業績好調、日本の総合商社 どこから来たか、何者か、どこへ行くか

田中 隆之【Profile】

[2012.09.14] 他の言語で読む : 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |

2011年度、過去最高益を記録する総合商社が相次いだ。その背景にある総合商社の歴史的独自性と今後の行方を田中隆之専修大学教授(今春刊行の『総合商社の研究 その源流、成立、展開』著者)が概説する。

日本経済は、「失われた20年」などともいわれるように、長期にわたる低成長下にある。しかしその中で、特に2000年代以降、総合商社が未曽有の好業績を上げている。その背景として、資源・エネルギー関連投資からの収益が各社で大きく膨らみ、投資会社としての側面が強まっていることがしばしば指摘される。業績好調の要因は何か。その先行きはどうなのか。

筆者は、一昨年の秋から、今年3月までの1年半、商社の業界団体である日本貿易会が主催する「総合商社原論特別研究会」に主査として参加し、研究成果を『総合商社の研究 その源流、成立、展開』(東洋経済新報社刊)として出版した。本稿では、これをもとに、以下の3つの問いに答えつつ、日本独自の業態といわれる総合商社の将来を展望してみることにしよう。

日本の総合商社7社の2011年度業績(連結決算、2011年4月~2012年3月)

  売上高 営業利益 純利益
三菱商事 20兆1263億円 2711億円 4538億円
伊藤忠商事 11兆9782億円 2726億円 3005億円
※過去最高益
丸紅 10兆5843億円 1573億円 1721億円
※過去最高益
三井物産 10兆4811億円 3483億円 4344億円
※過去最高益
住友商事 8兆2730億円 2198億円 2506億円
※過去最高益
豊田通商 5兆9167億円 924億円 662億円
双日 4兆4942億円 645億円 ▲36億円

注:売上高、営業利益は各社とも日本の会計慣行に基づく数値。豊田通商と双日を除く各社の純利益は米国会計基準または国際会計基準(IFRS)に基づく数値。億円未満は切り捨て。

日本の総合商社はいつ、なぜ成立したか

第1の問いは、総合商社はいつ成立したのか、またなぜ成立したのか、である。

1945年8月に第2次世界大戦に敗れた日本は連合国に占領された。そして、戦後の貿易は、占領軍の方針に基づき、政府による管理貿易から始まった。その後、1950年に自由貿易が再開され、商社の活動が活発化する中で、総合商社が形成されていく。まず関西系の繊維専門商社(伊藤忠商事、東洋棉花(※1)、日綿実業(※2)、丸紅など)と、鉄鋼系専門商社(岩井産業、日商(※3)など)が、新しい部門の拡充や、吸収合併による商権の拡大によって、総合商社化の動きを始めた。これに続き、占領軍の財閥解体政策に基づいて解散させられ、多くの小企業に分かれていた三菱商事、三井物産がそれぞれ大合同を果たし、さらに住友商事が新規参入した。こうして、高度成長期の1960年代前半までに、総合商社群が成立した。

こうした総合商社化の動きは、戦前の三井物産、三菱商事などの、巨大商社をモデルとしたものだ。総合商社という用語自体は戦前には存在していなかったが、これら何社かは、取扱品目が多様化し、貿易以外の業務や事業投資も行っており、総合商社の原型と呼ぶにふさわしい。

日本に総合商社を成立させた条件は何であったかを、戦後の総合商社形成、戦前の総合商社の原型形成のケースに即して考えてみると、以下の4つを挙げることができる。(1)国策として貿易を振興する必要性が大きかったこと、(2)輸出品目に低技術・被差別的製品が多く、相手先国の商慣行が自国と大きく異なっていたこと、(3)経済が急拡大し貿易量も急拡大した時期だったこと、(4)財閥(戦前)、企業集団(戦後)などの一員として国内製造業と大きな関わりを持っていたこと、である。

総合商社は日本独自の業態なのか

第2に、総合商社は本当に日本に独自のものなのか、という点を検討してみよう。2012年の「フォーブス・グローバル2000」で、世界の商社(Trading Companies)のランキングを見ると、17社のうち8社が日本の商社であり、上位6位までを日本の総合商社が独占している。これに韓国の4社などが加わり、17社すべてがアジアの企業となっている。(なお、2010年のランキングでは全22社の中に欧州企業が2社あったが、2012年のランキングでは姿を消した。米国企業は2010年の段階でも姿が見えなかった。)

