「障害者の権利に関する条約」批准—問われる障害者差別解消への取り組み

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2014年1月、世界で140番目の批准国として日本がついに「障害者の権利に関する条約」を締結した。今回の批准は日本の障害者差別禁止の取り組みをどのように前進させるのか。

長年の悲願叶った「障害者の権利に関する条約」への批准

2014年1月20日、日本は関係者の長年の悲願でもあった国際連合「障害者の権利に関する条約」(以下、条約)を批准した。この条約は2006年12月に国連総会にて採択され、2008年5月に発効したもので、障害に関するあらゆる差別を禁止するとともに必要な配慮の提供を求めている。近隣の韓国や中国を含め、アジア、アフリカ、EU諸国など既に世界各国が批准をしている中で、日本は2007年9月に署名をしたものの批准に必要な国内法の整備に時間がかかり、発効から5年以上もの月日が流れていた。この間、障害者基本法の改正や障害者差別解消法の制定など、さまざまな準備を行い、この1月ようやく140番目の批准国として世界に肩を並べたことになる。

しかし、この大きな飛躍の一歩を伝えるメディアの数は少なく、本条約によって求められている「差別の禁止」とはどういうことなのか、そもそも障害のある人々の生活には、どのような「差別」が残されているのかについては、まだまだ知られていないことが多い。本稿では、こうした現状に鑑み、本条約の内容について解説するとともに、日本で今後求められる差別解消の取り組みについて述べていきたい。

権利条約で明確化された「合理的配慮の否定」=「差別」

このほど批准に至った本条約の中で、我々の生活に最も大きく影響を与えるであろう点が、「合理的配慮の否定」を「差別」と位置づけていることだろう。

「合理的配慮」というのは、障害があってその場に参加できなかったり、サービスの享受がなされない場合に、障害者に対する機会の保障を確保するために行う調整や変更のことで、条約の中では以下のように定義づけられている。

(以下、条約第2条より引用)

「合理的配慮」とは、障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。

例えば、地域の講演会に手話通訳を配置したり、テレビや映画に音声解説を付与したり、デパートやレストランの入り口にスロープを付けたりといった内容がこれにあたり、こうした合理的配慮を提供しないことを「差別」と位置づけたのである。我々の生活を見渡してみると、障害のある人々が平等に参加できない場というのは、数限りなく存在する。

高等教育の場でも問われる支援体制

筆者は長年にわたり障害学生の高等教育支援に関わってきたが、大学という場を一つの例として取り上げてみても、聴覚障害のある学生には音声で話される授業の内容が届かないという問題があるし、非常時の警報音や放送が聞こえない等のバリアが存在する。また、視覚障害のある学生の場合は、授業で使用される資料や教科書の内容がわからなかったり、教室間の移動や通学に大きなバリアがあるなどの問題が指摘できる。この他にも下肢に障害があり車いすを使用している学生、発達障害のある学生、内部疾患のある学生など、大学にはさまざまな障害を持った学生が在籍していて、それぞれ個別のニーズを抱えている。

こうした状況に対して、このたびの条約批准により今後は手話通訳や文字通訳、資料の点訳・音訳など、個別のニーズに応じた合理的配慮を提供していくことが求められるということである。このように、理念的なスローガンを掲げるのみでなく、具体的なアクションを求めているというのが本条約の重要なポイントであり、条文ではこうした合理的配慮の提供を確保するため「全ての適当な措置をとる」こととされている。

日本における差別解消の取り組み

では、上記のような合理的配慮の提供を進めるために、日本政府はこれまでどのような動きをしてきたのだろうか。

日本では、2011年8月に「障害者基本法」が改正され、その条文の中に社会的な障壁を除去するため「必要かつ合理的な配慮がされなければならない」(第4条第2項)との文言が挿入された。多少曖昧な表現ではあるが、条約の核となる合理的配慮の提供が初めて国内法に位置づけられたことになる。

