日本最大の離島、佐渡へ行こう!

トキが品質保証する酒「北雪」

暮らし

酒造りに適した気候、水、米がそろう島、佐渡。数ある地酒の中でも、長い歴史を持ち、地元の人々に愛されてきたのが北雪酒造(ほくせつしゅぞう)だ。こだわりのある製造技術と経営方針から生まれた日本酒は、今や世界中のセレブからも愛されるオンリーワンの存在へと飛躍している。

佐渡島南西部の赤泊港近くに、趣のある店舗を構える北雪酒造。150年以上の歴史を持ち、佐渡を愛し、佐渡に愛されている酒蔵だ。

暖簾(のれん)をくぐり、蔵人(※1)の筑前芳美さんと会話を交わす。和風な店内からは想像できなかった、「売り上げの2~3割は海外輸出です」という言葉に興味をひかれる。しかも、「取り扱いは一つの飲食店だけなんですけどね」と言うではないか。

北雪酒造の店構え。奥には醸造所やタンク、貯蔵庫がある

世界最高峰のレストランが扱う唯一の日本酒

唯一の輸出先とは、世界中のセレブが愛する日本食レストラン「NOBU」。シェフの松久信幸氏が、俳優のロバート・デ・ニーロ氏と共同経営していることでも有名な店だ。その関係は、今から30年ほど前までさかのぼる。ロックミュージシャンの矢沢永吉さんがファンから贈られた北雪の酒にほれ込み、松久氏に薦めたことがきっかけだ。当初は、貿易会社を通じた普通の取引だったという。

北雪が造る「NOBU」ブランドの日本酒

北雪酒造5代目社長の羽豆史郎(はず・ふみお)氏が、初めて松久氏に直接会ったのは、まだ常務だった1994年のこと。場所は、ビバリーヒルズで一番人気の日本食レストラン『Matsuhisa』だった。

当時、北雪にとって海外市場は未開拓の世界であった。だが、松久氏は「自分の店だけに北雪の酒を輸出してほしい」と申し出た。北雪のあまりのうまさに、「自分だけの酒にしたい」という思いから出た言葉だった。すでに名声は高かった松久氏だが、経営する店は『Matsuhisa』と開店したばかりの『NOBU New York City』の2店舗のみの頃。その代わり、松久氏からは「今後、自分の店でも日本酒は北雪しか扱わない」という思い切った条件が出された。その人柄、心意気に打たれた羽豆氏は、男と男の約束だと、その場で握手を交わしたという。

北雪取締役の中川康夫さんは述懐する。

「海外で日本酒があまり飲まれていなかった時代のことです。おかんをして飲むのが一般的で、質の良い酒は輸出されていませんでした。そんな頃に、NOBUとのつながりが始まりました。今では、NOBUの料理に負けない日本酒を造ることが、私たちの大切な仕事となっています」

急な訪問にもかかわらず、穏やかに話をしてくれた中川取締役

現在のNOBUグループは、世界中で40店舗以上のレストランやホテル、レジデンスを運営するまでに成長。北雪の売り上げにも大きく貢献してくれている。羽豆社長と松久氏、デ・ニーロ氏との交流はより深いものとなり、デ・ニーロ氏は佐渡島に「サケ・アイランド」という愛称を付けたそうだ。

店内に飾られていた写真。左から羽豆社長、松久氏、デ・ニーロ氏

筑前さんは、自分たちが造った酒がどのように飲まれているかが知りたくて、ニューヨークのNOBUを訪れたことがある。

「高級な雰囲気に気後れしたのですが、店員に『北雪の蔵人なんです』と伝えたら、とても大切に扱ってくれました。いろいろサービスもしてくれて(笑)。離島の小さな酒蔵を、NOBUが大切なパートナーだと思ってくれていることが嬉しかったです。幸せな気分で、お客さんがおいしそうに日本酒を飲む姿を眺めていたら、自然と涙があふれてきました」

