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特集 離島巡りに出かけよう!
離島シリーズ2 手島(香川県丸亀市):さまざまな歴史遺産に出会える平家落人の島

斎藤 潤【Profile】

[2018.01.25]

人口30人足らずの手島は、瀬戸内海の東に浮かぶ謎深い島だ。観光的には無名だが、古代の石棺、平安時代の仏像、宝塔、江戸時代の制札場、タングステンや金銀銅の鉱山跡、広いヒマワリ畑など、見るべきものがたくさんある。

テシマといえば産業廃棄物の違法投棄で有名になってしまった豊島が有名だが、香川県にはもう一つ同じ読み方の島がある。丸亀市の沖に浮かぶ、塩飽(しわく)諸島の一つ、手島だ。

江戸時代、民衆は大名か幕府に支配されていた。しかし、唯一塩飽の島々の人名(にんみょう、株を持つ一部の人)たちは、幕府御用の輸送船や水夫を提供する見返りとして、住民自治を認められていた。そして、手島もかつて人名の島だった。

立派な家が立ち並ぶ集落

船から手島に降り立つと、同乗の島人はすぐに消えた。左手奥に見える墓地は、故人1人に対して2つの墓を作る両墓制(りょうぼせい)の埋め墓だ。参り墓は、集落の上の寺院にある。

港から西へ2、3分歩くと、立派な家々が立ち並んでいた。石垣、土塀、塗り壁、屋根、造作、どれをとっても立派な建物が多い。家は130軒ほどあって、何百人も住んでいそうだが、ほとんど人と会わない。昭和30年には685人を数えた人口が、今は30人足らずだからか。

立派な家が多い手島集落

塩飽大工と呼ばれる優れた匠(たくみ)を輩出し、彼らの仕送りで立派な家がたくさん建った。大工の他に、塩飽水軍の伝統を継いで船乗りになる者も多かった。島に残った者たちは、農業や林業に従事した。

一時は、タバコ栽培が盛んでよい収入になったという。一方、昭和40年代まではピクルス用の唐辛子をヨーロッパへ輸出していた。香川本鷹(ほんたか)という在来品種で、塩飽水軍が朝鮮に出兵した時、秀吉から拝領したと伝えられている。10年ほど前に、香川本鷹の復活が図られ数人が栽培に取り組んだが、現在も作っているのは高田正明さん1人だけだ。

歴史ファンにはたまらない仏像たち

平家の落人が住み着いたと伝わる手島は、歴史を感じさせるものが多い。

集落を見下ろす金輪寺(きんりんじ)では、平安時代の薬師如来坐像と多聞天立像・持国天立像をお祀(まつ)りしていて、あらかじめ頼んでおけば拝観も可能だ。特に、獅噛(しがみ)が2つある持国天は、全国でも珍しいと言われる。持国天は憤怒の形相をしていることが多いが、金輪寺のものはどこか穏やか。薬師如来も多聞天も、深い静けさを漂わせている。

金輪寺の仏像たち。左から多聞天立像、薬師如来座像、持国天像

近くの安養寺(あんようじ)には、平安時代の阿弥陀如来立像や室町時代の絹本(けんぽん)着色千手観音立像図が祀られ、屋外にある鎌倉時代の宝塔は間近に見学できる。

慶長14(1609)年の社殿再建と伝える棟札が残る八幡神社は島の氏神で、社殿の天井には戦前飛行機製造に従事した人が奉納したプロペラ木型がある。

八幡神社のプロペラ木型

禁令を箇条書きにした制札場(せいさつば)は、かつて塩飽の島々に24カ所あったが、今では3カ所が残るのみで、その1カ所が手島だ。瓦ぶきの間口1間、奥行半間の小さな建物は、漫然と集落を歩いていると、見過ごしてしまうかもしれない。

不思議な地名と古い遺物

手島には、想像の翼を広げてくれるような地名が多いのも面白い。

埋葬(まいそ)の浜、死城門鼻(しじょうもんばな)、鬼の臼岩、チンチン山、やれやれ松、成仏(じょうぶつ)、天竺天(てんじくてん)、おらび谷、無尽井戸、迷い岩、河童(かっぱ)の腰掛け石などなど。民話や昔話のような、おどろおどろしい字面や不思議な響きのものばかり。

他にも、タングステン鉱採掘跡、銀鉱採掘跡、金銅鉱採掘跡、狼煙(のろし)台跡、古代埋葬地、採石場跡など古い遺物がたくさんある。こんな小さな島に、よくぞこれだけいろいろなものがと感動を覚えてしまう。

