時代の転換点に立つ日本の情報発信―編集長就任にあたって

川島 真【Profile】

[2014.05.13] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

中国の台頭・「瀬戸際」の時代へ

フランスのジュール・ヴェルヌの『80日間世界一周』が刊行されたのは1872年であるが、ちょうどそのころ日本の岩倉使節団が欧米を訪れていた。そのヴェルヌの『世界一周』のルートと、岩倉使節団の通ったルートがほとんど重なっていることはあまり意識されないように思う。このような重なりは、スエズ運河の開通、北太平洋航路の開設、さらには世界を一周する電信網の開通など、技術革新とインフラの整備に裏打ちされていた。「冒険」ではない世界一周が可能になり、そのルートとして当時の合理的なルートがまさにそれであったのである。このルートに沿って国際公共財を提供したイギリスが大英帝国を形成し、世界に主権国家とともに植民地が広がることになった。

20世紀末からはじまったグローバル化は、それへの反発である反グローバリズムも含めて多様な展開を見せたが、大量情報伝達が可能になり、資本の移動が瞬時に行われるようになったことは世界の経済活動を一体化させ、劇的に変化させることになった。新興諸国もまたそのグローバル化にのって経済発展を成し遂げ、経済大国となった。その新たな時代の変化が始まった1990年には考えられなかった長足の発展を見せた新興国の代表が中国である。そうした新興国の台頭が19世紀後半のような秩序の変容や、国境線の変化を生むのかどうか。現在はまさにその瀬戸際、変化の過程にあると考える。

新たな変動の波に乗ろうとする中国

日本はいわば19世紀後半以来の世界変動の波に乗った国である。第二次世界大戦に敗北しても、戦勝国であった中国での混乱も相まって東アジアでの日本の優位性は基本的に揺らがなかった。それに対して中国は、18世紀に清朝が全盛期を迎え、以後の経済成長、人口動向は抑制され、19世紀後半以来の変化への対応には時間がかかった。百年前の日清・日露戦争は、東アジアにおいて清から日本へとパワーシフトが生じつつあった象徴的な出来事だった。その中国も、第二次世界大戦でようやく国際舞台で大国として遇されるが、国共内戦と朝鮮戦争で中華人民共和国、中華民国ともに戦勝国としての果実を充分に得ることはできなかった。

その中国がこの20世紀末からの新たな変動に対応して波に乗るのだろうか。世界第二の経済大国となった中国自身も、自らの「大きさ」や影響力にも、また国内の問題と対外的な関係が予測不可能なことにも、戸惑っているようだ。また、昨年から新興諸国の経済成長にも陰りが見え始め、中国自身も労働力人口の減少が見込まれて、以後は安定成長に移行することが確実視されている。その中国の目線に立てば、対外政策の面では、将来的に米国の経済力に追いつくことも視野に入れながら、現在得ることができる成果を確実に得ていくことが肝要になるのだろう。中国が米国や欧州との間で協力的、戦略的関係を構築しつつ、東アジアにおいては自らの影響力を自認し、強化する方向性を採っていることは、そのような志向性を示すものと考えられる。

最も難しい対中戦略を迫られる日本

しかし、日本にとって、このような中国の政策は厳しく受け止めねばならない。中国の周辺諸国への政策は、従前よりもいっそう強硬になってきている。それは、主権や安全保障面でのことだけでなく、経済についても表れている。従前、中国の対外政策では経済も重視されていたが、それは国際協調の重視にもつながり、穏健な外交を保障するものであった。しかし、世界第二の経済大国になった今、経済はむしろ中国の武器であり、中国への経済依存度の高い周辺諸国にとっては、中国に強硬になれない要因となっている。

既に軍事力の面でも強大になった中国が東アジアで有するパワーは、さまざまな意味で現状変更を求めているか、あるいは現状に対して挑戦的である。尖閣諸島や南シナ海問題、あるいは防空識別圏設定の手法などがその顕著な例である。他方で、周辺諸国との間で経済関係を強化し、その影響力を確保している。日本もまた、中国から見れば周辺諸国のひとつであり、日本から見れば、韓国、ベトナムやフィリピンなど、領土問題を抱えながらも、一方で経済面での中国との緊密な関係を考慮しなければならない、日本と「立場をともにする国」があるようにも見える。

しかし、実際、韓国は北朝鮮問題があることもあって中国に接近しているし、ベトナムも社会主義国であることもあり、政府は中国に厳しいベトナム社会と中国の間に立ってバランスをとろうとしている。フィリピンは中国に強硬な姿勢をとることもあるが、国力の問題から継続的にはとりにくい。中国の経済力、あるいは総合国力に対抗できる国は、その周辺諸国には日本くらいしか無い、ということなのだろう。それだけに、日本の戦略は難しい。

多面的な日本の情報を発信して「熟慮」の糧に

現在、朝鮮半島や台湾海峡など、現代東アジアで形成されてきた「秩序」や「境界」が揺らぎ始めている。その発信源が中国ではあることは確かだが、これが世界的な変動と連動していることは言をまたない。日本は、G7の中で唯一中国の周辺に位置しており、また周辺諸国では中国に対峙する国力をもつ数少ない国だ。それだけに、そもそも日本の対中政策は、他国からの理解を得にくい面がある。また、日本の領土問題や歴史認識に対してネガティブ・キャンペーンをはる向きもある。

この時代の転換期には、さまざまな選択肢があるのだろうし、試行錯誤も必要となろう。民間から問題提起をすることも重要であるし、国境をこえた対話や交流もいっそう重要になる。そこで、注意しなければならないのは、国内外で日本関連のことを議論したり、考慮したりする際に与えられている情報が、偏ったり、絶対量が不足しているような事態である。

日本を含めて東アジアに大きな関心が寄せられている現在、日本からの情報発信が求められていることは周知の通りである。だが、そこでは「きめうち」するような「正しい」情報を限定するような姿勢をとることは好ましくなかろう。まずは日本についての、さまざまな姿を、多様なものは多様なものとして発信することが必要になると考える。その際には、海外では日本での極端な言論が、日本を代表するように思われがちであることに留意が必要だ。日本では、偏った意見だと皮膚感覚でわかっていても、その皮膚感覚を共有しない海外では、それが偏っているとは判断できないこともある。そうした意味で、日本から情報発信するには、単純に多様なものを多様なままで発信すればいいということではないだろう。時代の転換期に行われる、さまざまな「熟慮」の糧に相応しい情報を提供していくことが必要だと考えている。

(2014年5月7日 記)

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  • [2014.05.13]

nippon.com編集企画委員会委員長。東京大学総合文化研究科教授。専門はアジア政治外交史、中国外交史。1968年東京都生まれ。92年東京外国語大学中国語学科卒業。97年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会/2004年)、『近代国家への模索 1894-1925』(岩波新書 シリーズ中国近現代史2/2010年)など。

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