スポーツの自立を目指して Jリーグ20年

忠鉢 信一【Profile】

[2013.04.11] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | ESPAÑOL |

Jリーグは日本経済の「失われた20年」の間に目覚ましい発展をとげた。リーグ成功のカギ、そしてさらなる発展には何が必要か。忠鉢信一・朝日新聞編集委員が解説する。

1993年5月にJリーグが開幕して20年が経つ。

10クラブで始まった後、毎年のようにチームが加わり、1999年からはJ1・J2の2部制となった。

現在、J1が18クラブ、J2が22クラブ。さらにその下位にあたるプロ・アマ混在の日本フットボールリーグ(JFL/全18チーム)には、Jリーグが定める経営・運営面の条件を整えJ2昇格を目指す準加盟クラブが6つある。

無謀な経営によるチーム解散も

この20年には浮き沈みがあった。

立ち上げには元ブラジル代表のジーコら海外の名選手も参加した。1993年の流行語大賞を受賞するなど、国内外で存在感を急速に広めた。1試合の平均入場者数も1年目は1万7976人、2年目は過去最高の1万9598人となった。

その後、景気の後退などの逆風もあってJリーグブームは急速に冷め、5年目の1997年には1試合平均の入場者数が1万131人にまで減った。バブル景気の崩壊になぞらえて「Jリーグバブルがはじけた」とも言われた。

1997年には清水エスパルスの運営会社が資金繰りに窮し、地元企業の出資で新設された別会社へ経営権を譲渡した。クラブは辛うじて存続したが、ブームに乗じた経営はいつか破綻するという事例をサッカー界に突きつけた。

翌年にはさらに深刻な事態が起きた。横浜フリューゲルスのスポンサー企業の一つが本業で経営不振に陥ったため撤退し、事実上の解散。チームは1999年に横浜マリノスに吸収合併された。その根底にはチーム運営費の無駄やぜいたくもあった。

ホームタウン重視と日韓W杯に乗じた人気再燃

こうした痛手はJリーグ全体の意識を、一企業の支援に依存せず、地元「ホームタウン」の幅広い企業からの広告収入と、ホーム試合での入場料収入の規模に見合った「身の丈にあった経営」に向けさせた。

Jリーグの人気と価値が盛り返すのは、各国代表チームが4年毎に世界一を争うワールドカップ本大会の2002年日韓共催が契機だった。大会前年からJ1の平均入場者数は増加に転じ、2007年、2008年は1万9千人台を回復。近年は1万7千人前後で推移している。2010年にはJ1、J2の累計入場者数が1億人を突破した。

Jリーグは今やすっかり日本の日常に溶け込んでいる。

「東洋の魔女」や「巨人戦」に並ぶ大きな影響

戦後の日本スポーツ界に与えた影響の大きさで、Jリーグは1964年の東京五輪で金メダルを獲得した「東洋の魔女」ことバレーボール日本女子代表と、プロ野球の人気チーム、読売巨人軍の試合のテレビ中継「巨人戦」に匹敵する。

東京五輪でのバレーボール女子代表の活躍は、女子スポーツの日本でのステータスを高めるきっかけとなった。金メダル獲得によるバレーボール人気は、その後のいわゆる「ママさんバレー」の普及につながり、結婚して家庭を持った元代表選手たちも積極的に普及にかかわった。波及効果はバレーボールのみならず、女性がスポーツに親しむ環境の土台を作った。

「巨人戦」では長島茂雄、王貞治というスター選手を抱えた常勝巨人軍と、日本テレビ放送網の組み合わせが、エンターテインメントとしてのスポーツ中継の「形」を作り上げた。

対戦相手がどこであれ、巨人の試合であれば大きな付加価値がつくというこの仕組み。放送局の都合で試合の序盤と終盤が中継されないのにもかかわらず、実況と解説という演出によって試合がひとつの物語に仕立てあげられ、視聴者を満足させた。

常識をくつがえしたJリーグ

Jリーグの登場は、「スポーツは大企業の付属品」というプロ野球的な考えに染まっていた日本スポーツ界のパラダイムを変えた。

Jリーグ以前の日本のトップレベルのスポーツは、企業の福利厚生という名目で存在する実業団チームや実業団所属の選手と、巨人軍を含め大企業のオーナーシップによって成り立つプロが中心だった。対してJリーグは「スポーツが自立する方法がある」と人々が考えるきっかけをもたらした。