加えて2013年6月には、「障害を理由とする差別の解消の促進に関する法律」(いわゆる「障害者差別解消法」)が成立している。この法律の中には、「行政機関等は(中略)社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない」(第7条第2項)との記載があり、国や地方公共団体の他、これらが管轄する施設等での合理的配慮提供に関する法的義務が明確に述べられている。一方、民間の事業者に対しても同様に「社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない」(第8条第2項)との記載があり、一般の事業者であっても努力義務が課せられることになっている。

さらに重要なことに、民間の事業者であっても事業主に関する規定は、障害者雇用促進法において別途定めることとされており、この中には、「障害者でない労働者との均等な待遇の確保」のため「必要な施設の整備、援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない」として、合理的配慮提供の義務が課される形になっている。

これら法律は、2016年4月1日から施行されることになっていて、これまでさまざまな配慮を受けたくても受けられなかった障害者の生活が大きく変わることになるのではないかと大きな期待が寄せられている。しかしながら、施行まで2年をきった現時点においても、こうした法律の存在について社会的な認識が広まっているとは言いがたく、法律の趣旨と求められる対応について周知徹底していくための施策が求められると言えるだろう。

障害者の権利意識高い米国

障害者の権利運動において常に世界をリードしてきた米国では、1973年に「リハビリテーション法504条(※1)」、1990年には「障害を持つアメリカ人法(※2)(Americans with Disabilities Act=ADA)」を制定し、前者では連邦政府から何らかの補助金を受けている機関において、また後者では民間事業者を含めた社会のあらゆる側面で合理的配慮が提供されるよう施策を進めてきた。あわせて、政府関連機関で積極的に障害者を雇用したり、障害者にとってアクセス可能でないIT関連製品は導入しない方針を打ち出すなど、連邦政府が率先して障害者の機会均等に取り組んでいる点で特徴的と言える。

日米の間には、法律そのものの捉え方や社会背景が異なるという事情があるとはいえ、日本が昨年やっとの思いで成立させた法律を、41年あるいは24年も前に制定・実施してきているのだからその歴史には大いに学ぶべきものがあると言えよう。また、同様の流れは、EU、デンマーク、スウェーデンといった欧州諸国の他、香港や韓国等でも進められてきており、日本も国際社会の流れに乗り遅れないよう取り組みを加速させていく必要があると言える。

「障害者の権利に関する条約」への批准によって、日本の障害者を取り巻く環境は大いに前進することが期待されており、その明確な具体策を法施行などによって現実化していくことが急務である。日本における「障害者差別解消法」の施行まであと2年。これを機に「障害のある人々の社会生活が大きく変わった」と言える時代が来ることを期待したい。

(2014年7月11日記。タイトル写真=2007年09月、ニューヨークの国連本部にて、障害者権利条約に署名する高村正彦外相(当時)。写真提供=時事)

(※1) ^ 「リハビリテーション法504条」…1973年成立。連邦政府から補助金を受けている機関やプログラムにおいて障害者差別を禁止する条項。公共機関やほとんどの大学などがこれにあてはまり、障害者に関する市民権法の基盤を築いたと言われている。この中では、障害者に対して各種プログラムのアクセスを保障すること、障害のある従業員に対して合理的配慮を提供すること、新たな建物を建築・修繕するときにはバリアフリー化すること、などが求められている。

(※2) ^ 「障害を持つアメリカ人法(ADA)」…1990年制定。社会のあらゆる場面で障害を理由とする差別を禁止する法律。内容は以下の4分野に分かれており、広く一般の人が利用できるサービスや機関についてはすべて対象範囲となっている。Ⅰ. 雇用(従業員15人以上の事業体における人材募集や雇用、昇進など)。Ⅱ. 公共サービス・公共交通機関(公的教育や裁判、ヘルスケアなど、州・地方自治体が行うすべての活動)。Ⅲ. 民間の公共施設(民間企業や非営利団体が運営するサービス)。Ⅳ. 通信・リレーサービス(電話やテレビ字幕などのアクセス)。

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