洞窟はタングステン鉱山跡

島人と北側の海岸線を巡った時に、美しい西浦の浜から浜沿いに北上し、タングステン鉱採掘跡を見ながら死城門鼻を回りこむと、なだらかな埋葬の浜がのびていた。その先の小高い場所へ登ると古代埋葬地で、石棺がむき出しになっている。だから、下の海岸は埋葬の浜なのかと納得しながら、地名が呼び起こすイメージに想像が膨らむばかり。

古代の石棺

埋葬の浜

偶然の出会いから島の美味を堪能!

この夏、ぶらりとヒマワリ畑を見に行った。港から集落に差し掛かると、道の両側にヒマワリ畑が広がっている。夏休みに訪れる子どもたちを喜ばせようと、島の有志が荒れ果てたタバコ畑を耕しヒマワリを植えて20年以上になるそうだ。

集落内にあるヒマワリ畑

昼食を終えてから、今度は西海岸のヒマワリ畑へ行った。同宿のグループが海水浴を楽しんでいる。しばらく浜辺の日陰で昼寝して帰る途中、ウェットスーツを着た男性が2人やってきた。カメノテを採りに行くらしい。立ち話をするうち、一人なら夜飲みに来ないかと誘われた。

6時半過ぎに訪ねると、6人がバーベキューグリルを囲んで宴も酣(たけなわ)。周囲にはいい匂いと煙が漂っている。宴席には、以前話したことがある島人もいて、すぐに輪の中に溶け込めた。網の上には丸亀名物の骨付き鳥、50センチメートルくらいある長ナス、そして大人の手のひらより大きなイワガキがのっている。

島の周辺の深いところから、採ってきたという。瀬戸内海の島人はイワガキをほとんど食べないが、知る人ぞ知るで岩場があればどこにでもいるらしい。ジューシーで熱々のイワガキは、濃密な海の香りを漂わせ、旨(うま)みと塩気と甘味が混然となって、得も言われぬおいしさ。とても一口では食べられないので、数個に切り分けて味わった。それでも、普通のカキ1粒より大きい。

しばらくして、肉が少し付いた大きな脂身の塊が、網の上にドサッと置かれた。血抜きの上手な人が捌(さば)いたイノシシなので、脂も絶品だという。程よく焼けたものを細かく切り分けて食べたが、歯ごたえはほとんどなく口の中でさらさらと崩れ、舌の上にサーッと広がり、旨みだけ残していつの間にか消えていた。絶品焼き肉は、脂身なのに爽やかな後味だ。思いがけず呼ばれた宴は、予想外の美味の饗宴(きょうえん)だった。

■データ

  • 交通:丸亀港(香川県)から客船で55分、フェリーで1時間20分、または1時間45分。1日3便。
  • 面積: 3.41平方キロ
  • 人口:27人

■コラム

自然教育センター

手島自然教育センター内の客室

平成元年、廃校になった手島小中学校の建物を利用した自炊ができる宿泊研修施設。大人1人1泊1000円と、手軽な料金で利用できる。教室をリフォームした客室は畳敷きで、黒板が残っているのが学校らしい。宿泊定員は30名だが、1グループならばもっと泊まることも可能だ。夏休みの週末はかなり混みあう。あらかじめ申し込んでおけば、BBQやキャンプファイヤーの準備もしてもらえる。自然教育センター以外にも、元教員住宅を改装した宿泊施設があり、小グループならそこも落ち着くだろう。屋外でのキャンプは無料。問い合わせは、特定非営利活動法人石の里(TEL:0877-29-2332)、または広島市民センター(TEL:0877-29-2030)へ。

写真と文=斎藤 潤
バナー写真=島人たちのバーベーキューパーティ

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  • [2018.01.25]

フリーライター。1954年、岩手県盛岡市生まれ。学生時代から島やへき地を中心に全国を巡る。旅行雑誌の編集などを手がけた後に独立。テーマは、「島」「旅」「食文化」「農林水産業」など。南鳥島以外の日本の有人離島を全て踏破。著書に『瀬戸内海島旅入門』『ニッポン島遺産』『日本《島旅》紀行』『旬の魚を食べ歩く』『島—瀬戸内海をあるく1集〜第3集』『絶対に行きたい! 日本の島』など。最新刊は、『しま山100選』。

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