JETの「殉職」・日本政府の課題【谷口 智彦】

元外務副報道官で慶應義塾大学特別招聘教授の谷口智彦氏。外国人を含む多くの人々の犠牲を払って購(あがな)われた日本への畏敬の念が、後手に回る政府の対応によって損なわれていくことを嘆く。

元外務副報道官で慶應義塾大学特別招聘教授の谷口智彦氏。外国人を含む多くの人々の犠牲を払って購(あがな)われた日本への畏敬の念が、後手に回る政府の対応によって損なわれていくことを嘆く。

津波で命を失った2人の若い米国人に報いるために

石巻と陸前高田という最も甚大な被害を受けた2つの町で、JETプログラム(語学指導等を行う外国青年招致事業)に参加していた若者2人が津波にさらわれた。

石巻ではテイラー・アンダーソン(Taylor Anderson) というバージニア州リッチモンド出身の、陸前高田ではモンゴメリー・ディクソン(Montgomery Dickson)というアラスカ州アンカレッジ出身の米国人が命を落とした。

2人とも、任地の学校で子供たちの避難を誘導し、自身の安全を後回しにした。そのことが命取りになったようだ。痛ましい。

日米貿易摩擦が激しいころ、若い米国人の間に日本を深く知る人たちを増やそうとして始まったJETプログラムは、日本外交の王冠の宝石だった。何より、都会でなく田舎に人材を送り、日本の津々浦々、包み隠さぬところを見てもらうという、そこが良かった。

けれども、日本語で津々浦々という、この言葉を津波の後となっては使えない。津にあり浦にいたからこそ、2人は落命せざるを得なかったことを思えばだ。

しかし2人の死は、JETプログラムの行方をビーコンのように照らしてくれる。職業上の殉職者さえ出したプログラムなのだ。旗を巻いてやめてしまうわけにはいかないと、そう強く思わせてくれるのである。

大量の、おびただしい死。3月11日午後2時46分を境にしての、事前と事後のあまりにも異なる対照。それら非日常と言えばあまりに非日常な光景に、深く打たれた人々が世界中から日本へ支援を寄せた。幾分かは聖書の含意を感じ取って動かされた人もあろう。

従って、今日本が勝ち得たレピュテーション(忍耐強い、助け合いの精神に富んでいるといった)とは、およそ考えられる限り最も高価な犠牲を払って購ったものだ。

間違ってもそのディスカウントを招くような政策はあってはならない。しかし被災地救援はちぐはぐで後手後手。このままならどんなに我慢強い人々にさえ、忍耐の限界がじき訪れる。そして初動の躓(つまず)きから、ついに歴史的大事故にしてしまった福島第一原発。

いまや米国人の若者2人を含む3万になんなんとする命で購った日本への畏敬の念は、これらマイナス材料によって日々割り引かれつつあるかのようだ。見るに忍びない。

(4月15日 記す)

谷口 智彦

谷口 智彦
Taniguchi Tomohiko

1957年香川県生まれ。81年、東大法卒。『日経ビジネス』記者、編集委員を経て外務省に入省。外務副報道官、広報文化交流部参事官を務める。米プリンストン大学ウッドロー・ウィルソン・スクール国際研究センター・フルブライト客員研究員、ロンドン外国プレス協会会長、上海国際問題研究所客座研究員などを歴任。現在、慶應義塾大学特別招聘教授。著書に『通貨燃ゆ 円、元、ドル、ユーロの同時代史』(日本経済新聞社)など