酒造りは楽しくて、やりがいがあるという筑前さん

(※1) ^ くらびと。杜氏(とうじ)の指導のもと、酒造りにたずさわる職人

トキが舞い降りる酒米の田んぼ

NOBUとの関係からは、北雪の企業姿勢がよく伝わってくる。酒造りにおいても、人間同士の交流を大切にし、佐渡の酒蔵であることに強いこだわりを持っている。

カップ酒220円の普通酒から、1本2万円の大吟醸まで、多彩なラインアップがそろう

「佐渡は水や気候がすごく良いのです。それに何より人間が良い。佐渡の人々は気質が穏やかで、何かをする時には団結して行います。そのハーモニーを重んじる文化は、ものづくりにおいて強みとなるのです」(中川さん)

チームワークの良さは、村落単位で伝承される鬼太鼓(おんでこ)などの郷土芸能が盛んなことにもよく表れている。都会では失われつつある地域コミュニティーが、しっかりと根付いているのだ。北雪では契約農家と密接に連携し、トキが舞い降りる田んぼで新潟の清酒米の代表格「越淡麗」や「五百万石」を育てている。

岩首の棚田に実る稲穂

筑前さんは、「うちのお酒はトキが品質を保証してくれているんです」と誇らしげに言う。佐渡島のトキは、一時絶滅の危機にひんしたが、その一因は農薬とされている。現在は300羽ほどが野生で繁殖しているが、そのトキは農薬や化学肥料を多用した田んぼには飛来しないという。

日本の特別天然記念物に指定されるトキ 写真:佐渡観光フォト(さど観光ナビ)

貯蔵方法にも佐渡島ならではの歴史やノウハウがある。一昔前は、佐渡金山の坑道跡を貯蔵庫として利用していた。坑道内は酒を劣化させる紫外線が当たらず、気温も年間を通して10度前後に保たれるのだ。現在も、坑道内でねかした米焼酎『金雪きらら 佐渡金山坑道貯蔵』が商品化されている。

現在の貯蔵庫では、酒瓶に超音波を当てたり、音楽を聴かせたりしている。どちらも振動を与えてアルコール分と水を混ぜ合わせることで、熟成を早め、味をまろやかにするのが目的。近年になって科学的に効果が証明された手法だが、佐渡では北前船の時代から「船で揺られた酒は味がまろやかになる」と言われていた。そうした伝承をもとに、最新の技術を積極的に採用したのだ。

貯蔵庫の中で超音波振動によって熟成中の日本酒

高級店の酒が気軽に安価で楽しめる

離島の酒蔵であるということは、資材の調達や輸送コスト面など、さまざまなハンディを負う。しかし、北雪はそのハンディを逆に個性と捉えて酒造りに励んだ。

もちろん新しい試みも忘れない。近年、しぼりに遠心分離機を導入したことで、よりフルーティーな吟醸香や味のふくらみが実現した。さらに新しい味を求めて、佐渡米以外での酒造りにも挑戦し始めている。兵庫県産の酒造好適米「山田錦」を35%まで磨き上げ、長期低温発酵させる「YK35」シリーズを開発。数々の日本酒品評会でグランプリに輝いた。まるでNOBUの成長と歩みをそろえるように、北雪の酒も進化を続けている。

筑前さんが醸造タンクや貯蔵庫にも案内してくれた

海外では一つの高級レストランでしか味わえない「北雪」だが、日本では気軽に安価で楽しむことができる。特に新潟県では庶民の酒として親しまれ、大衆居酒屋などにも置かれていることが多い。佐渡の本店では、さまざまな種類を無料で試飲できる。世界に羽ばたく日本酒を飲みに、ぜひ一度訪れてみてほしい。

北雪酒造

  • 住所:新潟県佐渡市徳和2377番地2
  • 営業時間:午前8時~午後5時まで
  • TEL:0259-87-3105

取材・文=青木 康洋 写真=三輪 憲亮

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