北朝鮮の「衛星」打ち上げ成功がもたらす新局面

政治・外交

北朝鮮は12月12日「衛星」を軌道に乗せた。この打ち上げ成功がもたらす情勢の変化と日本が整えるべき備えを鈴木一人・北大教授が解説する。

前日まで技術的な不具合や延期が語られていたにもかかわらず、突如打ち上げられた北朝鮮の「銀河3号」は、衛星を所定の軌道に投入し、同国が宇宙空間に物体を打ち上げる能力を持つことを示した。

この打ち上げは「弾道ミサイル技術を用いた打ち上げ」を禁ずる国連安保理決議1874号に違反し、日米韓はもちろんのこと中国による打ち上げ自制の求めにもかかわらず強行された。

打ち上げ強行の理由

なぜ北朝鮮は国際社会、とりわけ経済的に強く依存する中国の反対をも押し切って打ち上げを強行したのであろうか。

政治的には「強盛大国の門を開く」とした本年内に、「大国」の象徴であるロケットの打ち上げを成功させたい、という願望があった。さらに、権力基盤の固まらない金正恩(キム・ジョンウン)第一書記による統治の正当性を高める目的が挙げられる。

代償として北朝鮮は国際社会から一層厳しい制裁を受け、国内経済はさらに困窮する。それでも打ち上げを強行したのは、ロケット技術が弾道ミサイル技術そのものであり、衛星の打ち上げ成功は射程1万キロ、すなわち「米国本土も見据えたミサイル能力の誇示」という軍事的な目的による。

北朝鮮が獲得した高度な技術

今回の打ち上げにより、北朝鮮はかなり高度な打ち上げ能力を獲得した。

通常、初めての衛星打ち上げは、衛星を軌道に乗せることを優先し、比較的容易に軌道への投入ができる東向きに打ち上げ、特定の軌道を指定せずに衛星を投入する。

しかし、北朝鮮は今回の打ち上げで太陽同期軌道と呼ばれ、北極・南極の上空を通過する軌道への衛星の投入に成功した。これにはロケットを南に打ち上げ、第1段、第2段を切り離し、第3段を正確に制御してドッグレッグ(犬の足)と呼ばれる方向転換のあとに、軌道傾斜角97~99度への投入――という高度な技術が必要となる。

北朝鮮のロケット打ち上げ能力は多くの先進国が持つ能力に近く、この技術を転用すれば、「ロケット」は極めて高い命中精度をもつ弾道ミサイルとなると今回の打ち上げは示唆している。

ただし、ロケットは衛星を宇宙空間に放出するだけだが、ミサイルは地上攻撃のために大気圏に再突入する。その際に必要な摩擦熱を回避する耐熱パネルや弾頭の制御など、まだ北朝鮮が確立したとはされていない技術が必要であり、すぐさまロケットの打ち上げ成功がミサイル完成を意味するわけではない。

また、今回打ち上げられた衛星の重さが、今年4月打ち上げに失敗した衛星と同様におよそ100キロとすれば、北朝鮮が核弾頭を同程度にまで軽量化できるかは定かではない。しかし、再突入の技術を獲得し、核弾頭の小型化に成功すれば北朝鮮の核ミサイル能力は完成し、近隣諸国だけでなく遠く離れた米国にも脅威を与える軍事能力となる。今回の打ち上げは、その完成に向け大きな壁を越えたことを意味する。

米国の交渉姿勢への影響

今回の打ち上げによる北朝鮮のミサイル能力の証明で、日本や東アジア諸国に対する脅威が大きく増したわけではない。

というのも、北朝鮮は射程距離1300キロと言われるノドンミサイルを保有し――核兵器が搭載可能かどうかは議論が分かれるものの――日本を含む東アジアの国々はすでに北朝鮮のミサイルの脅威にさらされているからだ。

今回の打ち上げで北朝鮮が獲得した能力は、射程圏内となる米国にとって大きな脅威となる。六カ国協議や米朝二国間協議といったこれまでの対話の仕組みは大きく変わり、米国の対北朝鮮政策は「軍事的な脅威への対処」という方向性を見せることになるだろう。

そうなると、北朝鮮の核実験やミサイル技術の放棄に対し大きな報酬を与えるような交渉になる可能性もあり、また逆に、北朝鮮に対する制裁強化や軍事的制裁も含んだ交渉により東アジアでの軍事的な緊張が高まる可能性もある。いずれにしても、拉致問題などの優先順位がさらに低まる可能性はあり、日本外交にとっても難しい局面となる。

韓国にとっても今回の打ち上げ成功が軍事的脅威を高めたわけではないが、これまで北朝鮮に先を越されてきたロケット開発の分野で、さらに後塵(こうじん)を拝することになり、いまだに成功していないKSLV-1「羅老(ナロ)号」の絶対成功というプレッシャーが生まれている。

このKSLV-1はロシアとの技術協力で開発したロケットで、1段目をロシア、2段目を韓国が開発し過去2回の打ち上げに失敗している。また、2012年10月には3回目の打ち上げを予定していたが技術的な問題により打ち上げを2回延期している。次回の打ち上げは2013年春となりそうだが、新大統領の就任直後でもあり、なおのこと失敗が許されない環境となる。

日本の取るべき対応

北朝鮮はこれまで核実験とミサイル技術の開発によって、長期にわたる経済制裁を受けており、日本との貿易や資金移動は厳しく制限されている。既に日朝間の貿易はほぼゼロの状態が続いており、日本が単独でできることは無いに等しい。

国連安保理による経済制裁の効果が無いのは、主として中国や韓国との貿易の維持、ブッシュ政権時に核問題の進展を目的に北朝鮮の対外的な金融決済の拠点バンコ・デルタ・アジアの口座凍結の解除を進めたことなど、制裁が徹底されていないことに一因がある。

今回の打ち上げを受け国連安保理が招集され、北朝鮮への制裁強化が議論されているが、中国が拒否権の行使をちらつかせ、強度の制裁を含む決議の採択は難しいと見られている。

このような状況下で北朝鮮の行動に歯止めをかけることは容易ではない。さらに、ロケットの打ち上げ成功に核実験が続けば、国際社会はロケット・ミサイル技術よりも核開発の問題を重視し、北朝鮮のミサイル技術開発に対する歯止めはさらに難しくなるだろう。われわれは北朝鮮がミサイル技術、つまりは米国に脅威を与える能力を持つ現実を受け入れた上で対応を考えねばならない。

日本は既に北朝鮮の中距離ミサイルの射程圏内にある現実を踏まえ、ミサイル防衛システムのさらなる精度向上、ミサイル発射を探知する早期警戒衛星の導入、情報収集衛星による画像インテリジェンスのみならず通信、信号、さらには人的インテリジェンスの収集能力の強化を進め、あらゆる事態への対応能力を高める必要がある。

日韓で米国との同盟関係強化を訴える新しいリーダーが選ばれ、北朝鮮の脅威に対する日米韓ミサイル防衛体制の強化を進める政治的環境も整ってきた。日韓の新政権と第2期オバマ政権の連携が、今後の北朝鮮対策のカギとなるだろう。

(2012年12月25日 記)

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