北極海航路が結ぶ日露関係の未来

北川 弘光【Profile】

[2013.10.24] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | Русский |

気候変動の影響で海氷面積の減少する北極海を通り、スエズ運河経由の約6割の距離で欧州と極東アジアを結ぶ航路の実用化が進む。北極海航路は日本に何をもたらすのか。北川弘光・海洋政策研究財団特別研究員が解説する。

経済的メリットが大きい北極海航路

北極海航路とは、航路の大部分を領海内に含むロシアの規定によれば、西のノバヤゼムリャ島の南端にあるカラ海峡、あるいは同島の北端沖から東のベーリング海峡までを差す。夏季の氷がない時期は東西の両端を約2週間で航行できる。

たとえば、スカンジナビア半島の北端、地下資源が豊富なことで知られるノルウェーのキルケネスから日本に物資を運ぶ場合、北極海航路を使えば、ロシア沿岸を東へと進みベーリング海峡を抜けてカムチャッカ半島沿いに南下、北海道に到達するコースとなる。地中海からスエズ運河を抜けてインド洋からマラッカ海峡を通って日本に向かう南回り航路と比較して、約4割強程度の航行距離となる。

距離が短縮できれば、近年高値水準で推移しているタンカーの燃料費を抑制できる。さらに、排出ガスの削減、特に燃料を燃焼する際に発生するブラックカーボンの削減も期待できる。また、スエズ経由のコースの危険地帯である海賊被害が多いソマリア沖とマラッカ海峡を通過せずに済む。いずれにせよ、北極海航路にはかなりの経済的メリットがあることは間違いない。

一方で近年の中東情勢の不安定化、特に最近のエジプト情勢により、西欧諸国が北極海航路の活用を急いでいるという側面もある。実際には、まだ試験航海という段階が多いようだが、北極海航路を利用した西欧の各企業はスエズ運河を利用できなくなった時の代替航路として、実用化を急いでいるようにみえる。

マイナス面としては、ベーリング海峡の水深が浅いなどの原因から、超大型タンカーの運行が難しいことがある。船の航行自体が北極海の環境保全に影響を及ぼす可能性も大きい。加えて、これまでの航行実績が少なくリスクを明確に計算できないため、保険料の基準をつくるのが難しいという問題もある。

現状では、ロシアのプーチン大統領が「世界的大動脈にする」と北極海航路の商業利用に力を入れていることもあり、同国の原子力砕氷船が先導することでリスクを軽減し、保険料の高騰を抑えている。ロシアの砕氷船は、氷海を進むだけなく、タンカーなどで何らかの事故が発生した際に、燃料漏れへの対応や、船体の修理、人命救助などの機能を備えている。北極海という特殊な環境下で、陸上を起点とするより素早い対応ができる点を船舶保険会社も評価しているようだ。

エネルギー安全保障の観点から見た価値

しかし、いまのところ年間航行実績は約100隻。スエズ運河の年間約1万8000隻に比較すれば、まだまだ少ない。冬季の運航が事実上不可能なことを考えれば、近い将来、南回りに肩を並べるような大海航路に成長することは考えられない。それでも、エネルギー安全保障の観点から、日本も選択肢の一つとして北極海航路に目を向けるべきである。

2013年5月にスウェーデンで開催された北極評議会で、日本のオブザーバー資格が承認された。北極圏に関わる政府間協議が行われる会議に常時出席できるようになったことは一つの前進だといえる。発言権はなくとも、ロビー活動によって国益につながる情報収集が可能になるからだ。できれば、長い任期を全うし得る民間人、それも物流やエネルギー業界で力を持つ人物に出席してもらい、将来につなげてもらいたいと考えている。

日本のエネルギーは中東の石油、天然ガス等に依存している。鉱物資源はオーストラリアへの依存度が高い。しかし、いつまでもこれらの国々に頼っていられるかどうかは不透明だ。北極海沿岸には石油は多くはないが、天然ガスは豊富な上、鉄鉱石を始めとするさまざまな鉱物資源が埋蔵されている。国内のインフラ整備で大量に資源を必要とする中国やインドの企業が進出し始めており、既に日本は出遅れた感がある。早めに準備を進めておかなければ、本当にこの地域の資源が必要となったときに、「すべて契約済みでお分けできません」ということになりかねない。

