日本の科学技術発展のためアジアとの連携を目指せ

林 幸秀【Profile】

[2012.11.22] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL |

山中伸弥教授のノーベル賞受賞に沸いた日本の科学界。だが日本の研究者たちを取り巻く環境は厳しい。日本の科学技術の発展に向け、著者は日中韓が出資する研究ファンド設立を通じたアジア諸国との連携強化を訴える。

低迷する日本の科学技術

京都大学の山中伸弥教授が、2012年のノーベル医学・生理学賞を受賞した。基礎科学における日本のレベルの高さが評価されたもので、大変喜ばしい。しかし、現在の日本の科学技術は必ずしも順風満帆ではなく、むしろ低迷と後退の局面にある。

基礎科学の実力を国別で調べるには、研究者が成果を発表する論文の数で比較するのが一般的である。文部科学省科学技術政策研究所がトムソン・ロイター社などのデータを基に集計した論文数の国別シェアは、2008年から2010年までの平均値で米国が27.5%と世界一、中国が11.1%、英国が7.6%、ドイツが7.4%、日本は6.6%で世界第5位となっている。日本は、1998年から2005年まで英国と世界第2位を競い合っていたが、現在は長期低落の状況が続いている。

研究論文の質を考慮すると、日本の後退がさらにはっきりする。研究論文の質は、他の研究者による引用の回数(被引用度)で測るのが一般的である。科学技術政策研究所は、被引用度を考慮し質の高さで上位10%に入る研究論文数の国別シェアと順位を公表している。2008年から2010年までの平均値で、米国の世界シェアは42.3%で世界一、英国が12.0%、ドイツが11.0%、中国が9.2%、フランスが7.4%、カナダが6.2%と続き、日本は5.9%と第7位となっている。2000年前後には、日本は米英独に次いで世界第4位であったことを考えると大きな後退である。

  論文発表数上位10カ国 質の高さで上位10%に入る
研究論文数上位10カ国
順位 シェア シェア
1 米国 27.5% 米国 42.3%
2 中国 11.1% 英国 12.0%
3 英国 7.6% ドイツ 11.0%
4 ドイツ 7.4% 中国 9.2%
5 日本 6.6% フランス 7.4%
6 フランス 5.4% カナダ 6.2%
7 カナダ 4.5% 日本 5.9%
8 イタリア 4.4% イタリア 5.6%
9 スペイン 3.7% スペイン 4.5%
10 インド 3.7% オランダ 4.4%

注)2008年~2010年 平均値
出所)科学技術政策研究所「科学研究のベンチマーキング2011」より

資金難・人材難

日本が科学研究で停滞・後退している理由として、近年の研究開発費の伸び悩みが挙げられる。21世紀に入っての各国の科学技術への投資は加速している。中国の研究開発費はここ10年で約7倍に達しており、韓国も約2.5倍となっている。欧米は中国や韓国に比べると緩やかであるが、それでも2倍近い伸びとなっている。ところが日本は、2000年から2009年の10年間で5.9%しか伸びていない。このため日本では、宇宙開発などの大きなプロジェクトや、大型施設の建設などが思うように進んでいない。

研究開発費の硬直的な使い方も問題である。日本の基礎研究を支える資金として科学研究費補助金があるが、2000億円という総額がほとんど変化しておらず、また世界の研究潮流に取り残された高齢でボス的な研究者による、研究費配分への過大な関与も指摘されている。さらに東京を中心とした首都圏の研究者が優遇され、地方の研究者が不利との声も強い。

日本が科学技術で伸び悩むもう一つの理由が、人材の確保難である。近年、優秀な科学技術人材の獲得を巡る国際的な競争は激化している。研究者の数で中国は2008年で約160万人と世界一を誇っており、次いで米国が約140万人で、日本は約70万人(専従換算(※1))と中国や米国の半分、あるいはそれ以下である。また女性研究者の比率が低い、若手研究者が十分に活躍できない、優秀な外国人研究者が日本に来ないなどの問題点が指摘されている。とりわけ、苦労して博士号を取得し将来性に富む若手研究者の多くが、ポスドク(※2)という任期付きの不安定な処遇に甘んじていることが問題となっている。

