揺れ動く台湾市民社会―「ヒマワリ運動」が浮上させた「多数」の意味

若林 正丈【Profile】

[2014.07.10] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 |

馬英九政権の中国傾斜が強まる中、台湾内外に大きな波紋を投げかた「ヒマワリ運動」。その平和的抵抗運動の背景となった台湾の「新しい多数」の特徴と、新たな市民運動の今後について考察する。

学生たちによる「非暴力」抵抗運動

2014年春、台湾の政治では「ヒマワリ運動」という旋風が巻き起こり、短い間に「穏やか」に収束した。

去る3月18日、前日の与党国民党が中国との「サービス貿易協定」(2013年6月調印)を立法院(一院制国会に相当)の内政委員会で審議終了・本会議送付を強行した。これをきっかけに、抗議する学生が立法院本会議場に突入、議場占拠を続け、「両岸(中台)協議監督法令制定前にサービス貿易協定審議についての政党間協議を招集しない」との王金平立法院長(国会議長に相当)の調停を引き出して4月10日議場を退去、運動は一段落を告げたのであった。

この間、学生の一部が行政院(内閣に相当)の建物に突入し、警官隊による排除の際に負傷者が出る一幕があったが、運動では「非暴力抵抗」が強調され全体として極めて平和的に推移した。立法院院長の調停受け入れを決めてから議場撤退までの3日間は、議場や座り込みやティーチインで占拠していた周辺の道路の清掃に費やすという念の入れ方であった。

「多数」を背景とした市民的不服従の典型

しかし、それは単に街頭を行進したり集会を開いたりという活動ではなく、国会議場とその周辺の道路を占拠して示威するという、いわゆる「実力行使」であり「違法」な活動でもあった。「違法」な「実力行使」型の学生を中心とした運動に、こんな穏やかな終わり方があり得るのか。東大安田講堂の攻防戦(1969年)や浅間山荘事件(1972年)といった1960年代から70年代のニューレフト運動の苦々しい結末を記憶する世代の日本人の中には、意外の感を持った人も少なくないのではないか。

何故か。ニューレフト運動が煮詰まってきた段階のスローガン「連帯を求めて孤立を恐れず」に象徴されるように、当時の日本の学生運動は、社会に訴えてその中に多数を形成していく志向が希薄であり、その「実力行使」には「暴力」のレッテルを貼られて退潮していった。

しかし、現代台湾の「ヒマワリ運動」は違った。大方の予想を、恐らく当事者の予想をも裏切って、18日の議場突入・占拠の行動は急速に支持を集めた。占拠直後から立法院周辺の街頭は支持者の座り込みで埋まり、議場内外の連絡と補給、その主張の台湾内外への発信などの態勢が、文字通りアッという間に整えられ、一つのうねりとなった。数日後には「ヒマワリ(学生)運動」と通称されるようになり、さらに3月30日、総統府前に、警察発表11万人、主催者発表50万人の抗議集会を開催するまでの広がりを見せた。

社会の中である規模と輪郭とを持った多数を背後に持てたかどうか、これが「穏やか」な退場の重要な背景の一つであろう。馬英九総統と王金平院長との与党内対立とも相まって、政権は占拠者強制排除に踏み切れず、王院長の調停の結果をしぶしぶ容認せざるを得なかったといえるし、運動者たちもまた「多数」の中に戻っていける展望を持つことで当面の妥協が可能であったともいえるだろう。この「多数」が「ヒマワリ運動」を市民的不服従(civil disobedience)の典型的事例に作り上げていったのである。

民主政治擁護が呼び寄せた「多数」

では、その「多数」とは何だったのか。それは、まずもって、民主政治擁護の「多数」であった。議場占拠行動が喚起したのは、「サービス貿易協定」そのものの是非のみではなく、中国との関係強化に前のめりになった現政権が、協定締結の台湾の前途に与える影響の大きさにもかかわらず、説明責任を果たしていないとの不信感と与党の審議ルール無視の行動への反発であった。1990年代半ばにできた台湾の民主体制が何か不具合を起こしているのではないかという懸念が広く共有されたのだといえよう。この懸念が呼び寄せた「多数」なくして議場占拠の学生を包み込んで守る街頭政治の多数は形成されなかったであろう。

ただ、何等の前提なしに議場占拠行動がこうした「多数」を街頭に生み出したわけではない。その背後には、2008年馬英九総統当選により国民党が政権に返り咲いて以後に徐々に形成されてきた市民的不服従活動の蓄積があった。それまでの街頭政治の多数とは、台湾の政治社会を二分する国民党、民進党両党が総統選挙やその他の争点をめぐって動員を競い合う多数、つまり制度内政治に追随して街頭に動員された多数であった。

