「ジョブ型正社員」と日本型雇用システム

濱口 桂一郎【Profile】

[2013.06.21] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |

政府の規制改革会議が6月5日に安倍首相に提出した答申に「ジョブ型正社員」(限定正社員)のルール整備が盛り込まれた。「ジョブ型正社員」提唱者の一人の濱口桂一郎氏(労働政策研究・研修機構)が、「ジョブ型」の意義と従来の日本型雇用システムの問題点を解説。

今日の日本の雇用・労働問題は、大学生の奇妙な「シューカツ」も、正社員のワークライフバランスの欠如も、非正規労働者の苦境も、すべて日本型雇用システムの特殊性という一点に由来している。

日本の正社員は「メンバーシップ型」

日本以外の国々ではフルタイム勤務、無期契約、直接雇用の3つを満たせば正規労働者であるが、日本では「当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が・・・変更されると見込まれるもの」(パートタイム労働法8条)でなければ日本型正社員として認めてくれない。雇用契約において、職務や勤務条件が詳細に明記された「ジョブ・ディスクリプション」(職務記述書)が交わされることはまれで、契約書に職務や勤務条件が記されていても、就業規則で使用者が変更を命令できると規定されていることがほとんどだ。

筆者はこのように職務も労働時間も勤務場所も契約で限定されておらず、無限定、すなわち使用者の命令でいくらでも変えられてしまう雇用のあり方を、企業という「共同体」のメンバーになるという意味で「メンバーシップ型」と呼び、日本以外の国々で一般的な職務も労働時間も勤務場所も限定される「ジョブ型」と対比した。メンバーシップ型正社員には職務限定の権利もなければ、時間外労働拒否の権利もなく、遠距離配置転換拒否の権利もない(いずれも最高裁判所の判例)。

その代わりに日本型正社員が獲得したのは、欧米であれば最も正当な解雇理由である整理解雇への制約である。雇用契約で職務や勤務場所が限定されていれば、使用者にそれを一方的に変更する権利がない以上、その仕事がなくなったときに配転せよと労働者が要求することもできない。いざというときに「配転せよ」というためには、そうでないときでも「配転してよい」といわなければならない。つまり、日本のメンバーシップ型正社員が雇用契約の無限定を受け入れたのは、その仕事がなくなったときでも配転によって同じ企業内の別の仕事に従事し、雇用関係を維持する可能性を高めるためであった。これが、海外でも知られる日本の「長期雇用制度(終身雇用制度)」の実態である。

こうして雇用契約が「空白の石版」となると、採用プロセスも欧米とはまったく異なってくる。特定の職務について技能を有する者を必要のつど募集、採用するという本来のあり方は影を潜め、企業の命令に従ってどんな仕事でもこなせる潜在能力を有する若者を在学中に選考し、学校卒業時点で一括して採用するという、諸外国に例を見ない特殊な慣行が一般化した。

この新卒一括採用制度においては、学生は特定の職務に関する職業能力をその資格などによって示すという他国で一般的なやり方がとれないため、ひたすら「熱意」と「素質」を訴えるほかない。近年の大学生は卒業の1年以上前から「シューカツ(就職活動)」に励むが、それはいかなる意味でも「職(ジョブ)」に「就」くための活動ではなく、会「社」に「入」ってメンバーシップを得るための「入社活動」でしかない。

1990年代以降、非正規労働者が急増

こうして無事日本型正社員になれば、職務、労働時間、勤務場所の限定なく働かなければならないが、その代わり仕事がなくなっても配転されることによって雇用は守られる。少なくとも20年前までの日本では、こうした社会的交換がマクロ的に労使の間で成立しており、多くの人々は不満を持たなかった。ところが1990年代以降、企業がメンバーシップ型正社員を少数精鋭化するという方針を打ち出し、その採用枠を縮小していくにつれ、それまでなら卒業とともに正社員になれたはずの若者たちがそこから排除され、低賃金・不安定雇用の非正規労働者として析出されていった。

それまでも非正規労働者は存在したが、その中心は家計補助的な主婦パートと学生アルバイトであって社会問題とならなかったのだが、家計維持的な若者が非正規化することで、非正規労働問題が政策課題として浮上したのである。日本型正社員の入り口は新卒一括採用に集中しているため、彼らいわゆる「就職氷河期世代」は正社員になれずに非正規のまま中高年化し、問題が深刻化してきた。かつては2割以下だった非正規労働者が今では4割に迫りつつある。

これに対処するため2012年に労働契約法が改正され、有期契約労働者が契約を反復更新して5年を超えれば無期契約に転換できることとなったが、無期になっただけでは無限定の「正社員」になるわけではない。彼ら無期に転換した有期契約労働者は、職務や労働時間、勤務場所が限定されているという意味で、欧米の正規労働者と同様の「ジョブ型」の労働者ということができる。