制度上の問題点

科学技術の進展には、カネとヒトだけではなく、それを支えるシステムが重要となる。日本では、この科学技術システムにも課題が多い。日本における研究の中心は国立大学であるが、2004年に大学の自主性を強化すべく法人化したものの、十分な成果が上がっていない。研究資金の配分機関が各省別の縦割りで存在し、国全体での整合性に欠けている。またせっかく基礎研究で成果が上がっても、国際標準の獲得競争で敗北しビジネスチャンスを逸している。

さらに今回の山中教授のノーベル賞受賞に見られるように、ライフサイエンスの基礎研究レベルは高いが、これを応用し製薬や臨床応用につなげていく場合、国内での規制が硬直的なため、欧米諸国に後れを取る可能性が指摘されている。

このような状態にある日本の科学技術を立て直すにはどうしたら良いのか。正攻法は、科学技術システムの不断の改革を行いつつ、研究開発投資と研究人材を増加させることである。しかし、現在の日本の財政事情や将来のさらなる少子高齢化を考えると、極めて難しい。福祉、年金、医療といった国民生活に直結する分野ですら、削減の憂き目を見ようとしている。関係者が一丸となって努力する必要があるが、一般の国民からは比較的関心の低い科学技術の予算を増大するのは、「言うは易く行うは難し」であろう。

研究ファンドを通じたアジア諸国との連携

私は、正攻法を補完するものとして、中国、韓国、東南アジアなどの近隣諸国と、科学技術の人材と資金をできる限り共有する協力関係を構築し、欧米との科学技術競争に参画していくべきと考えている。協力内容としては、例えば、次世代の放射光施設の建設などが挙げられる。兵庫県にある放射光施設「SPring-8」は、建設費に1100億円程度かかった。これからは数百億から1000億程度の建設費を要する大型共用施設を、近隣諸国と資金を出し合って建設し、地域協力を進める。一国では小さい予算と人材を、連携により大きく使うのである。

地域内での人材交流を進めるには、研究資金を各国で出し合う研究ファンドの設立・運用も重要となる。欧州では、欧州研究会議が欧州全域をカバーし域内での人材交流を促進している。科学技術の先進国となりつつある日中韓が適当な比率で出資したファンドから、3カ国と近隣アジア諸国の研究者に、研究費を提供したらどうであろうか。研究者には、外国人研究者との他流試合を通じた自らの研究ポテンシャルの向上が必須であるが、日本の研究者はその機会も経験も少ない。米国は、世界中から研究者を集める魅力を持つ。欧州は欧州連合(EU)などを通じて欧州全体での人材交流に心を砕いている。アジア各国の研究者も、近年急速に研究レベルを向上させているが、彼らの視線の先には欧米の国々がある。アジアの研究者を対象とする研究ファンドを設立し、研究者によるアジア域内での協力関係が構築できれば、科学技術人材の育成だけでなく経済などの関係強化にもつながる。

現在、日中・日韓の間では政治的な問題がクローズアップされ、科学技術の協力の促進も大きな影響を受けている。しかし、孤立主義では日本の科学技術の展望は開けない。アジア近隣諸国との科学技術協力関係の強化・促進を、政治経済全般での国際協力の突破口とする気概を持って努力すべきと考える。

(※1)^ 国際的な比較のため、研究に従事する時間を基に研究者数を換算した値

(※2)^ ポストドクターの略で、博士課程を終了し正規の研究職に就く前の研究者

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  • [2012.11.22]

独立行政法人科学技術振興機構研究開発戦略センター・上席フェローおよび東京大学科学技術先端研究センター特任教授。1948年生まれ。東京大学大学院修士課程(原子力工学専攻)終了。科学技術庁科学技術・学術政策局長、内閣府政策統括官(科学技術政策担当)、文部科学省文部科学審議官、宇宙航空研究開発機構副理事長などを歴任。2010年より現職。最新著書は『理科系冷遇社会 沈没する日本の科学技術』(中公新書ラクレ/2010年)、『主要国の科学技術情勢』(編著/丸善プラネット/2012年)など。

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