“先輩”から届いた宝箱【石田 治・フリーライター】

宮城県在住のフリーライターが被災地の欲しいものを聞き、関西に暮らす友人に送ってもらった。これまでに100箱以上の段ボールが届いた。

宮城県在住のフリーライターが被災地の欲しいものを聞き、関西に暮らす友人に送ってもらった。これまでに100箱以上の段ボールが届いた。

私の住む町は、宮城県でも山辺の方です。地震では、本棚やたんすが倒れ、食器は割れ、家に引き込んでいた電線が壁を引っぺがして断線するなど、軽微ながらも被害はありました。津波に襲われた海辺の方々に比べたら「かすり傷」にもなりませんが…。

私も妻も、大阪の大学出身なので、関西に多くの友人・知人が住んでいます。彼らは、私たちもひょっとして津波に遭ったのでは…と心配したようで、地震後にはメールや電話が殺到しました。そして、私たちの無事を確かめた後、「何か欲しいもんない? 遠慮なしやで。言うてやー」と、支援を申し出てくれるのでした。

「おかしな言い方やけど、ウチら震災の“先輩”やし…」
皆16年前の、あの「阪神・淡路大震災」のことを思い出すのだそうです。「アレがいい」「コレもいるやろ」と、彼らが見繕って送ってくれた箱には、どれも欲しいと思ったモノがしっかり見事に入っていました。妻曰く「宝の箱やー」。

宮城では、商店の休業が相次ぎ、開いていても大行列3時間待ち…なんていう時期でしたので、こうした支援は本当に嬉しく、ありがたいものでした。

支援物資の宝箱「義援金は誰に届くか分かれへんけど、そっちへいっぺん送ったモノの中から、欲しい言う人に欲しいモノを確実に届けるっていうやり方もアリなんちゃう?」と言ってくれた人もいて、なるほど、そういう手もあるな~ということで、ウチでは、頂いた物を被災地の知り合いや、被災地から逃れてきた方々にお届けすることにしたのでした。

欲しいモノの中継所

そして、それらの方々に直接欲しいモノを伺い、東京や関西の友人に探してもらい、あれば送ってもらう、なければ仕方ない…という支援を、今も続けています。

例えば「中古家電」。1階の居間や台所の家電品が津波に流されたり、または床上浸水でおシャカになった…という方が多かったので、何人かの友人に探してもらったのでした。

炊飯器、電子レンジ、オーブントースター、電気ポット、ホットプレート、保温水筒、カセットコンロ…。衣類、食料品、日用雑貨などもお願いしました。そうして届いた段ボール箱は延べ100箱以上。

大阪の喫茶店マスターはお客さんに、安曇野の後輩はママ友に声掛けしてくれました。送るモノがないから…と送料を援助してくれた方もいらっしゃったとか。新品のレンジを買って送ってくれた東京の友人もいます。

皆の気持ちが詰まった宝箱です。
より多くの方にお届けできればいいのですが、あまり手を広げないで、知り合いの知り合い、そのまたご近所さんぐらいまで。手の届く範囲、顔が見える範囲までのお手伝い、と決めています。

被災から1カ月、2カ月と過ぎると、現地で必要なモノも変わってくるでしょう。

関西の“先輩”たちからは「次、何欲しいん。言うてやー」と催促(?)されたりもしています。こんな、ささやかなお手伝いですが、そこから見えてくる事柄もありそう。

(4月10日 記す)

石田治
Ishida Osamu

1960年岩手県生まれ。大阪芸大芸術計画学科卒。編集プロダクション、新聞社勤務などを経て93年からフリー。宮城県富谷町在住。地元情報誌や行政刊行物、周年誌などで活躍中。