政治化する日中韓歴史問題

白石 隆【Profile】

[2013.05.23] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |

韓国:朴大統領の「正しい歴史認識」発言

歴史問題が政治的にますます制御不能になりつつある。

韓国メディアの報道によれば、5月6日、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領は、米国のオバマ大統領との首脳会談において、「北東アジア地域の平和のためには日本が正しい歴史認識を持たなければならない」と述べたという。また、朴大統領は、同8日には、米議会上下両院合同会議で演説して、「北東アジアでは国家間の経済依存が高まる一方で、歴史問題に端を発した対立が一層深刻になっている。歴史に正しい認識を持てなければ明日はない」とも述べた。

わたしには、なぜ朴大統領が日韓の歴史認識の問題を米国で取り上げるのか、米国の政治指導者に「日米同盟をやめろ」とでも言いたいのか、全く分からない。しかし、朴大統領の言う「正しい歴史認識」とはもちろん韓国政府が主張する歴史認識であり、1990年代以降、日韓両政府がこの問題の政治的処理にいかに努力したか、その歴史について、大統領がどれほど「正しく」認識しているか、大いに疑問である。

昨年9月の「論点」でも述べたことであるが、1998年、小渕恵三首相と金大中(キム・デジュン)大統領は「日韓共同宣言―21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」において、次のように宣言した。

両首脳は、日韓両国が21世紀の確固たる善隣友好協力関係を構築していくためには、両国が過去を直視し相互理解と信頼に基づいた関係を発展させていくことが重要であることにつき意見の一致をみた。

小渕総理大臣は、今世紀の日韓両国関係を回顧し、我が国が過去の一時期韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫びを述べた。

金大中大統領は、かかる小渕総理大臣の歴史認識の表明を真摯に受けとめ、これを評価すると同時に、両国が過去の不幸な歴史を乗り越えて和解と善隣友好協力に基づいた未来志向的な関係を発展させるためにお互いに努力することが時代の要請である旨表明した。

また、2002年から2010年にかけては、小泉純一郎首相と盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の合意(2001年)に基づき、日本と韓国の多くの歴史専門家の参加を得て、日韓歴史共同研究が2期にわたって実施された。報告書も提出されている。このように、歴史認識の問題については、日韓の間に多くの積み重ねがある。「正しい歴史認識」というからには、朴大統領としても、こういう歴史を踏まえて、発言すべきである。

日本:閣僚の靖国参拝と歴史認識発言

一方、日本では、4月21日、麻生太郎副総理が春季例大祭に合わせて靖国神社に参拝した。麻生副総理はこれまで、靖国問題ではA級戦犯の分祀(ぶんし)を主張していただけに、これは理解できない。しかし、「盟友」の麻生副総理が靖国に参拝すれば、安倍晋三首相としては、「(前回の)首相在任中に靖国参拝できなかったのは痛恨の極み」と述べていただけに、閣僚の自由意志と言って済ますわけにはいかず、擁護しないわけにはいかなかった。首相は4月24日の参議院予算委員会で、閣僚らの靖国神社参拝について「国のために尊い命を落とした英霊に尊崇の念を表するのは当たり前だ。わが閣僚はどんな脅かしにも屈しない。その自由は確保している」と述べた。

安倍首相はまた、すでにこれまでにも、戦後70年の節目となる2015年には、過去の「植民地支配」と「侵略」を認めた「村山談話」(1995年)を見直し、未来志向の「安倍談話」を出す意向を示していた。おそらくそのためだろう、4月22日の参議院予算委員会では、安倍内閣として、村山談話を「そのまま継承しているわけではない」と表明し、翌23日には「侵略の定義は定まっていない。国と国との関係で、どちらから見るかで違う」と述べた。しかし、5月15日の参議院予算委員会では村山談話に対する認識を軌道修正し、「過去の政権の姿勢を全体として受け継いでいく。歴代内閣(の談話)を安倍内閣としても引き継ぐ立場だ」と述べるとともに、「歴史認識について(自身が)述べると外交・政治問題に発展していく。歴史家に委ねるべきだ」との考えを示した。

歴史認識問題で日本の一部にある修正主義史観を支持する声は国際的にはほとんどない。政治家が発言すればするほど、この問題は政治化する。また、安倍内閣の副総理、閣僚が靖国に参拝すれば、問題はさらに政治化する。その結果、1998年の日韓共同宣言の精神、2000年代の日韓、日中の歴史共同研究の試みなどはますます失われていく。安倍首相自身が結局のところ述べたように、歴史認識の問題は歴史家に委ねた方がよい。同時に、歴史問題についての政府要人と政治家の発言と行動が、日本に対する国際的信頼を傷つけていることも忘れない方がよい。

また、政府として、それ以上のことをしたい、というのであれば、歴史家の間でその知的誠実さ(integrity)を国際的に高く評価される人たちを選考委員として、英語、日本語、韓国語、中国語のうち、少なくとも3つの言語で、専門家の査読を経た上で、その研究成果をアカデミック・ジャーナルに発表することを条件に、20世紀のアジアにおける植民地支配と戦争と革命と反革命について、歴史研究助成プログラムを作り、研究を奨励するのがよい。

中国:『人民日報』の「沖縄帰属問題」論文

中国では、5月8日、中国共産党中央委員会の機関紙『人民日報』に、張海鵬・中国社会科学院学部委員と李国強・中国社会科学院中国辺彊史地研究センター研究員の連名で、「馬関条約と釣魚島問題を論じる」と題する論文が掲載された。この論文は、濱川今日子著「尖閣諸島の領有をめぐる論点」(『調査と情報』565号[国立国会図書館、2007年])の都合の良いところをつまみ食いしつつ、日本が尖閣諸島(中国名:釣魚島)を「掠(かす)め取り」、これを下関条約(馬関条約=日清戦争[甲午戦争、1894~95年]の講和条約)によって「合法化」した、しかし、中国は、尖閣諸島を台湾の管轄下に組み込み、長期にわたって実効性ある管轄を実施してきた、と主張する。これは驚きではない。

