真=見頃を迎えた萩の花を楽しみに、多くの人々が向島百花園を訪れる

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