心の中で謝るほど見事な 若い歌舞伎役者の変貌を目撃

加藤 祐子【Profile】

[2011.12.09] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

ツワモノだらけの歌舞伎ファン

つい先日のこと。歌舞伎、久しぶりだなあと思いながら新橋演舞場の客席に座っていた。「久しぶり」と言ってもそれは一カ月半ぶりという意味で、まあその程度に歌舞伎が好きだ。

好きと言ってもその程度で、「お母さんのお腹の中にいたころから歌舞伎座に通ってました」というツワモノがゴロゴロいる歌舞伎ファンの世界においては、たかだか十年やそこら観てきたからといって「ファン」を名乗るのもおこがましい。

そしてたかだか十年やそこらしか観ていないので、一番好きな役者さんを好きになった時、その人はすでに芸も気力も充実し円熟の域に達していた。というか、その円熟した芸の深さがあればこそ、雷に打たれるようにして夢中になったのだ。なので逆にいうとその人の円熟の芸が、私が歌舞伎を観る上での基準になってしまい、今まで若手の役者さんはあまり熱心に観てこなかった(「一番好きな役者さん」については次回触れる予定)。

けれどもたかが十年、されど十年。十年前には「なんて下手なんだ!」と呆れていた当時まだ二十歳前後の若者たちが、今やメキメキ実力をつけている。堂々としたその舞台姿に、「下手って思ってすみませんでした」と心の中で手を会わせる機会が増えてきた。嬉しいことに。

そして一カ月半ぶりという「久しぶり」に新橋演舞場にいた先日も、心の中で謝った。実に嬉しいことに。

演目は『娘道成寺』。歌舞伎を観たことがない人でも、美しいお坊さんに恋して騙されて、悲しみと怒りのあまり蛇になってしまうお姫様の話は、ちらりとは聞いたことがあるかもしれない。大きな鐘に大蛇がまきついている、あのイメージだ。美しい女形が次々に衣装を変えて、恋する可憐な娘から恋に苦しむ大人の女までを一時間かけて踊り分けていく、日本舞踊の大傑作。

歴史の目撃者になった?

踊るは尾上菊之助。名優・菊五郎の長男だ。彼を下手だと思ったことはないけれども、それでもごめんなさい、今まであまりきちんと観てこなくて。そう謝りたくなるくらい、見事だった。

彼に対するこれまでのイメージは「若くてきれいで真面目で優等生な御曹司」だった。けれども今回の舞台でそれが「覚悟を決めた表現者」に変わった。覚悟を決めたとはこの場合、言いわけもしないし逃げ隠れもしない、ただ自分の芸だけで勝負してみせるという覚悟。現に彼は一時間余の舞台をほとんど独りで、踊りだけでもたせて、広い劇場空間を自分の存在でいっぱいにしていた。「私を観て」ではない、「私を観なさい」と自信たっぷりに観客をひきつけられる、そういう表現者に変貌していた。

そういう変貌の時を目の前で生々しく目撃できるからこそ、生の舞台は面白い。ひとりの俳優の役者人生においてこれは大事な節目になるんじゃないか、そう思える瞬間に立ち会って目撃できるのは、何とも幸せなことだ。大げさに言えば、歴史の一ページに立ち会っているかもしれないからだ。

円熟したベテランがますます深まっていくのを見届けるのも楽しいし、新進気鋭の若者がこれから円熟していく過程につきあうのも楽しい。しかもリアルで。生で。同時代で。どんなに記録手段が発達して、どんなにバーチャル世界が豊かになろうと、リアルで生で同時代でなければ体験できない喜びもある。それを確認するのも、演劇の楽しみだ。

(2011年11月24日 記)

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  • [2011.12.09]

gooニュース編集者・コラムニスト・翻訳者。上智大学国際関係法学科、オックスフォード大学国際関係論修士卒業。朝日新聞記者、国連本部職員、CNN日本語サイト編集者を経て、現職。「大手町から見る米大統領選」「ニュースな英語」等のコラムを執筆。訳書にバートン・ゲルマン著『策謀家チェイニー』。

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