しかし、08年の国民党政権返り咲き以後、産業開発・都市再開発プロジェクトに際して各地で頻発した土地強制収容への反対運動、新兵虐待死抗議運動、反原発運動、調印直後から始まっていた「サービス貿易協定」反対運動などが、時に街頭に数万を超える抗議者を動員してきた。「ヒマワリ運動」は、人的にも組織的にもこれらの運動の延長上にあったのである。

中国の浸透に対し強まる「台湾人」としてのアイデンティティー

「ヒマワリ運動」が顕現した「多数」のもう一つの側面は、これも08年以後に新たに顕著に増加した「台湾人」という「多数」である。下図には、台湾の政治大学選挙研究センターが90年代より実施している「台湾人」、「中国人」、「台湾人でもあり中国人でもある」のアイデンティティー意識の三択を問うアンケート調査の結果を示した。

これを見ると、強い独立傾向を示したといわれる陳水扁・民進党政権下の07年には「台湾人」選択は実はまだ「台湾人でもあり中国人でもある」という折衷的アイデンティティー意識を下回っていたが、08年には逆転し、その後、馬英九政権で上昇し続け、「ヒマワリ運動」前夜ともいうべき2013年12月には、6割近くに達している。ここでは詳述しないが、運動中には、それを担い支持した青年・学生たちの多くが自分たちを当たり前に「台湾人」であり、それ以外のものと見なしていないことを示すさまざまなエピソードが生まれている。運動に共鳴した人々の多くが、この「台湾人」という「多数」の中に含まれていたと見なすことができるのではないか。

また、「ヒマワリ運動」では、「両岸政・商ネットワーク」や「両岸権力者階級」という言葉が盛んにかつ批判的に語られた。馬英九・国民党政権下で一層の拡大が進んだ中国との経済関係と与党国民党の中国共産党との各種交流の中で、政治と経済にわたる既得権益のネットワークが増殖し、台湾の動向の決定権を握ろうとしている、このことが中国との関係拡大でも受益が難しい階層を圧迫し、台湾の民主政治を侵食しつつある、との批判である。

「新自由主義秩序」批判をも含意するこうした言説においては、新たな「多数」としての「台湾人」をめぐるアイデンティティー政治は、新たな階級政治と重なってくることになる。これもまた、「ヒマワリ運動」の背後の「多数」の新たな特質の一つであると言えよう。

「新たな多数」の目指す道は前途多難

「ヒマワリ運動」が台湾政治に浮上させた新しい「多数」に対峙しているのは、「古い」多数、つまり2012年選挙で馬英九総統を再選し、与党国民党に国会運営の主導権を与えた制度内政治に正統性を与えている多数である。運動はこの「古い」多数に一定の譲歩を迫り、それが支えている政権のアカウンタビリティーに疑義を呈することはできた。

しかし、現行の政治制度内では、2016年に予定されている次の総統選挙・立法院選挙まで、新たな「多数」が説明責任を怠ったと考える総統と国会議員とに直接責任を課す機会は訪れない。そこで、現行の民主体制そのもののアカウンタビリティーの不備を正そうとする市民運動、「新憲法運動」が「ヒマワリ運動」に関わった市民団体などにより立ち上げられた。16年総統選挙と同時に予定されている立法院選挙に候補者擁立を目指す「公民組合」なる団体も旗揚げされている。

だが、その前途は楽観できない。問題は台湾の民主体制のアカウンタビリティーのみではすまないからである。安全保障や国際政治的側面はさておくとしても、中国が「両岸政・商ネットワーク」による台湾内浸透を弱めることはあり得ないし、国民党もまた、同党が現行政治制度内で多数を得やすいという利点を放棄することはあり得ない。制度内政治でこれに対抗する役割が期待される民進党も、外からの中国の浸透と内部からの新たな「多数」の登場に直面してどう対応するのか、その方向性は見えてきてない。

その一方、「公民組合」などが国会選挙などを通じて急速に制度内政治に強い足場を持てるかどうかは未知数である。1990年春「野百合運動」と称された学生・市民運動が民主化促進の役割を果たしたことは、台湾の民主化史を知る者にとってまだ記憶に新しいところである。しかし、2014年に浮上した「多数」が直面している内外の状況ははるかに厳しいといえそうだ。

(2014年6月28日 記)

タイトル写真=台湾立法院の敷地内で記者会見する学生リーダーたち(2014年3月27日・時事)

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  • [2014.07.10]

早稲田大学政治経済学術院教授・台湾研究所所長。1949年生まれ。1974年東京大学国際学修士、1985年同大学・社会学博士。1994年東京大学大学院総合文化研究科教授などを経て2010年から現職。1995年4月~96年3月台湾・中央研究院民族学研究所客員研究員、2006年4月~6月台湾・国立政治大学台湾史研究所客員教授。主な著書は『台湾の政治―中華民国台湾化の戦後史』(東京大学出版会、2008年)など。

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