積極的に拡大すべき「ジョブ型正社員」だが…

筆者はこの新たな雇用類型を「ジョブ型正社員」と呼び、積極的に拡大していくべきであると考えている。それは不本意に非正規労働者に追いやられてきた(中高年化しつつある)若者に、ある程度の安定した収入と雇用を保障するものである。一方、その仕事がなくなれば配転の余地がないのであるから整理解雇されることもやむを得ない。この点をマクロ社会的に支えるために、日本ではこれまで極めて未発達であった外部労働市場メカニズム(労働者が異なる企業間を移動する労働市場メカニズム)を張り巡らせていくことが不可欠となる。とりわけ、どの企業でも通用する職業能力の認証システムの開発は喫緊の課題である。

こうしたジョブ型正社員の確立は、これまで非正規労働者に陥りたくないばかりに不本意に無限定な正社員型の働き方を甘受してきた人々にとっても朗報となり得る。とりわけ、育児中の女性など、会社に生活のすべてをささげることが不可能な労働者にとっては、メンバーシップ型正社員と非正規労働者という極端な二者択一を迫られることなく、ワークライフバランスのとれたそれなりに安定した働き方の選択肢が生まれることは望ましいことであろう。

しかしながら、これまでのメンバーシップ型正社員を前提とする発想はなお極めて強固であり、最近のジョブ型正社員の提唱に対しては労働組合や労組が支持基盤の政党から激しい反発が生じている。その反発の半ばは保守的な感覚からくるものであるが、残りの半ばは根拠がないわけではない。

ジョブ型正社員自体は数年前から労働行政サイドで構想されてきたものであるが、そのときはほとんど反発はなかった。ところが2012年末の民主党から自民党への政権交代後、第2次安倍晋三内閣の下で矢継ぎ早に創設された規制改革会議や(とりわけ)産業競争力会議で企業経営者らが解雇自由化論を積極的に打ち上げた後に、それに代わる形でこのジョブ型正社員が持ち出されてきたという経過があり、労組側が不信感を持つことにも理由があるのである。

実際、規制改革会議答申には現れていないが、途中の議事録を見ると、ジョブ型正社員であるということを理由にして、仕事がなくなった場合の整理解雇だけでなく、仕事がちゃんとあってもパフォーマンスが悪いという理由で自由に解雇できるようにすべきとの意見が繰り返し表明されている。パフォーマンスを理由とする解雇をどうするかは本来ジョブ型正社員とは別の論点であり、このような暗黙の意図を持った形でジョブ型正社員が提示されるのであれば、反発するのは当然であろう。

もっとも、現時点ではそうした腑分けした議論はほとんどなされておらず、労組や野党の多くは「仕事がなくなったからといって整理解雇するのはけしからん」という、欧米の労組にも通用しないような日本独特のロジックを叫んでいるにとどまる。

メンバーシップ型は「ブラック企業」問題の根源

筆者はジョブ型正社員の提唱者の一人でもあり、このような事態の推移に困惑しているが、中長期的には労働者の大多数がジョブ型正社員に移行していくことになると考えている。職務も労働時間も勤務場所も無限定のメンバーシップ型正社員がデフォルトであった「古き良き時代」とは、成人男性が扶養する妻や子供の分まで含めて生計費を賃金でまかない、妻や子供はせいぜいパートやアルバイトという形で家計補助的に働くことを前提とするいわゆる「一人稼ぎ手モデル」が一般的であった時代である。男女雇用機会均等法が施行されて30年近くなる日本で、いつまでもそのようなモデルが持続できるとは思えない。

今日、社員への長時間労働強要などの点で大きな社会問題となりつつある、いわゆる「ブラック企業」問題についても、その根源にはこのメンバーシップ型モデルがある。本来は長期的な雇用保障と引き替えの無限定的な働き方を、保障のないままで若者に押しつける企業とブラック企業を定義するならば、現実に正社員の枠組みが縮小する中でいつまでもメンバーシップ型を唯一絶対のモデル視する発想こそがブラック企業現象の最大の原因ということもできよう。

(2013年6月18日 記)

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  • [2013.06.21]

独立行政法人労働政策研究・研修機構統括研究員。専門は労働法政策。1983年東京大学法学部卒業後、旧労働省入省。欧州連合日本政府代表部一等書記官、衆議院調査局厚生労働調査室次席調査員、東京大学大学院法学政治学研究科客員教授、政策研究大学院大学教授などを経て、2008年8月から現職。著書に『新しい労働社会―雇用システムの再構築へ』(岩波新書/2009年)、『日本の雇用と労働法』(日経文庫/2011年)など。自らのブログでも雇用・労働問題に関する記事を多数執筆。

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