迷路にはまったNHK:行方の見えない日本の「公共サービス放送」改革

林 香里【Profile】

[2014.06.20] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |

NHKが岐路に立っている。新会長の「失言」や新任経営委員の資質などに批判が集中。「若者離れ」に苦戦する中、「日本に奉仕するメディア」を目指すNHKの迷走ぶりを、東大大学院の林香里情報学環教授が検証する。

「改革の目玉」人事に批判集中

日本の公共サービス放送NHKがまた揺れている。

直接の原因は、2014年2月に新しく就任したばかりの籾井勝人(もみい・かつと)会長の相次ぐ失言である。1月25日の就任会見では、「政府が右、といっているものを我々が左、というわけにはいかない」とジャーナリズムの根幹を否定するような見解を述べ、さらに、従軍慰安婦に関して「どこの国にもあった」などと発言し、内外から批判が集中した。

NHKは、2008年以降、会長を三代続けて民間企業から迎えており、籾井氏はその三代目である。「企業出身会長」は、肥大化したお役所イメージの刷新を狙うNHK改革の目玉であり、変革のシンボルでもあった。しかし、籾井氏はスタート時点で、もっともベーシックな公共放送制度に関する知識が不足していることを自ら露呈してしまった。

それ以外にも、今年に入って、NHKの監督をする経営委員会の新任委員の資質も問題になっている。一人は、経営委員に就任した後も、「真正保守」を自認する元自衛隊幹部政治活動家のために選挙応援をした大衆人気作家。もう一人は、朝日新聞社に乗り込んで拳銃自殺をした右翼団体活動家を礼賛する追悼文を昨年10月に発表していた学者。二人とも、安倍首相が再任されるまで彼の民間応援団の発起人を務めており、現政権に極めて近い人物として知られている。このほかにも、安倍首相の小学校時代の家庭教師も、新経営委員に任命されている。

問題になっているこれらのポジションは、いずれも「平成18年度~20年度NHK経営計画」に端を発した一連のNHK改革の目玉であった。2000年に入ってさまざまなスキャンダルに苦しんだNHKは、一般企業に近い活発なイメージを打ち出すため「民間会長」を据え、経営委員会のそれまでの形式的な地位を見直し、実質的に執行部を監督する機能強化の仕組みをつくった。新会長、新経営委員の問題は、こうした改革の延長上の出来事だということは押さえておく必要があろう。

BBCに次ぐ「世界第2」の規模で日本文化の一翼を担う

NHKの戦後史をひもとけば、NHKと時の政権との距離の近さが長らく問題視されてきたことは、すぐに明らかになる。また、世界的に見ても、公共放送は政治との距離のとり方が難しく、政争の具となることが多い。したがって、メディア研究者にとって、公共放送と政治の距離をめぐる論争はさほど珍しくない。しかし、日本の場合、2000年以前は政権からNHKへの影響力はもう少し控えめで間接的なものだったか、あるいは少なくとも、極端なイデオロギーや政治思想とは距離をとってきたように思う。

NHKの根幹となっている、パブリック・サービス・ブロードキャスティング(PSB)という概念は、主に欧州で発達した放送制度概念である。これは放送用の電波の希少性と放送の強い影響力に鑑みて、市場圧力や時の権力に流されない、良質な番組が制作、放送されることを目的とした制度である。その発祥は、英国の公共放送BBCだ。

日本のNHKも、制度理念と組織形態についてBBCから多くを学んで今日に至る。現在、職員は1万人以上。テレビ地上波2波、衛星放送2波、国際放送、ラジオAM2波、FM1波に加えて、番組制作はもちろん、日本屈指の世論調査部門や放送技術研究所を組織内部に擁するだけでなく、番組制作会社をはじめとする子会社やシンフォニーオーケストラも持つ。海外向け国際放送もNHKの運営だ。

NHKは日本の唯一の全国放送(nationwide broadcaster)として、他の民放局(commercial broadcasters)の追随を許さず、BBCに次ぐ「世界で2番目に大きい」規模に成長した。実際のところ、豊富な人材と財政に支えられて良質なドキュメンタリーやドラマを制作してきたし、「ラジオ体操」、「のど自慢」、そして年末恒例の「紅白歌合戦」など、国民的番組とともに日本文化の一翼を担ってきたと言っても過言ではない。

しかも、そのNHKの6000億円を超える財源は、ほぼ100%視聴者から徴収した受信料で賄われている。日本では不払いに対する罰則規定はいまのところないが、そのわりに、支払い率は高い。NHKの調べによると、首都圏都市部でこそ支払い率は60%ほどに留まるが、地方では90%を超えるところもあり、全国平均では全世帯の7割以上が支払っているとされる(※1)

「公共放送」という概念が根付かない理由

このように、NHKは組織論的には忠実に「公共性」を体現しているにもかかわらず、日本社会には「公共放送」という概念がなかなか根付かないと言われてもいる。松田浩(放送専門記者出身の社会学者)によると、1997年の調査では、NHKの性格を「国営の機関」と思っている人は約3分の1を占め、半官半民と答えた人は2割強。受信料で賄う特殊な公共的事業体と正確に答えた人は全体の3分の1に留まった。この調査はNHKが1980年から97年まで行っており、その後は実施されていないようだが、調査実施期間中、結果はほぼ変化していない(※2)

