戦略的信頼関係の構築を最優先に

中西 寛【Profile】

[2013.02.25] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | العربية |

第2次安倍晋三政権は、11 年ぶりの防衛費予算増を決め、民主党政権下での防衛大綱の見直しを決定した。安倍政権の中長期的な安保防衛政策の課題を考える。

2012年末に発足した第2次安倍晋三政権は組閣直後から、安保防衛政策の見直しを提起した。ひとつにはわずか1年で安倍首相の病気のために退陣した第1次政権からの積み残しの課題を実現するため、もうひとつには民主党政権の3年間の安保防衛政策を失敗と捉え、その立て直しを図るためである。

日本版「国家安全保障会議」(NSC: National Security Council)の設置や集団的自衛権に関する憲法解釈の見直しの検討は前者であり、民主党政権下で2010年12月に閣議決定された「防衛計画の大綱」の見直しと5年計画の「中期防衛力整備計画」(中期防)を破棄する決定は後者の代表例である。

長期的な防衛支出増加は可能か

民主党政権下の安保防衛政策を全くの失敗と捉えるのも、現大綱や中期防が現状に即していないと判断するのも、完全に公平とはいえない。確かに鳩山由起夫内閣による普天間基地移設計画をめぐる大混乱や米国を排除した印象を与えた東アジア共同体論の提起は日米の政府間の信頼関係を大きく低下させた。

しかしその後、東日本大震災の米軍による被災地支援活動「トモダチ作戦」や尖閣諸島に対する米国の防衛コミットメントの確認、2011年4月の日米首脳会談での「動的防衛協力」構築に関する合意や6月の日米安全保障協議委員会(SCC : Security Consultatire Committee)における24項目の共通戦略目標の定義などを通じて日米の安保関係は安定的進展を取り戻してきた。

確かに新政権が指摘するように、北朝鮮の事実上の長距離ミサイルの発射や尖閣近海での中国公船の活動など、日本の安全保障環境は厳しさを増している。しかし現大綱がそうした事態に全く対応していないわけではない。例えば、弾道ミサイル防衛や島しょ部に対する攻撃への対応は2004年の自民党政権下に決定された前大綱において言及され、現大綱にも引き継がれている。今回の大綱見直しが政策的判断というよりも前政権を悪く見せる党派的動機に基づいているという疑念は否定できない。

もちろん現状に問題がないわけではない。現在の大綱と中期防の決定当時から、その内容を実現するためには防衛予算の増加が必要だと認識されていた。日本の防衛予算は1990年代後半以降横ばいであり、2002年をピークに減少が続いており、現行の大綱で記述された任務を実行するには不十分なことは明らかである。安倍政権が2013年度予算案で400億円の増額を決定したことは評価できるが、問題は巨額の財政赤字と社会保障費用の増大傾向の中で長期的に防衛支出の増加を持続できるか否かである。

防衛大綱と他の施策との整合性が重要

さらに、既存の大綱を柱とする防衛政策の立案方式にも問題がある。1976年に最初の大綱が決定された時には、この文書は防衛力の基本的な性格づけを行うと共に、防衛力整備の大枠を示すものであった。その後、東西冷戦の緊張に伴い、中期防が導入されて防衛力の強化が進められたが、大綱は改定されなかった。

ところが冷戦終焉(しゅうえん)後、大綱は1995年から3度改定され、今また改定されようとしている。これは政府の政策表明手段として大綱が位置づけられるようになっていることを反映しているが、その分、中期防との関係が不明瞭となっている。また、大綱の策定にあたっては政府外の有識者会議による報告書を踏まえて政府が新大綱を取りまとめる形式が踏襲されているが、変化の激しい今日の安全保障環境において、こうした仕組みは非効率であり、防衛政策の見直しは常時行われるべきものである。

従って大綱や中期防の見直しは的確に進められるならば望ましい。しかし重要なのは、他の安保防衛関係の施策との整合性をいかにとるかである。すでに日米間では新たな防衛協力ガイドラインの策定が検討課題として合意されている。また、日本版NSCの設立や集団的自衛権行使に関する有識者懇談会も検討を進め始めている。

これらはいずれも日本の安保防衛政策上の課題として指摘されてきたことであり、一般論としては推進されるべき事柄である。しかし北朝鮮や中国、あるいはロシアといった周辺諸国との間で緊張が高まり、日韓も領土や歴史をめぐる摩擦が収束していない状況で、これらの諸課題を同時進行させることは混乱を生じかねず、十分に検討された手際のよさが求められる。

アジア太平洋の安保で高次元な合意を急げ

より根本的な課題は、安倍政権の全般的な外交戦略であろう。安倍首相は第1次政権以来、日米同盟重視を掲げ、その他に韓国、東南アジア、オーストラリア、インドといった諸国と関係を強化する「価値観外交」を重視している。これは北朝鮮が挑発の核とミサイル開発を進め、中国が強圧的な対外姿勢を強めている状況で、こうした方針は受け入れられやすくなっているようにもみえる。しかし、朝鮮半島に対して日本が安全保障面での役割を増大させることは今日でも敏感な話題であるし、日中間の海洋での摩擦が不測の武力行使に至ることは米国を含めた各国が回避したいシナリオである。

こうした環境にある時、安倍政権の「強い日本を取り戻す」というレトリックが対外戦略においてどのような帰結をもつか、各国は図りかねているのではないだろうか。まず急ぐべきは、米国を含めた各国と、アジア太平洋での平和と安定維持に関する高い次元で合意することであり、安保防衛課題の細目についてはそうした合意を確認した上で進めていくべきである。

(2013年2月12日 記)

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  • [2013.02.25]

京都大学教授。1962年生まれ。京都大学大学院法学研究科修士課程修了、同法学研究科博士後期課程退学、米シカゴ大学歴史学部博士課程留学。1991年より京都大学法学部助教授、2002年から現職。ロンドン大学政治経済校(LSE)、オーストラリア国立大学(ANU)、スウェーデン国際問題研究所で客員研究員を経験。安全保障と防衛に関する懇談会委員(2009年)、 新たな時代の安全保障と防衛に関する懇談会委員(2010年)。『国際政治とは何か—地球社会における人間と秩序』(中公新書/2003年)、編著に『歴史の桎梏を越えて—20世紀日中関係への新視点』(千倉書房/2010年/第26回大平正芳記念賞・特別賞)、『新・国際政治経済の基礎知識 新版』(有斐閣/2010年)など。

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