現在のJリーグにも親会社に頼った経営を続けるクラブは存在するが、リーグの方針は、各クラブが独立した企業となり試合の興業、サッカーの普及、選手の強化によって自立した経営をすることにある。つまりスポーツ自体を継続可能なビジネスとして自立させようとしている。

都道府県レベルのリーグでプレーするクラブであっても、昇格を続ければ頂点のJ1で競えるという制度設計も、サッカーに関わる人々の夢を広げ、この20年間のJリーグ発展に大きく寄与してきた。実際、Jリーグ発足後に県リーグからJ1まで駆け上がったチームがある。プロとアマとの間に明確な壁があり、チームの入れ替えのないプロ野球とは大きく異なる。

Jリーグ発足後、日本サッカーの競技力は向上し、代表チームはワールドカップ本大会に1998年以降すべて出場している。地域のサッカーがプロへ、そして世界へとつながっている、と実感できる仕組みが引き出した人々の意欲と無関係ではない。

社会人・学生の区別なし

プロとアマ、社会人と学生といった社会的身分による境界線が歴然していた日本スポーツ界の常識も、Jリーグは変えつつある。Jリーグのクラブと契約を結んだ高校生や大学生が、学校に通いながらプロ選手として活躍する例は珍しくない。

Jリーグの選手移籍制度も当初は雇用側(クラブ)に有利な制約があったが、現在はクラブと選手がほぼ対等となり、選手が自身の競技力を元手により大きな報酬を求め、ときには国境を越えてクラブを渡り歩く。

この変化を雇用側に不利とするのは近視眼的だ。選手個人の競技力向上の努力は、選手の集まりであるチームの競技力を商品とする雇用側にもメリットがある。さらに移籍金はクラブに経済的な恩恵もたらす。長期的な視野に立てば、移籍の自由度が大きくなった現在の移籍制度は選手とクラブの両者の利益を大きくする仕組みだと気づく。

Jリーグが加盟クラブに、次世代のプロ選手育成を目的とする年代別チームの保有を義務づけていることも重要なポイントだ。ヨーロッパや南米の先例をまねたにすぎないのだが、選手の育成は各クラブが競技力という商品を磨き、経営を自立させるのに重要な役割を担っている。

地域密着の成功と限界

Jリーグのここまでの成功の理由のひとつは「地域密着」だ。

かつてサッカー選手の育成は、中学・高校の部活動や有志による地域の小さなクラブが支えていた。Jリーグ発足に伴い大資本を背景とするプロ組織が選手育成に乗り出した際に、既存の小規模クラブや学校の指導者からの反発を最小限に抑えられたのは、「地域の子どもたちのため」という大義があったからだった。企業や自治体によるJリーグへの後押しも、地域貢献という共通の目標を見いだせたからこそ可能となった。

これまで、いくつかのクラブの経営危機を救ったのも、比較的小規模なクラブがプロとして存続していられるのも、地域密着というJリーグ発足時からの方針のおかげだ。

この地域密着こそが「Jリーグの理念」であり、その成功を支えている、と考える人も多い。だがそれは違う。

Jリーグの理念は「サッカーの強化・育成・普及」、「スポーツ文化の振興と国民の健康」、「国際交流」への貢献にある。(※1)

これら3つの理念の実現方法として掲げられた6つの「活動方針」(※2)が、地域密着という思想で貫かれている。つまり「地域密着」は目的ではなく方法だ。この視点を持たなければJリーグの今後の課題と、回答を導き出すことはできない。

拡大がもたらす新たな課題

Jリーグ事務局は「Jリーグ入りを目指すクラブを全国で100に増やす」を目標に掲げ、2014年には3部にあたるJ3を10~12クラブで発足させる。

Jリーグ参加クラブ数の拡大はサッカーの普及面ではプラスだが、クラブ間の経営競争は激しくなる。すでに現存クラブの経営規模の拡大には限界が見えており、競争の激化が共倒れを引き起こすことも危惧されている。クラブ経営が苦しくなれば競技力への投資も縮小され、ひいてはリーグの商品力にも影響する。