根付かない理由にはいろいろあるだろうが、特に日本での「公共」という概念の中に、「国家」が色濃く影を落としていることは重要である。もともと、日本語の「公共」という言葉は、英語の「オフィシャル」というニュアンスに近い。そのことは、歴史を遡ると、「公共性」の語源を同じにする「おほやけ」という言葉が、「天皇」を指したこととも関係しているだろう。日本語の「公共」には、このようにいつも「権威」や「お上」という意識がつきまとう。

NHKは、戦前のような国営放送ではないにもかかわらず、戦後もやはり国家の影の中で、あるいは、国家の影の中にいたからこそ、ここまで成長した。他方で、国民にとっては、NHKを自分たちで運営しているという意識は薄く、心のどこかで国から与えられているものというイメージを抱いている。そのような、いわばNHKへの無理解、無関心が蔓延する社会的雰囲気の中で、NHK自身が新しい「公共性」を追求しようとすればするほど、結局は手軽な商業主義とポピュリズムの中に埋没してしまうようだ。

深刻な若者のNHK離れ

近年、NHKは組織改革だけでなく、これまでのお堅い番組中心のイメージも払拭しようとしている。特にプライムタイムの番組には民放(商業放送)のような軽い雰囲気のクイズやトークショーなど、娯楽番組が目立つようになった。背景には、若者のNHK離れがある。

2010年のNHKの調査によると、1週間のうちにNHKの番組を5分以上見た人の割合を示す週間接触者率は、13歳から19歳までの男女ともに40%程度にとどまっている。つまり、日本の6割程度のティーンエージャーは1週間に1度もNHKを見ていない。また、時間量では、10代がNHKを1日視聴する平均は、10分ほどである。60代、70代と年齢が高くなると、接触者率は9割近くとなり、平均時間量も2時間を超えることから、NHKは明らかに「高齢者向けメディア」であることがうかがえる(※3)。局内では、このまま放置すると、いつかは誰もNHKを見なくなってしまうのではないかという危機感を募らせているようだ。

出典:「年齢による差がさらに広がるテレビ視聴」28頁をもとに筆者が作成

他方で、NHKは「日本に奉仕するメディア」としてのアイデンティティーも確立したいとみられている。NHKは2001年初めに、従軍慰安婦問題を扱った番組を放送したあたりから、保守派論客や政治家からNHKは日本の国益に反する「偏向放送」を流していると批判されてきた。こうした保守論壇は、現在ネットに舞台を移しながら若者からも支持されており、NHKは日本全体の保守化傾向の中で、自らの立ち位置を意識している。

「無難さ」「商業主義」「自国中心主義」―危ういキーワード

籾井会長も、就任時からこうした批判に敏感になっていることは明らかで、就任会見では「NHKが右だ左だ真ん中だ、そういうことを言う必要もなくですね、放送法に書かれたことを遵守していけばですね、大丈夫と思っています」と、NHKから特定の思想を排除すること、そして「法令順守する」ことを強調した。

その一方で、籾井会長はまた、NHKの今後の事業では、特に国際放送に力を入れたいと言っており、そこでは「例えば尖閣、竹島、こういう領土問題については、明確にやはり日本の立場を、主張するということは、当然のことだと思います」と宣言した。NHKが、余計な論争を避け、コンプライアンスを優先させ、愛国者たちを敵に回さないよう幾重もの注意を払って運営していこうとする様子が窺われる。

無難さ、商業主義、自国中心主義。この三つの言葉がいまのNHKの姿勢をもっともよく表していると言えないだろうか。しかし、それらは、戦後に生まれた公共放送精神が、常に警戒していた要素だった。権力に都合のいいプロパガンダを垂れ流すことのないように、商業化に埋没して内容が低俗化(dumbing down)することのないように、国民が自国中心主義に陥って誤った政策を選択しないように―公共放送制度は、こうした反省から生まれたのだった。

NHKは2006年から始まった大改革を進めながら、ますます組織の方向性を見失っているように思う。社会全体に規制緩和やNPM(New Public Management)といったキャッチフレーズが飛び交う中で、公共放送制度がめざしてきた批判精神、そこに連なる古典的「公共的徳(civic virtue)」の理想は遠のき、ポピュリズムというやっかいな迷宮に迷い込んでいると思えてならない。

 

(※1)^ 2012年9月25日時点の調べ(NHK放送文化研究)(2014年6月10日閲覧)

(※2)^ 松田浩『NHK -問われる公共放送』岩波書店、2005年、27頁

(※3)^ 関根智江「年層による差がさらに広がるテレビ視聴 2000年~2011年の全国個人視聴率調査から」、『放送研究と調査』2011年12月号、NHK放送文化研究所

(2014年6月16日 記)

タイトル写真=参院総務委員会に臨む籾井勝人NHK会長(左写真・時事)

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  • [2014.06.20]

nippon.com編集企画委員。東京大学大学院情報学環教授。1963年名古屋市生まれ。2001年東大大学院人文社会系研究科より博士号取得 (社会情報学)。ロイター通信東京支局記者、バンベルク大学客員研究員(フンボルト財団)などを経て、2009年9月より現職。公益財団法人東京大学新聞社理事長、ドイツ日本研究所顧問、GCN (Gender and Communication Network)共同代表、放送倫理・番組向上機構(BPO)・放送人権委員会委員。著書に『<オンナ・コドモ>のジャーナリズム』(岩波書店、2011年)など。

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