日本の財政再建をどのように進めるべきか

原田 泰【Profile】

[2011.10.03] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

ギリシャの財政危機や米国債の格付け引き下げなど国際経済の混乱が続くなか、日本の政府債務残高の対GDP比は200%を超え、極めて深刻。エコノミストの原田泰氏が日本の財政赤字を解消する方策を探る。

ギリシャの財政危機がユーロ圏全体を巻き込む大問題となり、イタリアの国債利回りが急上昇し、米国債の格付けが引き下げられるなどの混乱が続いている。現在のところ、経常収支の黒字もあって、日本はまだましと認識されて資金が集まり、円が上昇し、長期国債の金利はさらに低下している。ただし、円高で日本の輸出企業の競争力が低下することから、株価は大幅に下落している。この状況で、政府と日銀は非不胎化介入(※1)を行ったが、その額はわずかで効果は表れていない。

財政状況だけを見れば、日本の政府債務残高 (グロス)の対GDP比は200%を超え、ギリシャよりも深刻だが、金利は落ち着いている。高齢化に対応する社会保障支出は際限なく増大しているが、増税の見通しはついていない。さらに、東日本大震災の復興費の負担ものしかかっている。日本は、財政赤字をどう解決していけば良いのだろうか。

財政赤字についての2つの考え方

いくつかの考えがあるが、2つの両極端の議論から始めよう。第1の議論は、国債は債務だから、これは増税であれ、経費削減であれ、なんとしても解消しなければならないという議論である。

第2の議論は、気にするなというものである。国債は政府の借金であるが、それを購入した国民にとっては資産である。国債は将来の世代に対する借金だというが、将来の世代は現在の世代から相続した国債という資産を持っている。国債の元利返済は将来の世代の政府と国民の間でのやり取りに過ぎず、国債発行で得た資金は、現在世代が未来から得たものではないというのである。これは、以下のように考えればよく分かるだろう。人口が減少している日本では、今のペースで減少していくと、約950年後に最後の日本人が生まれる。この最後の日本人は1人で政府と国民の両方の役割を担うことになるが、政府としては国債という債務を背負わなければならない一方、国民としては国債という資産を相続する。とすると、負債としての国債と資産としての国債は相殺され、最後の日本人には負債も資産もないことになる。

日本は財政再建に成功していた

私は、第2の議論が正しいような気がするが、絶対に正しいと言うまでの自信がない。理屈で決着が付けられない時に一番良いのは、過去の事例を参照することだ。図は、主要国の純政府債務残高の対GDP比を示している。ここでグロスの債務ではなくてネットの債務(純債務=グロスの債務から資産を差し引いた債務)を示している。日本政府は、膨大な借金を抱えていると同時に、膨大な資産も持っている。重要なのは、グロスの借金ではなくて、ネットの借金であることは説明するまでもないだろう。ただし、ネットで見ても、日本はギリシャよりわずかにましというレベルにある。しかし、ここで注目すべきは、2006年と07年では、純政府債務残高の対GDP比率が下がっていたことだ。すなわち、日本は財政再建に成功していたのである。純政府債務残高の対GDP比率は、05年から07年にかけて年に1.5パーセントポイントずつ低下していた。これが20年続けば、この比率は50%台にまで低下し、世界金融危機以前の主要先進国なみになって、そう心配することはなくなる。

その後、この比率が急上昇したのには、いくつかの要因がある。第1に、言うまでもなく世界金融危機の不況によって税収が激減したからである。

第2には、世界金融危機に対応するためとして、財政支出の空前の大盤振る舞いをしたからである。

第3に、世界が金融危機に対応するために空前の金融緩和をしたにもかかわらず、日本はごくわずかな金融緩和しか実施せず、円高とデフレを招き、そのためにさらに税収が減ったからである。為替レートとは通貨と通貨の交換比率であるから、他の国が通貨を増やしているにもかかわらず、日本が増やさなければ円高になる。円高になれば、輸出企業を中心として利益が減少し、法人税収入が減る。輸出企業の利益が減れば雇用が減り、消費が減少してデフレになる。円高で輸入価格が低下することもデフレを助長する。デフレになれば、税収が減る。

第4に、世界金融危機直前から、財源の手当てなしに社会保障支出を増大させていたことである。社会保障支出は高齢化とともに増大していくから、一旦、高齢者1人当たりの支出を増大させてしまえば、将来の支出は等比級数的に増大していく。民主党政権になってからの、いわゆる社会保障と税の一体改革でも、このことはまったく議論されていなかった。高齢者一人当たりの社会保障支出を膨らまし、その一部を増税で賄おうというのが、社会保障と税の一体改革の議論だった。これでは、高齢者が増加する将来ではさらに問題を悪化させることになる。

成功の時代に戻ること

では、どうすれば良かったのか。不況はいずれ終わるものである。不況の間は税収が減少するのは仕方がない。セーフティーネットのために失業対策などの財政支出が増えるのも仕方がない。しかし、不況だからと言って、効果の低い公共事業の大盤振る舞いをする必要はなかった。世界と同じように金融緩和をしていれば、円高を避けることができ、デフレもひどくはならなかった。円高とデフレに起因する税収減は避けることができた。また、政治的には困難だが、高齢者1人当たりの社会保障費は絶対に増やさない決意を示すことが必要だった。

06年と07年に純政府債務残高の対GDP比率が低下していたのは、2006年3月まで量的緩和を続け、円高が収まっており、デフレもひどくはなっていなかったからだ。景気が回復して、法人税収が上がり、雇用も拡大していたので、所得税も消費税も増収傾向にあった。公共事業を減少させるとともに、社会保障費の拡大を抑制していたので財政支出の増大が抑制されていた。

財政再建には、06年と07年の成功をもたらした経済政策に戻ることだ。ただし、高齢化はこれまで以上のペースで進んでいくことを考慮しなければならない。高齢者1人当たりの社会保障支出を増やさない、むしろ減らすことを宣言し、高齢化がほぼピークになる2050年に必要な消費税増税を15%、現行の消費税と合わせて20%とあらかじめ決定し、その範囲内での財政支出しか行わず、消費税増税を順次行っていくことだ。

(2011年9月7日 記)

(※1)^ (編集部注)為替介入のために中央銀行が自国通貨と外国通貨を売買すると、市中における自国通貨の流通量は増加または減少する(自国通貨を売って外国通貨を買った場合は流通量が増加し、外国通貨を売って自国通貨を買った場合は流通量が減少する)。この増減を相殺するための金融調節(公開市場操作など)を行って、マネーサプライや市場金利を安定させ、インフレもしくはデフレを防ぐ介入を不胎化介入と呼ぶのに対し、金融調節を行わない介入を非不胎化介入と呼ぶ。

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  • [2011.10.03]

早稲田大学政治経済学術院教授、東京財団上席研究員。1950年生まれ。1974年東京大学農学部農業経済学科卒業後、経済企画庁入庁。1979年ハワイ大学経済学修士号取得。経済企画庁国民生活調査課長、同海外調査課長、財務省財務総合政策研究所次長、内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官、大和総研チーフエコノミスト、専務理事などを経て現職。著書に『若者を見殺しにする日本経済』(ちくま新書、2013年)、『なぜ日本経済はうまくいかないのか』(新潮社、2011年)、『日本国の原則-自由と民主主義を問い直す-』(日本経済新聞出版社、2007年、石橋湛山賞受賞)など。

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