また地域密着という看板は全国規模・世界規模の大企業のスポンサーシップ獲得には邪魔になることがある。実際に、ある県のクラブのスポンサーになったという理由で、別の県での契約をすべて断られた企業があると聞く。世界規模の広報活動を展開する大企業にとって、企業のアイデンティティーとは無関係な一地域を拠点とするクラブへの支援は広報戦略上、無意味に近い。

変化し続けるJリーグ

「地域密着」をJリーグの存在目的としてしまうと、Jリーグの抱える問題の答えを求める議論は迷路に入り込んでしまう。そもそも地域にはそれぞれの事情がある。各クラブの経営上の思惑も多様だ。地域密着にこだわらず、経営基盤を全国的に拡大しなければ、クラブを運営する予算を捻出できなくなるクラブも出てくるだろう。

Jリーグはその理念を守り、さらに地域密着のイメージを保ちながらも、時代とリーグ自体の変化に伴う新たな活動方針を打ち出す時期に来ている。キーワードは「多様さ」だと私は思う。

またJリーグの活動方針には、サッカーに似たフットサルの普及が挙げられているが、女子サッカーへの言及がない。日本女子代表は2011年のワールドカップで優勝したものの、女子サッカーの選手育成や普及活動は充実してはいない。サッカー関係者にはよく知られた問題だ。

かつてのバレーボール以上に、Jリーグは女性のスポーツ参加や女子スポーツのステータス向上に最適なプラットホームを提供できる可能性を秘めている。活動方針に女子サッカーの強化・普及を追加すべきだ。女子サッカーを活動方針に加えることはJリーグの目的である「理念」にかない、地域の多様な人々と結びつこうとするJリーグの意思を具現化する活動にもつながる。

Jリーグは日本のスポーツ界に大きな変化を引き起こした。変化を起こせば新しい問題が起こる。新たな問題への答えを求め、変化し続けるのがJリーグの宿命である。

(2013年4月8日 記)

タイトル写真=アフロ Jリーグの試合に臨む浦和レッズの選手(2013年4月6日埼玉スタジアム)。

 

Jリーグ・歴代優勝チーム
1993年 ヴェルディ川崎 2003年 横浜F・マリノス
1994年 ヴェルディ川崎 2004年 横浜F・マリノス
1995年 横浜マリノス 2005年 ガンバ大阪
1996年 鹿島アントラーズ 2006年 浦和レッズ
1997年 ジュビロ磐田 2007年 鹿島アントラーズ
1998年 鹿島アントラーズ 2008年 鹿島アントラーズ
1999年 ジュビロ磐田 2009年 鹿島アントラーズ
2000年 鹿島アントラーズ 2010年 名古屋グランパス
2001年 鹿島アントラーズ 2011年 柏レイソル
2002年 ジュビロ磐田 2012年 サンフレッチェ広島

(※1)^ Jリーグの理念

一、日本サッカーの水準向上及びサッカーの普及促進

一、豊かなスポーツ文化の振興及びび国民の心身の健全な発達への寄与

一、国際社会における交流及びび親善への貢献

 

(※2)^ Jリーグの活動方針

  1. フェアで魅力的な試合を行うことで、地域の人々に夢と楽しみを提供します。
  2. 自治体・ファン・サポーターの理解・協力を仰ぎながら、世界に誇れる、安全で快適なスタジアム環境を確立していきます。
  3. 地域の人々にJクラブをより身近に感じていただくため、クラブ施設を開放したり、選手や指導者が地域の人々と交流を深める場や機会をつくっていきます。
  4. フットサルを、家族や地域で気軽に楽しめるようなシステムを構築しながら普及していきます。
  5. サッカーだけでなく、他のスポーツにも気軽に参加できるような機会も多くつくっていきます。
  6. 障がいを持つ人も一緒に楽しめるスポーツのシステムをつくっていきます。

Jリーグ公式ウェブサイトより

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  • [2013.04.11]

朝日新聞編集委員(スポーツ担当)。1969年生まれ。筑波大学卒業後1993年朝日新聞入社。著書に「ケニア! 彼らはなぜ速いのか」(文芸春秋/2008年)、「進化する日本サッカー」(集英社/2001年)。ツイッターでも積極的に発言。

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