TPP交渉参加と防衛力の維持整備に中長期的戦略を

白石 隆【Profile】

[2012.06.12] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

日中韓首脳は5月13日、北京にて開催された会談で、3カ国による自由貿易協定(FTA)交渉を年内に開始することで合意した。日本の中韓向け輸出は輸出総額の30%近く、関税撤廃は日本にとって大きな利益である。日中韓FTAは日本の国内総生産(GDP)を0.3%程度押し上げるとの試算もある。従って、交渉開始合意は大いに歓迎である。ただし、この交渉が合意通り、年内に始まるかどうかは予断を許さない。韓国の対日貿易は入超である。また中国における日韓の競争を考えれば、韓国としては日中韓FTAで同じ土俵を作るより、中韓FTAで韓国企業に有利な土俵を作る方が理に適っている。

TPP不参加という選択はありえない

では、どうすればよいか。環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉参加を決断することである。今回、日中韓が「年内」という条件付きでもFTA交渉開始に合意したのは、昨年11月、日本がTPP交渉参加に向けた協議を始めたからである。しかし、政府は今に至るもTPP交渉参加を決定できないでいる。野田佳彦首相は5月24日、第18回国際交流会議「アジアの未来」(日本経済新聞社)の晩さん会で、TPP交渉参加への協議とアジア太平洋諸国とのFTA交渉を両輪にアジアの経済成長を促すと述べた。しかし、TPP交渉に参加するとは言わなかった。税と社会保障の一体改革をめぐる攻防がいよいよ勝負どころにさしかかり、今、TPP交渉参加を決断して党をさらに分裂させるのは避けたいということだろう。これは理解できる。しかし、この決断にあまり時間をかけるのは賢明でない。

TPPについては、日本がTPP交渉に参加すべきか否か、交渉に参加するとして何を守り何を譲るか、この2つのレベルの議論が混同されている。第二次大戦後の日本の繁栄は、アメリカを中心とする自由主義的国際経済秩序によるところが大きい。この秩序が中国をはじめとする新興国の台頭によって大きな転換期に入っている。WTO(世界貿易機構)ドーハ・ラウンドが行き詰まり、世界の多くの国々が自国に有利なルールの下で市場を拡大しようと経済関係の緊密な国・地域とFTAを締結するようになっているのはそのためである。

新興国は経済的にこれからますます台頭する。アジアは中国、インド、インドネシア、フィリピン、ベトナム等の経済成長によってすでに世界の成長センターになっている。昨年11月のオバマ大統領の豪州議会演説に見るように、米国が「自由で公平な貿易、ルールに基づいた開かれた国際経済システムの構築」をアジア太平洋における目標として、TPPをそのモデルとするのもそのためである。TPPは21世紀のアジア太平洋における国際経済秩序構築の試金石である。日本がこれに参加しないという選択はありえない。

これは、日本が交渉において、TPP参加のためには何でも譲ればよいということではない。交渉では取れるものもあれば、譲らざるをえないものもある。しかし、これまでの協議ですでに、食品安全基準の緩和、公的医療保険制度、単純労働者の流入等はTPP交渉の対象とならないことが分かっている。最大の懸案は農業に対する影響である。しかし、日本の農業は、TPPに参加しようと参加しまいと農業従事者の平均年齢がすでに65歳を超えている現状(2010年現在)を考えれば、このままではそれほど遠くない将来、高齢化、後継者難などによって死んでしまう。TPP参加を契機に国際的に競争力のある農業を作ること、それが今、農業政策として求められている。

防衛装備品の「共同生産」を弾力的に運用せよ

6月6日、防衛産業・技術基盤研究会の最終報告書が防衛大臣に提出された。これは、わたしの知る限り、日本の安全保障と防衛力の産業・技術基盤に関する初めての報告書である。わたしがたまたま座長を務めたこともあり、以下、その要旨を紹介しておきたい。

