TPP反対は農協を衰退へと導く

山下 一仁【Profile】

[2013.06.03] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | العربية |

日本の農業が衰退する中、影響力を保ち続ける農協(JA)。その力の源泉と行方を、農水省で農業政策に長くかかわり『農協の陰謀』などの著書がある山下一仁氏が解説。

大きな謎がある。

「日本の農業は衰退しているのに、なぜ農協は繁栄・発展するのか」

「農業人口は減少しているのに、なぜ農協は大きな政治力を持っているのか」

というものだ。

JAの預金残高はメガバンク並み

日本農業の衰退に歯止めがかからない。

農業総産出額は1984年の11兆7千億円をピークに、2011年には8.2兆円まで減少した。1960年と比べると、農家人口は606万戸から253万戸(2010年)へと半分以下に、農業就業人口は1454万人から251万人(2012年)へと6分の1に減少した。

他方で、JAという農業協同組合は発展している。組合員数は1960年の654万人から2010年には969万人へと1.5倍に増加した。JAの貯金残高は2012年度88兆円まで拡大し、わが国第2の規模を争うメガバンクである。保険事業の総資産は47.6兆円で、生命保険最大手の日本生命の51兆円と肩を並べる。

政治面では、JAは日本の環太平洋パートナーシップ(TPP)協定参加に反対する一大政治運動を展開し、1千万人以上の署名を集めた。昨年末の衆議院選挙で、多くの自民党議員はJAにTPP反対を約束して当選した。自民党内のTPP反対議連には、同党に所属する国会議員の過半数が参加している。

農業が衰退しているのに、なぜJAの経済力や政治力が増すのだろうか。これを理解するには、JAの特殊性を説明しなければならない。

オールマイティーな組織

戦後の食料難の中で、放っておけばヤミ市場に流され高い値段で売られてしまうコメを政府が農家から集め販売するため、農業から金融まで農村の全ての事業を統制していた団体を改組したのがJAである。

日本では、銀行業も、生命保険業も、損害保険業も政府から認可されている法人はJAしかない。農業資材購入、農産物販売などの事業ごとに設立された欧米の農協とは異なるオールマイティーの法人である。

戦後の農地改革で小作人が農地の所有権を得たことで、農村から社会主義勢力は後退し、農家は保守化した。これを組織化したのがJAだった。JAは保守勢力による長期安定政権を支えるとともに、最大の圧力団体となった。JAが動員する票は自民党を支え、その見返りにJAは政府がコメを買い入れる際の価格の引き上げや、政府からの補助金支給などのメリットを受けた。

政府の買い上げ米価が上がれば、JAのコメ販売手数料収入が増加する。それだけでなく、本来ならば生産コストが高く非効率なので退出するはずの零細な兼業農家も、自分でコメを作った方が買うよりも安いので農業を続けてしまった。その結果、農地は主業農家に集積しなかった。

さらに、平日は工場などに勤める兼業農家はサラリーマンとしての収入ばかりか、農地を宅地に転売した際の莫大(ばくだい)な収入もJAの口座に預金してくれる。多数の兼業農家の維持は、銀行業も兼務するJAの経営に良好に働いた。

農業は衰退したが、JAは繁栄した。

 准組合員、兼業農家、高い米価が支え

JAの意思決定には参加できないものの、地域の住民であればだれでも「准組合員」としてJAに加わり、その事業を利用できる。このような制度は、協同組合ではJAにだけ認められている。

JAは地域住民を、准組合員へと積極的に勧誘し、住宅ローンや自動車ローン、さらには優遇された条件の保険を提供した。農業人口が減少してもJAの総組合員数が増加したのは、准組合員が急増したからである。

JAは、少数の大規模な主業農家ではなく多数のコメ兼業農家を維持し、確保した資金を背景に准組合員を加え、政治力を保った。高い米価により全ての歯車がうまく回るシステムだった。

衆院選挙制度の小選挙区への変更もJAに有利に働いた。二人の候補者が競う小選挙区制では票の1パーセントでも相手方に行くと、2パーセントの票差になってしまう。これを挽回するのは容易ではない。農家人口が減少する中、JAには候補者を当選させる力はなくても、落選させる力は持っている。

手数料収入の減少は基盤の崩壊に

TPP参加によって、コメの関税がなくなり米価が低下すれば、販売手数料収入も減少し、JAはその成功の基盤を失う。他の農産物の関税撤廃もJAの販売手数料の減収につながる。

JAの圧力を受け自民党TPP対策委員会はコメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、さらには砂糖などの甘味(かんみ)資源作物という多数の農産物を関税撤廃の例外とするよう政府に要求し、TPP交渉でこれを確保できない場合は、交渉からの離脱も辞さないと決議した。衆参両院の農林水産委員会も同様の決議を採択した。

しかし、レベルの高い自由貿易協定を目指しているTPP交渉参加国は、日本の例外要求を認めない。これらの決議を尊重するなら、日本は貿易、投資の自由化を目指すTPPに参加できない。

関税の持続で中小企業は衰退、怒りの矛先はJAへ

大企業なら工場を日本からTPP域内に移転し、関税なしで他のTPP参加国に輸出できるが、工場を移転できない中小企業は、関税を払わないと輸出できない。競争条件が不利となった中小企業は、広大なアジア太平洋地域から排除され、国内の雇用は失われる。

すでに、銀行・保険事業の分離や独占禁止法の農協への適用などが、今年1月に政府が設置した規制改革会議で取り上げられている。農協は追いつめられている。

農協の反対運動が成功して「日本はTPPに不参加」となれば、中小企業で働く人たちなど、国民の怒りは農協に向かい、逆に農協の解体を招くかもしれない。そうなれば、農業も農政も、縛られてきた鎖から解放されるだろう。

(2013年5月14日 記)

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  • [2013.06.03]

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、経済産業研究所上席研究員。1955年生まれ。1977年農林省(現・農林水産省)入省。欧州連合日本政府代表部参事官、農水省地域振興課長、農村振興局次長などを歴任。2008年農水省退職。著書に『TPPが日本農業を強くする』(日本経済新聞出版社、2016年)、『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎、2016年)、『農協解体』(宝島社、2014年)、『日本の農業を破壊したのは誰か 「農業立国」に舵を切れ』(講談社、2013年)など。

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