このうち韓国の商社は、日本の総合商社との類似点もあるが、財閥の窓口的な地位を抜け出せず、輸入の比率が低いなど相違点も多い。その他の途上国にも総合商社に類似した企業体が存在するが、その規模は日本の商社に及ばない。ただし、今後中国など新興国において、大規模な総合商社的企業体が発展する可能性もある。

先進国の過去を振り返ると、英国では、第2次大戦前から日本の総合商社に似た、取扱品目が多様化した多国籍商社が活発に活動していた。そのうちのいくつかは、戦後も1970~80年代までは生き残ったが、その後株式を公開し、資本市場から収益性の高い事業への集中を迫られた結果、ほとんどが専門商社や製造業に転換した。ドイツでは、1910年代ごろまで専門商社が輸出を担ったが、その後メーカーの直接輸出が進み、中小企業製品、途上国向けのみ商社が担うようになった。米国では、そもそも成長における輸出の役割が小さく、海外市場のマーケティングそのものに強い関心がなかったため、商社活動は低調であった。

フォーブス・グローバル2000 世界の商社(Trading Companies)ランキング(2012年)

1位 三菱商事
2位 三井物産
3位 住友商事
4位 伊藤忠商事
5位 丸紅
6位 豊田通商
7位 利豊(香港)
8位 サムスン物産(韓国)
9位 双日
10位 アダニ・エンタープライゼズ(インド)
11位 SKネットワークス(韓国)
12位 五鉱発展(中国)
13位 ハンファ(韓国)
14位 上海物資貿易(中国)
15位 厦門建発(中国)
16位 LG商事(韓国)
17位 兼松

出所:「The World’s Biggest Public Companies」Forbesウェブサイト、2012年4月18日

総合商社はどうなっていくのか

第3に、総合商社はどのように変わってきたか、そして将来どうなっていくのかを考えてみよう。

総合商社業界では、1980年代後半のバブルが遺した不良資産の償却が重荷となり、2000年前後に、合併・再編が行われた。その結果、現在、総合商社は伊藤忠商事、住友商事、双日、豊田通商、丸紅、三井物産、三菱商事の7社となっている。

現代の総合商社は、連結子会社を通して、多様な製造業・サービス業に進出するという特徴を持つ。その一方、経営権を持たない投資先からの投資収益(配当)も、収益に貢献している。こうした姿をあえて一言で表現すれば「総合事業運営・事業投資会社」である。ここで重要なのは、その基盤としてトレード(輸出入や国内、外国間で行う伝統的な商品取引)が要の役割を果たしていることである。

先に見た、日本に総合商社を成立させた4つの条件は、経済の成熟化に伴っていずれも弱まっている。その一方で、(1)事業分野の分散によるリスク許容力、(2)多くの業種で多くの収益機会に携わることにより、ニーズ・シーズや収益源を発見し事業化する力、の2つの力が強まっており、これらが総合商社の存続基盤を強めている。

現代日本の総合商社は、これに加え、困難に前向きに立ち向かい自己を変革する能力を有しているため、世界の中で独自な経営体として発展を続ける可能性が高い。

(※1)^ 1990年トーメンに改称。2006年に豊田通商と合併。

(※2)^ 1982年ニチメンに改称。2004年に日商岩井と合併、双日に。

(※3)^ 1968年に岩井産業と日商が合併し、日商岩井に。2004年にニチメンと合併、双日に。

  • [2012.09.14]

専修大学経済学部教授。専門は日本経済論、財政金融政策。1981年東京大学経済学部卒業。日本長期信用銀行産業調査部、同調査部ニューヨーク市駐在、長銀総合研究所主任研究員、長銀証券投資戦略室長チーフエコノミスト、専修大学専任講師などを経て、2001年から現職。博士(経済学)。2012年4月より1年間、ロンドン大学東洋アフリカ学院客員研究員。著書に『現代日本経済 バブルとポスト・バブルの軌跡』(日本評論社/2002年)、『「失われた十五年」と金融政策』(日本経済新聞出版社/2008年)、『総合商社の研究 その源流、成立、展開』(東洋経済新報社/2012年)など

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