南シナ海情勢と中国の対外政策—日本はどう関与すべきか

川島 真【Profile】

[2015.12.28] 他の言語で読む : ENGLISH | FRANÇAIS | ESPAÑOL | Русский |

「強国」を自認する中国から見た南シナ海情勢

習近平政権(2012年11月~)になって以来、中国の東シナ海、南シナ海に対する政策はいっそう強硬になった、というのが世界の中国専門家のほぼ共通の見解だろう。中国の外交専門家からも、習近平国家主席は(胡錦濤前国家主席とは異なって)海洋や領土の面で妥協することはないだろう、という話も聞く。

実際、2002年の南シナ海共同声明、あるいは2008年の日中間における東シナ海の共同開発に向けての覚え書きなど、江沢民政権(1989~2002年)から胡錦濤政権(2002~12年)には、まだ領土主権や海洋権益の面で、中国が交渉に応じる余地があった。しかし、習近平政権は南シナ海の岩礁、暗礁での埋め立てを進め、そこに滑走路を建設、さらに軍事施設の建設などを進め、当事国や周辺国、あるいは米国などからの抗議があっても、これらの活動を停止していない。

中国国内では、かつて国力がない時代には南シナ海の島々が中国領であると、抗議だけを行い、いまや実力行使する力をもったのだから、かつての主張を実現させるというのが一般的な理解だろう。それだけ、軍事力も含めた「国力」について、中国が大国、強国になった、だからかつてできなかったことができるようになった、という理解が中国国内では広まっている。

習近平政権の判断「米国も強硬策はとらない」

これは習近平政権の対外行動を支える国内的な論理になっている。つまり、胡錦濤政権の後半期に、確かに中国の対外政策が次第に強硬になり、リーマン・ショックでさらに米国の国力が落ちたという認識の下に、いっそう強硬になったのも確かだが、習近平政権はその方向性を継続しつつも、その政策をさらに進めた。

そのような変化の背景には、国内世論を踏まえているということだけでなく、中国の自己認識が世界第二、少なくとも東アジアで圧倒的優位にあるとの認識になり、東アジア、東ユーラシアの主導国として、地域構想や国際公共材を提供するようになったことがある。

無論、こうした地域覇権国となったことが、直ちに領土や海洋権益で強硬な政策をとることにはつながらないが、習近平政権は島を埋め立てて基地を作る能力が中国にあるだけでなく、それに抗議する力は周辺国になく、さらに米国でさえ、これらを止めるために強引な政策はとらない、と判断したのであろう。この判断の根拠は軍事力の増強、そして米国の対中政策、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国の軍事力と中国との経済関係などによるのだと思われる。

米国の「航行の自由」作戦とその限界

このような中国の姿勢は当然ながら米国の関心を集めた。米国は、リバランス政策をとって東アジアの経済発展にコミットし、中国重視の政策をとってきた。日本をはじめ、同盟国との安全保障関係の強化もあるが、それは中国との関係を緊張させることを意図してはいない。オバマ政権は、一期と二期で中国に対する姿勢が異なり、次第に警戒心を強めているようにも見えるが、あくまでも対話路線を継続している。

その米国でさえ、ようやく重い腰をあげ、イージス駆逐艦を南シナ海に派遣した。「航行の自由」作戦である。だが、米国は領土問題それ自体には介入せず、あくまでも暗礁の埋め立てによる権利の発生の有無など、国連海洋法条約の解釈をめぐる中国への警告と、航行の自由という原則とその解釈の確認を行っているにすぎない。あるいは、領海における「無害通航」に対して事前通告を求めている中国に対して、事前通告をしないで航行するといったこともあろう。

確かに海洋をめぐるルールの中国の認識は必ずしも欧米や日本と同じではない。だからといって、中国の解釈がすべて中国独自というわけでもない。中国と同様の解釈をしている国も少なくはないのである。

また、米国の中国への姿勢は中国からどう見えるのだろうか。米国が、イージス駆逐艦を南シナ海に派遣したからといって、中国の飛行場建設や軍事施設の建設などを止めることはできないだろう。そもそも、米国もそこまでの効力があるとは思っていないのではないか。米国はイージス駆逐艦を南シナ海に派遣しながらも、他方で上海近海において中米合同軍事演習を行い、RIMPAC(環太平洋合同演習)に中国を招待している。中国の認識では米国の南シナ海に対する動きを決して強硬だとは見ていないだろう。そうした意味で、オバマ政権は多少中国へのコンテインメントを強めたように見えるが、中国から見れば、自らの姿勢を変えるほどには感じられていないであろう。

