必死の獅子となる 人間国宝の荒れ狂い

加藤 祐子【Profile】

[2012.03.07] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

江戸時代の日本人は獅子を見たことがあったのだろうか。たとえば晩年の北斎が描くことを日課にしたという獅子の絵を見ても、それは私たちが思う「ライオン」ではない。

葛飾北斎筆「日新除魔」(獅子、十月十一日)(財団法人北斎館所蔵)

シルクロードを経て日本にやってきた獅子のイメージは、仏典由来(※1)だそうだが、もっぱら牡丹の花と共にある。歌舞伎の舞台に乗ると、白や紅のたてがみを狂おしく振りながら舞い踊る。

歌舞伎の獅子は雄々しく誇り高い生き物で、その高貴な荒ぶる魂はなぜかやたらと人間に乗り移る。遊女に乗り移るのが「英執着獅子(はなぶさしゅうちゃくじし)」だし、狂言師に乗り移るのが名作「連獅子」(初演は明治五年でもはや江戸時代ではないが)。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とし、駆け上がって来た子だけを育てるということわざを物語にした舞踊劇だ。

仔獅子は富十郎の忘れ形見

その「連獅子」を今年一月、中村吉右衛門(※2)が新橋演舞場で踊った。前回のこのコラムで「一番大好きな役者」ともったいぶって書いたのは、この人のことだ。屋号は播磨屋。昨年夏に人間国宝に認定された。時代劇ファンには「鬼平犯科帳」の長谷川平蔵としておなじみ。歌舞伎では弁慶や大星由良之助(歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」での大石内蔵助の名前)など、大きくて懐の深い役柄を得意とする。歌舞伎でなければ、たとえばこの人のオセロやマクベス、リア王がつくづく観たいと思わせられる、そういう役者だ。

重厚な台詞劇が十八番なので、特に私が大ファンになってからは、舞踊劇にはほとんど出ない。加えて、仔獅子を一緒に踊る跡取り息子がいるわけでもないので、播磨屋さんの毛振りは観られないだろうなあとずっと思っていた。

獅子の毛振りは、歌舞伎の華のひとつだ。がむしゃらにやればいいというものではなく、全身をコントロールして、端正で高貴な荒れ狂いを見せなくてはならない。そして一カ月公演を務めるとなると少なくとも25日間、体力とコンディションを保つことも必要だ。つまり、大変なのだ。

それだけに播磨屋さんが「連獅子」をやる、しかも相手の仔獅子は中村鷹之資君だと知った時には、それこそ唸った。12歳の鷹之資君は、昨年亡くなった踊りの名手、中村富十郎(※3)さんの忘れ形見だ。父を失った鷹之資君。息子という跡継ぎのいない吉右衛門さん。この二人が亡くなった名優・富十郎さんの追善に「連獅子」を踊るのだ。

歌舞伎というのは、前の世代の芸と思いを次の世代に伝えることで何百年と長らえてきた芸術だ。芸と思いをつないできたからこそ、私たちは「江戸の人は獅子を見たことがあったのかな」などと勝手なことを思いながら「連獅子」が観られる。

やわらかにふくらむ名優

そして実際の舞台。特に千秋楽。鷹之資君は、はちきれんばかりの若さだった。熱い空気でパンパンに膨らんでいるボールや風船のような勢い。

そして吉右衛門さん。まず前半では狂言師右近として踊る。その空気感たるや。若い鷹之資君がエイッエイッキリッキリッと動くのとは対照的に、名優の動きには膨らみがある。ふっくらしている。やわらかな空気をたっぷりふくんだ極上の羽布団のよう。

獅子の心に乗り移られた狂言師右近は、仔獅子となった狂言師左近(鷹之資)を崖下に突き落とす。ここでは最早、人か獅子か判然としない。苛烈な覚悟と悲しみも渾然としている。それだけに、仔獅子が這い上がってくるのを目にした吉右衛門さんの喜びようときたら! 雲間が割れてパッと陽光が差し込んだような表情で、客席は一斉に息をのんだ。

力みなぎる毛振りの競演

それからいよいよ毛振り。親獅子の精は白、仔獅子の精は紅のたてがみをかぶり舞台に戻ってくる。初日から24日間も毎晩演じ続けていて、疲れていないわけはない。それでも仔獅子は、体にみなぎる躍動をこらえきれない!という風情で、すぐにぶんぶん振り始める。どんどん振る。ぐんぐん振る。はちきれんばかり。

そして親獅子の吉右衛門さん。いよいよ振り始めるという前に、体を前に倒して、毛と体を細かく左右に揺らしていた。まるで体の奥底からつきあげてくる蠢動に身悶えするかのように。うねっていた。私はその動きにすっかりやられてしまった。

疲れていないわけはないのだ。吉右衛門さんは12歳の少年ではないのだ。それでも役者の体内にほとばしる何かに、突き動かされていた。身悶えしていた。ひとしきり揺れてから、合図と共にパッと体を起こした時、隠れていた顔が見えた。そこには必死の表情があった。人間国宝にまでなった人が、最後の毛振りに向かって必死になっていた。

そして振るのだ。全身を大きく振り回して。舞台上の空気をぶんぶんと大きく旋回させるのだ。劇場空間そのものをかき回すのだ。ぶんぶんと。ぐるぐると。必死に。端正に荒ぶるのだ。

感動しないわけがないだろう。

吉右衛門さんの獅子の毛振りはおそらくもう、これで見納めではないか、そんな思いもあるだけに。この人のファンで良かった。そう感謝する舞台だった。(2012年3月1日 記)

(※1)^ 仏教の経典に由来する「獅子身中の虫」ということばがある。これは、獅子の体内に寄生する虫が獅子を死に至らせることの意で、仏教徒でありながら、仏教に害を与える者のたとえとされている。その虫が牡丹の花の露に弱いため、獅子は牡丹のそばにやってくるということから、獅子と牡丹の構図が屏風や襖絵といった絵画に描かれることが多い。

(※2)^ 1944年生まれ。八代目松本幸四郎(初代松本白鸚)の二男。母方の祖父・初代中村吉右衛門の養子となり、4歳で初舞台を踏む。22 歳で二代目中村吉右衛門を襲名。

(※3)^ 1929年生まれ。四代目中村富十郎の長男。1943年大阪・中座で初舞台を踏む。1994年人間国宝に認定される。

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  • [2012.03.07]

gooニュース編集者・コラムニスト・翻訳者。上智大学国際関係法学科、オックスフォード大学国際関係論修士卒業。朝日新聞記者、国連本部職員、CNN日本語サイト編集者を経て、現職。「大手町から見る米大統領選」「ニュースな英語」等のコラムを執筆。訳書にバートン・ゲルマン著『策謀家チェイニー』。

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