プーチン大統領の思惑と日本への期待

「ロシアは日本企業の進出を歓迎するはずだ」と北川特別研究員は明言する。

各国の企業の進出が進んでいるスカンジナビア諸国に対して、ロシアの開発はこれからという側面があり、日本企業が開発に参加できる余地がある。ロシアはソビエト崩壊後、急速に経済発展を遂げたとされているが、実際にはこれまで国内にのみ供給されていた豊富な地下資源が輸出に回され、急に外貨が流入するようになったにすぎない。国際通貨基金(IMF)からもロシアは資源輸出に依存しすぎだとの注意を受けている。ロシア政府のデータを分析すると、国家投資と主要産業の成長率がきれいに比例している。右肩上がりの成長であることは間違いないが、投資と生産が直線的に比例するということは、国家による計画的な投資だけに頼る経済で民間産業の成長が少ないということでもある。プーチン大統領もこの点を懸念しているようで、資源をそのまま売るのではなく、電力等の枯渇しない“製品”の輸出に力を入れる政策に切り替えている。そこで、ロシア側が日本に期待するのがハイテクノロジーだ。

ハイテクというと、IT分野を思い浮かべがちだが、現在では重工業分野でもハイテク化が進んでいることを忘れてはならない。海底の油田やガス田の開発も、技術革新が可能にしたものだ。サハリンの開発でも日ロ協力が進んでいるが、ロシア側は日本企業の投資に対して歓迎ムードだ。特に、資源輸出に頼らない経済成長を目標とするプーチン大統領とその周辺は、日本企業と組んでモノづくりへの情熱を学びたいと考えているだろう。いま、北極海航路の最大の“顧客”は中国だが、ロシアが欲する成長は中国との協力からでは得られないものだ。しかし、中国市場は巨大であり、ロシアも軽視はできない。技術力が大きな意味を持ついまの段階で日本も北極海航路に進出しておかなければ、チャンスが失われてしまうだろう。

ロシアは砕氷船の運航に関して高い技術を持っている。

北極海航路を通じて日本がロシアから得るものは、もちろん豊富な地下資源が第一だが、優秀な操船技術を持つ船員の存在もある。ロシアの船員は優秀な人材が多い上、氷海での経験は他国の船員と比較して圧倒的だ。氷に閉ざされた北極海を渡るのに熟練したパイロットの腕が必要になる。氷の厚さは人工衛星のデータからも判断できないため、パイロットは「あの部分は多年氷だから避ける。一年氷のこちらから進む」などと瞬時に判断する必要があるが、これは経験がなければできないという。

かつてロシアと並んで優秀な船員を輩出していたスカンジナビア諸国では、温暖化でバルト海の氷が融けたため、砕氷船を運航する経験を持たない若手が増えてしまった。氷に慣れない若手パイロットの誤った判断で砕氷船が氷に挟まれて動けなくなり、ロシア船に救助を求めたという笑えない事故も起きた。ロシアでも熟練したパイロットの数は年々減少傾向にあるが、彼らの技術が失われる前に、北極海航路を安定的に運用できるようにすべきだろう。

北極海航路の活用を通じて日露関係を発展させる

私は環境保全に気を配りながら、北極海航路を活用するために、ロシアの熟練した船員を軸にしたシャトル便の運航を提案したい。スカンジナビア半島と日本のそれぞれにハブポートを作り、氷海用の頑丈な船で往復する定期航路だ。東西それぞれのハブポートで一般の船舶に積み替えて目的地まで運べばコストも下がるし、安全性も高くなる。

北極海航路を通じて、日本とロシアが深くつながるようになれば、両国の関係は確実に変わるだろう。また、変わらなければならないと考える。日本側がその気になりさえすれば、ロシア側の歓迎ムードもあり、北方領土問題などの政治的な関係を抜きにして、純粋に経済的な関係を深めることができる。両国の密接度を高めて、その先に自然に領土問題も解決されるという方向性が望ましいと考えている。

(2013年9月13日 談)

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  • [2013.10.24]

一般法人海洋政策研究財団特別研究員。1935年東京下町生まれ。横浜国立大学造船工学科卒業後、運輸省船舶技術研究所(当時)入所。同所推進性能部長、所長、財団法人日本造船技術センター理事長、北海道大学大学院工学研究科雪氷工学講座教授を経て、現職。専門分野は氷工学および流体力学。工学博士。

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