ASEAN諸国―経済関係と安全保障問題のジレンマ

南シナ海の事態が緊迫化しても、ASEAN諸国が基本的に正面からそれに対応することは難しい。欧州のNATOのような組織は東アジアには形成されていないのである。しかし、強硬な中国に対峙する国々の間の連絡や結束が高まっているのも確かである。これらの国々は、自らの置かれている状況、中国への対応などについて情報交換を行いだした。もともと、多くの当事国が中国との緊密な経済関係をもち、その経済関係と主権、安全保障の問題をいかに両立するのかという問題に悩んでいた。そして、コーストガード(沿岸警備隊)のケイパビリティーをいかに向上させるのかという課題を共有している。

こうした中で、フィリピンが国際仲裁裁判所にこの問題を訴えたことは一定の抑止力になるだろう。たとえ、中国が対応を変えなくても、各国から行われている対外発信もまた一定程度国際社会にインパクトを与えることが期待できる。

日本も南シナ海問題の「当事国」

日本にとって南シナ海問題は“他人事”ではない。そもそも、歴史的に日本は戦時中南シナ海の島々をほぼ占領して、サンフランシスコ講和条約でも、あるいは台湾(中華民国)との日華平和条約でも、日本による「新南群島(南沙諸島)」の放棄を明記した。20世紀後半の、南沙諸島をめぐる争いは、日本が放棄したあとの領有権争いだと見ることもできる。

また、現在の日本にとっても、南シナ海が日本の重要なシーレーンであること、あるいは東シナ海の領土問題と南シナ海のそれが連動していることなどに鑑みれば、日本もまたこの問題に対して一定の当事者性がある。

ベトナムなどの当事国は、米国の関与が限定的であることを知り、日本の強い関与を期待している。ただ、残念ながら、目下のところ日本が海上自衛隊を南シナ海に派遣することは相当に難しい。海上保安庁の関与は視野に入るのかもしれないが、東シナ海での中国への対応でそのキャパシティーは限界に達しつつあると見られる。やはり、艦船の供与、人材研修を含めてケイパビリティーの向上への貢献などが当面は求められる。

考え得る5つの対応策

では、強硬な政策を崩しそうにない中国に対して何ができるのか。もちろん、中国が埋め立てた島々の軍事基地化に反対することもあるが、これまで述べてきたように、いまのところ効果が期待できない。現在、あるいは今後できうるとしたら、以下の数点だろう。第一に、これ以上の暗礁や岩礁の埋め立て、飛行場設置を防ぐ努力をすることである。そこでは米国の関与がいっそう求められるだろうが、日本の役割も重要である。

第二に、問題となっている地域における海上事故防止協定や、緊急時のホットラインなど、事態の拡大抑制装置をつくることである。これは東シナ海だけでなく、南シナ海でも行い得る。

第三に、当時国のコーストガードや海上兵力の能力を向上させ、中国に対抗する能力を持つようにしていくことである。ここでは、日本の役割が特に重要である。

第四に、国際法解釈などの認識の幅を縮める努力と対話を、中国を含めて行うことである。その際には、非当事国、欧米諸国などを加えることが肝要である。

第五に、世界の非当時国に対するパブリック・ディプロマシーを展開し、中国側の宣伝を相対化することである。その際には、単に主権や領土問題だけでは効果が小さいだろう。

ここで注目されるのが環境問題である。南シナ海での中国の岩礁や暗礁の埋め立ては明らかに環境破壊である。欧米のNGO、メディアなどは遥か遠い地の領土問題よりも、美しい珊瑚礁の破壊に高い関心を示す。これは日本政府から、日本にとっての“正しい”領土問題についての説明を受けた欧米の研究者が筆者に述べたことでもある。自らにとっての“正しさ”もあろうが、相手にとって関心を持てること、引き込まれること、を意識した対外広報が肝要となろう。

(2015年12月21日 記)

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  • [2015.12.28]

nippon.com編集企画委員会委員長。東京大学総合文化研究科教授。専門はアジア政治外交史、中国外交史。1968年東京都生まれ。92年東京外国語大学中国語学科卒業。97年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学後、博士(文学)。北海道大学法学部助教授を経て現職。著書に『中国近代外交の形成』(名古屋大学出版会/2004年)、『近代国家への模索 1894-1925』(岩波新書 シリーズ中国近現代史2/2010年)など。

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