アジア太平洋地域に秩序の「進化」を求める

白石 隆【Profile】

[2011.11.22] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

TPP協定交渉参加をめぐる民主党内の対立

11月11日、野田佳彦首相は「TPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加に向けて関係国との協議に入る」と述べ、TPP協定交渉プロセスに参加する方針を表明した。首相はまた、翌12日からハワイで開催されたアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議で、オバマ大統領はじめTPPの関係各国首脳に対し、この方針を表明した。民主党中心の政権が成立して2年2カ月、これまでの首相、特に菅直人首相が消費税増税、TPP協定交渉参加についても、震災復興、福島第一原子力発電所の事故を受けたエネルギー政策についても、政権維持を最優先に自ら責任を取る形で何の意思決定も行わなかったことからすれば、野田首相が総理就任2カ月余で復興増税、TPP協定交渉参加の懸案について意思決定を行ったのは大いに結構なことである。政府はこれからも武器輸出等三原則の見直し、消費税増税、社会保障改革等、国論を二分する懸案に次々と直面する。首相の仕事はそうした懸案について自ら決定し、実行することである。これまでの首尾は上々である。首相にはぜひこれからもリーダーシップを発揮してもらいたい。それが震災以来、地に落ちた政府と国会に対する国民の信頼を回復する途でもある。

しかしそれにしても、先の復興増税決定までと同様、今回も野田首相のTPP協定交渉参加の決定まで民主党は大いに割れた。首相は10月28日の所信表明演説でTPP協定への交渉参加について、「しっかりと議論し、できるだけ早期に結論を出します」と述べた。それ以降、民主党のTPPに関するプロジェクトチームの会合では、慎重論、反対論が常に賛成論を上回り、結局、プロジェクトチームとしてもTPP交渉参加について首相に「慎重に判断」することを求めざるをえなかった。

民主党内でTPP協定交渉参加反対を訴えたのは、山田正彦前農相を会長とする「TPPを慎重に考える会」で、小沢一郎元代表はこの問題について特に発言しなかったけれども、小沢グループの議員がこの会に多数参加していることはよく知られている。復興増税をめぐる民主党内の対立においても中心となった人たちである。またさらに言えば、8月29日、両院議員総会で行われた民主党の代表選挙の際に、野田氏の対抗馬となった海江田万里前経済産業相を支持したのもこの人たちである。T. J. Pempel(カリフォルニア大学バークレイ校教授)は、「ばらまきと生産性の間で—自由民主党の崩壊」(”Between Pork and Productivity: The Collapse of the Liberal Democratic Party”, The Journal of Japanese Studies, Volume 36, Number 2, Summer 2010, pp. 227–254)と題する好論文において、2009年8月30日の総選挙で自民党が敗北したのは、自民党の歴代政権が、小泉政権を別として、生産性かばらまきかという党内対立のために日本経済復活の有効な政策を打ち出せなかったためである、と指摘する。

これはまさにその通りであるが、同じことは民主党についても言える。つまり、自民党も民主党も党内に「生産性」派と「ばらまき(再分配)」派を抱える。しかし、小選挙区制を基本とする現在の選挙制度の下では、政策的には同じ「生産性」派、あるいは「ばらまき」派でも、民主党、自民党と党が違えば同一選挙区で争わなければならない、その結果、「生産性かばらまきか」の対立軸に沿った政党再編成もなかなか起こらない。政権交代にも関わらず、政治の行き詰まりが打破できないのはそのためである。

TPP協定交渉参加をめぐる民主党内の議論では、山田正彦前農相を代表とする反対派は自民党、公明党の反対派議員とも連携して民主党執行部を揺さぶり、11月10日開催の政府・民主3役会議では党側出席者から、交渉参加を表明した場合に慎重派の議員が離党する可能性があることも伝えられた。11月20日現在、離党者は出ていない。しかし、これを契機に「生産性かばらまきか」を軸として政党再編成が起きるのであれば、日本の政治の行き詰まり打破のために大いに歓迎である。

問われるアジア太平洋地域の秩序

11月12日、ハワイで開催されたアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議では、日本に加え、カナダとメキシコも交渉参加を表明した。また中国の胡錦濤主席も演説でTPPに言及し、中国が訴える東南アジア諸国連合(ASEAN)と日中韓3カ国の自由貿易協定(FTA)などに次ぐ枠組みとして、これを認める姿勢を示した。しかし、中国では外務省幹部が「われわれには何の連絡もない」と不満を述べるなど、「対中国包囲網」への懸念はなお極めて大きい。これは11月18日から始まったASEANプラスの首脳会議、特に19日の東アジア首脳会議の後、ますます大きくなるだろう。18日に採択された日本とASEANの共同宣言では、ASEAN共同体の構築を促し、日・ASEANの関係深化のため、総事業費2兆円規模のインフラ整備で協力するとともに、南シナ海の領有権問題に関連して多国間の法的な枠組み作りをめざす方針を確認した。また19日の東アジア首脳会議では、この問題について米国と中国が正面から対立した。

しかし、こうした一連の動きを「中国包囲網」「中国牽制」と捉えるのはバランスを失している。TPPで問われているのは、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の構築をどのような規範の上に進めるかである。また、南シナ海の領土問題について達成すべきは、紛争の平和的解決に向けて法的効力をもつ行動規範を策定することである。いずれの場合にも問われているのはルール作りである。その意味で、オバマ大統領が11月17日、オーストラリア議会で行った演説は注目に値する。この演説においてオバマ大統領は、アメリカが太平洋国家として、アジア太平洋の安全と安定に関与し続けることを確認するとともに、貿易においては、共通のルールに基づいた自由で公平で開かれた国際経済秩序の構築を訴えた。中国、インドをはじめとする新興国の台頭によって、世界的にも地域的にも富と力の分布は急速に変わりつつある。そうした中、今必要なことは、東アジア/アジア太平洋地域秩序の「進化」である。オバマ大統領はこの課題に正面から取り組む意思を表明した。大いに歓迎である。

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  • [2011.11.22]

nippon.com編集企画委員会顧問。政策研究大学院大学学長、ジェトロ・アジア経済研究所所長。1950年愛媛県生まれ。1974年東京大学大学院国際関係論修士課程、1977年米コーネル大大学院博士課程修了。コーネル大歴史学科・アジア研究学科教授、京都大学東南ア ジア研究センター教授を経て2005年から政策研究大学院大学教授。2007年、紫綬褒章を受章。2009年1月から2013年1月まで内閣府総合科学技術会議議員。2011年10月から2014年3月までnippon.com編集長。著書に『海の帝国―アジアをどう考えるか』(中央公論新社/2000年/吉野作造賞受賞)、『帝国と その限界―アメリカ・東アジア・日本』(NTT出版/2004年)など。

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