しかし、この記事は、中国の「歴史認識」と領土権について、パンドラの箱を開けかけている。それが日本でも世界的にも、この記事が多くの関心を呼んだ理由であるが、なかなか注意深く書かれており、沖縄は中国の領土だ、と真っ向から主張しているわけではない。その議論を少し丁寧に紹介すると、次のようになる。

日本が釣魚島列島を沖縄県の管轄下に組み入れたことは、甲午戦争と関係し、日本の「琉球処分」とも関係する。沖縄は元々琉球王国のあった地だ。琉球王国は独立国家で、明初から明朝皇帝の冊封を受けた、明・清期の中国の藩属国だ。明朝以降、中国は歴代冊封使を琉球に派遣した。明治維新後、日本が琉球、朝鮮、中国を侵略する出来事が発生した。台湾征伐と琉球侵略は同時に進行した。1875年、天皇は清朝との冊封関係の断絶を琉球に命じた。1877年、清朝政府の何如璋駐日公使は「朝貢阻止では止まらず必ず琉球を滅ぼす。琉球が滅べば朝鮮に及ぶ」と指摘した。1879年、日本政府は琉球王国を併吞し、沖縄県と改称した。清政府はこれに抗議し、中日間で琉球交渉も行われた。しかし、1887年、総理衙門大臣が日本の駐中国大使に琉球問題が未解決であることを提起したときには、日本はこれを顧みず、1895年の馬関条約で、台湾およびその附属諸島(釣魚島諸島を含む)、澎湖諸島、琉球は日本に奪い去られた。中国は1941年に対日宣戦し、馬関条約を破棄した。日本はカイロ宣言とポツダム宣言の日本の戦後処理に関する規定を受諾し、これらの規定に基づき、台湾およびその附属諸島、澎湖諸島が中国に復帰するのみならず、歴史上懸案のまま未解決だった琉球問題も再議できる時が到来した。

(張海鵬・李国強「馬関条約と釣魚島問題を論じる」、『人民日報』日本語版[2013年5月9日]から要約)

琉球は明、清の時代には「中国」の藩属国だった。日本の「琉球処分」(沖縄県設置)の後も、琉球の帰属は日中の懸案だった。下関条約で「奪い去られた」が、中国は1941年にはこの条約を破棄した。カイロ宣言とポツダム宣言で日本はその戦後処理に関する規定を受け入れた。だから、中国は、主張しようと思えば、琉球の領有権を主張できる。まして尖閣諸島は明らかに中国のものだ。これがその主張である。

しかし、ポツダム宣言には、「日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに吾等の決定する諸小島に限られなければならない」とあり、この「諸小島」には沖縄も含まれている。だから、沖縄の施政権は1972年に米国から日本に返還された。この問題について、論文は全く何も言わない。また、その根っこには、かつて明、清の時代に「中国」が冊封した「藩属国」の領域について、中国は、主張しようと思えば、その領有権を主張できる、という考えがある。さて、それでは、明、清の時代に「中国」に朝貢し、冊封を受けた現在のタイ、ベトナム、ミャンマーなどはどうなるのか。さらに、1880年代になって冊封・朝貢国が実質的に朝鮮一国となり、ソウルに駐在した袁世凱が自らをイギリスのインド駐在官になぞらえてResident(総理朝鮮通商交渉事宜)と称しつつ、「朝貢国」ではなく、「保護国」として位置付けた現在の北朝鮮と韓国の領域はどうなるのか(川島真・毛利和子『グローバル中国への道程―外交150年』[岩波書店、2009年]参照)。ここでは、韓国、日本とは違う形で、中国政府は歴史研究をつまみ食いして政治的に使っている。

沖縄県民約9割が中国に否定的印象

なお、インターネット上では、こういう議論に反論して、タイ、ベトナムなどと沖縄は違う、他国はすでに独立している、したがって、沖縄も独立すべきだ、という議論がある。それに関連し、参考までに述べておけば、沖縄県庁が実施した県民の中国と台湾に対する意識調査結果(2012年11月~12月)が5月9日の『沖縄タイムズ』で紹介されている。これによれば、沖縄県民の中では、中国への印象が「良い」「どちらかといえば良い」は合計9.1%にとどまったのに対し、「良くない」「どちらかといえば良くない」で合計89.0%に達した。対照的に、台湾については、肯定的な印象が計78.2%に上り、否定的な印象は計19.2%だった。比較のために「言論NPO」の日本全国調査(2012年4~5月実施)の結果を見ると、中国への印象が「良い」「どちらかといえば良い」の合計が15.6%、「良くない」「どちらかといえば良くない」の合計が84.3%だった。

(2013年5月20日 記)

  • [2013.05.23]

nippon.com編集企画委員会顧問。政策研究大学院大学学長、ジェトロ・アジア経済研究所所長。1950年愛媛県生まれ。1974年東京大学大学院国際関係論修士課程、1977年米コーネル大大学院博士課程修了。コーネル大歴史学科・アジア研究学科教授、京都大学東南ア ジア研究センター教授を経て2005年から政策研究大学院大学教授。2007年、紫綬褒章を受章。2009年1月から2013年1月まで内閣府総合科学技術会議議員。2011年10月から2014年3月までnippon.com編集長。著書に『海の帝国―アジアをどう考えるか』(中央公論新社/2000年/吉野作造賞受賞)、『帝国と その限界―アメリカ・東アジア・日本』(NTT出版/2004年)など。

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