防衛省・自衛隊は、その任務達成のために、火器、車両、施設器材、弾火薬、誘導武器、通信電子等の装備品、船舶、航空機等を必要とする。こうした装備品等の開発・製造・運用・維持・改造・改修するための人的・物的・技術的基盤を「防衛生産・技術基盤」と定義すれば、日本はこれを専ら民間企業に依存している。しかも、その市場規模は極めて小さい。防衛省向け生産額(市場規模)は2兆円程度、日本の工業生産額(250兆円)の0.8%に過ぎない。また、現在の深刻な財政危機を考えれば、防衛予算が近い将来、大幅に伸びて、市場規模が拡大することも期待できない。実際、平成24年度の主要装備品等契約額は6,870億円、整備維持経費は7,786億円、整備維持費が新規調達を上回る事態が平成17年以来、継続している。

その一方、航空機、船舶、その他の装備品はますます高性能化・複雑化し、それに伴って取得単価が上昇し、調達数量は減少している。この二重の悪循環の結果、防衛産業の採算性は低下し、企業にとって汎用性の低い防衛装備品関連の研究部門・製造部門の維持はますます困難となっている。これをそのまま放置すれば、国内において防衛技術・生産基盤そのものを維持できなくなるかもしれない。

ではどうすればよいか。これが問いである。防衛生産・技術基盤をすべて国内に維持することはもう不可能である。防衛大綱に言う「動的防衛力」構築のためには、国内に何としても保持すべき基盤を見極め、その維持・育成・高度化を図ることである。国が国内に保持すべき基盤を選定し、その分野の維持・育成に注力して、安定的かつ中長期的に防衛力の維持整備を行えば、防衛関係企業としても、これを見つつリスクを制御し、長期的観点から投資、研究開発、人材育成を行えるようになる。

では、そうした戦略の策定において、何を考慮すればよいか。日本の防衛関係企業の多くは防衛専業メーカーではなく、民生部門の事業と経営資源の融通を図りながら防衛部門の事業を維持している。しかし、リーマンショック以降、円高、高い法人税、電力不足等によって、民生部門の事業も極めて厳しい。一方、諸外国の防衛産業に見るような市場拡大(輸出)、研究開発システムにおける産官学連携による生産性向上、企業の再編・統合等は日本では難しい。

政府は、昨年12月の官房長官談話によって武器輸出三原則等を見直し、これまで個別に行ってきた例外化措置に代えて包括的例外化措置を講じることとした。その意義は、これによって、装備品等の「国産」において「純国産」「ライセンス国産」に加え、「我が国との間で安全保障面での協力関係があり、その国との共同開発・生産が我が国の安全保障に資する場合」には「共同生産」が新しい選択肢となったことにある。共同開発・共同生産にそれ特有の難しさがあることはよく分っている。しかし、それでもこれをうまく使えば、次世代装備品等の技術開発・生産コストの低減とリスク分散、企業経営基盤(防衛生産・技術基盤)の維持・育成・高度化、先端技術へのアクセス、部品産業の市場拡大などにプラスの効果が期待できる。日本の防衛産業の生産・技術基盤の維持・高度化のためにも、政府が個別の案件についてできるだけ柔軟に、かつ弾力的にこれを運用することを期待したい。

(2012年6月7日記)

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nippon.com編集企画委員会顧問。政策研究大学院大学学長、ジェトロ・アジア経済研究所所長。1950年愛媛県生まれ。1974年東京大学大学院国際関係論修士課程、1977年米コーネル大大学院博士課程修了。コーネル大歴史学科・アジア研究学科教授、京都大学東南ア ジア研究センター教授を経て2005年から政策研究大学院大学教授。2007年、紫綬褒章を受章。2009年1月から2013年1月まで内閣府総合科学技術会議議員。2011年10月から2014年3月までnippon.com編集長。著書に『海の帝国―アジアをどう考えるか』(中央公論新社/2000年/吉野作造賞受賞)、『帝国と その限界―アメリカ・東アジア・日本』(NTT出版/2004年)など。

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