アジア太平洋地域の国際公共財としてのTPP

谷内 正太郎【Profile】

[2011.12.08] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

環太平洋パートナーシップ(TPP)協定への参加は、1990年代から転落を続けてきた日本が再生するための突破口の1つだと、元外務事務次官の谷内正太郎・早稲田大学教授は指摘する。また、TPPはアジア太平洋地域の国際公共財になり得るもので、中国に対抗するものではないという。

日本は、国家としての大きな分岐点に立っている。バブル経済が崩壊した1990年代前半に始まった転落を続けるのか、それとも責任ある先進国として再びよみがえるのか。日本が再生するためには、戦後の歴史と実績を見直し、さまざまな分野で突破口を開く必要がある。その突破口の1つが環太平洋パートナーシップ(TPP)協定への参加だといえる。

アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)への道筋の中で唯一交渉が開始されているTPPへの参加は、日本はもちろん、アジア太平洋地域の各国にとっても、この地域の国際公共財を築くという意味で重要な意義がある。

世界経済秩序の変化への対応

TPP参加は、日本にとって、4つの意義があるといえるだろう。第1に、世界経済秩序の変化への対応である。近代国際社会は17世紀半ば以降、欧州あるいは米欧が主導してきたが、今や経済成長センターはアジア太平洋地域に移行しつつある。その中で、日本はアジア太平洋地域の経済統合に積極的に参加することで、この地域の成長力を取り込んでいくとともに、地域の生産性をさらに高めていく必要がある。11月にホノルルで行われたアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議では、日本に続いて、カナダ、メキシコもTPP参加への意欲を示した。これらの国を加えるとTPP参加国は12カ国となり、世界の国内総生産(GDP)総額の40%を占める。この割合は、欧州連合(EU)の26%、ASEAN+3(東南アジア諸国連合と日本、中国、韓国)の23%と比べても、非常に大きい。こうした大きな経済圏ができれば、日本に大きなチャンスをもたらすことになる。

ルールメーカーとしてのチャンス

第2の意義は、TPP参加で、日本が国際社会において初めて主要なルールメーカーになり得るということだ。これまで日本は、関税および貿易に関する一般協定(GATT)や世界貿易機関(WTO)の歴代ラウンドなどの経済交渉において、残念ながら主要なルールメーカーではなかった。ウルグアイラウンド(1986年~94年)では、日本はその経済力の大きさゆえに、米国、EU、カナダと並んでコアメンバーの1つだったが、最終的には農業問題のために蚊帳の外に置かれて、各国が合意した内容を飲まざるを得ないような状況に追い込まれたのが実態であった。現在のドーハラウンド(2001年~)にいたっては、日本はもはやコアメンバーですらなく、国際貿易のルールメーカーとしての存在感が極めて希薄だった。しかし、日本は、アジア太平洋地域の経済統合問題に関して、TPPのみならず、ASEAN+3やASEAN+6(ASEANと日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランド)、あるいは日中韓の自由貿易協定(FTA)/経済連携協定(EPA)構想のいずれの枠組みにも加わっており、アジア太平洋地域全体における自由で開かれた貿易・経済秩序を作るためのルールメーカーになり得る。

TPPはもともとシンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、チリという小さな国々がイニシアティブをとって作られたものである。ドーハラウンドが呻吟(しんぎん)している今日、TPPがより広い範囲の国々をカバーし、かつより高い水準の自由で開放的な国際貿易経済体制を構築することは世界経済全体に大きな刺激を与えることになる。日本はその鍵を握っている。

アジア太平洋地域における広域経済連携

 

TPPは国際公共財になり得る

第3に、このように考えてくると、TPPはアジア太平洋地域の国際公共財になり得るものであり、またそうしなくてはならない。TPPは中国に対抗するものだという見方もあるが、決してそうではない。アジア太平洋地域において自由で開かれた国際貿易経済体制が出来上がることには中国にもメリットがある。将来的には中国もこのメリットを認めてTPPに参加してもらうように、日本はリーダーシップを発揮すべきだ。そのためにも米国との協力は不可欠であり、むしろ日本から米国をアジア太平洋地域により一層巻き込んでいくという発想が必要である。

オバマ政権は、政治面、安全保障面でも、「アジア太平洋国家」として、この地域に積極的に関与する立ち位置を明確にしつつある。このような米国外交戦略のアジア太平洋シフトを同盟国たる日本はしっかりと支える必要がある。日本国内には、TPPを米国の陰謀だと見て、日本が米国に自由に振り回されるようになるといった考え方があるが、これはさまざまな歴史的背景から生じた被害者意識に基づく議論である。外交交渉はお互いの立場、主張をぶつけ合うことから始まるのであり、初めから負け犬になると考えるのは旧態依然たる敗北主義、対米コンプレックスの表れといわざるを得ない。日本はもっと自らの力と国際的評価に自信を持ち、共通の価値観を有する国々とともに国際的ルールを作っていく気概を持つべきだ。日本の外交が積極外交へと転換する「機会の窓」は開きつつある。この歴史的チャンスを逃すべきではない。

日本の国内改革のために

日本のTPP参加の第4の意義は、日本国内の改革の機会になるということだ。TPP参加によって痛みを伴う部分は当然ある。TPPは農業や医療など21分野に関わるため、さまざまな問題を含んでいる。他方で、国内の産業や諸制度を改革する大きなチャンスにもなるだろう。特に農業については、輸出志向の強い農業を作るための改革を行う必要がある。現在のような保護政策を続けても、農業が強くなる展望はまったくない。さくらんぼやりんごのように市場開放によって競争力が増した例もあり、日本農業の潜在的な競争力を生かす方策を進めるべきだ。ただし、市場開放や諸制度の変更については、日本国内でも十分な議論を行うべきであるし、各国間の交渉の場においても、互いにセンシティブな品目や分野について猶予期間を設けることなどを話し合う必要がある。日本政府が国内外でしっかりと議論し、国民の痛みが伴う問題への十分な手当てを行えば、国民を説得することは可能であろう。

日本は積極的にTPPに参加せよ

東日本大震災では、世界約160カ国が日本への支援を申し出てくれたが、これが何を意味するのかといえば、戦後の日本が第2次世界大戦の痛手から国家を再建し、かつ、国際社会に大きな貢献をしたことに対する世界各国の感謝の気持ちの表れであっただろう。さらには、日本が大震災でくじけることなく、引き続き世界の中で主要な責任と役割を果たしてほしいという期待が込められてもいたはずだ。世界各国は、日本が分岐点に立っていることを認識しているゆえに、「日本がんばれ」と言っているのではないかと思う。こうした声援に応えるためにも、日本は積極的にTPPに参加すべきである。

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  • [2011.12.08]

nippon.com編集主幹。1944年生まれ。1969年、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了後、外務省に入省。外務省総合外交政策局長、内閣官房副長官補などを経て、2005年から2008年まで外務事務次官。現在は、早稲田大学、慶應義塾大学、東京大学で教鞭をとる。

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