「中国式」vs「世界標準」—国際政治の最前線としての香港民主化問題

倉田 徹【Profile】

[2014.10.22] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | العربية |

2017年の行政長官選挙をめぐり、香港の民主化を求めるデモ隊の動向が世界の注目を集めている。“落としどころ”が見えず、長期化の可能性もある中国政府と民主派の対立。筆者はこれを「新冷戦」の最前線だと指摘する。

9月28日、香港で「真の行政長官普通選挙」を求める人たちが公道にあふれ、催涙弾で排除を試みる警察との衝突の末に市街地の主要道路を占拠、座り込み抗議を開始した。

この出来事は表面上、一都市の首長の選挙方法という「些細なこと」をめぐる、非武装の学生や無名市民のささやかな抵抗にすぎない。しかし、世界はこれに異常なまでの関心を示した。欧米の首脳はこの件で次々と発言し、デモをリードする大学生・黄之鋒(ジョシュア・ウォン)の写真は米タイム誌の表紙を飾り、香港はにわかに国際政治の焦点へと浮上したのである。

香港の民主化問題は、なぜこれほどまでに世界を震撼させるのか。それは、これが決して香港一都市に留まらない、中国政治、ひいては国際政治上の、重大な意義のある問題だからである。

民主主義の「中国化」:北京の決定

香港の民主化は1980年代に英国統治下で始まった。これは中英間の香港返還交渉の開始時期と重なる。英国は植民地撤退時の常とう手段として、香港にも英国流のデモクラシーを移植して去ろうとしたのである。中国はこれに反発もしたが、1990年制定の「香港基本法」に、行政長官選挙を最終的には普通選挙とする目標を明記し、返還後も香港の民主化を引き継ぐ意思を示した。当時の香港市民の間には中国への返還に不安が広がっていたが、いずれ自らの手で指導者を選べるようになるとの約束は、共産党の統治を恐れる香港市民にとっての安心材料の一つとなった。

香港の民主化はその後も紆余曲折の長い道のりをたどったが、今年8月31日、北京の全人代常務委員会が下した決定では、2017年に香港行政長官の初の普通選挙を行ってよいとした。30年にわたる民主化が「目標」に達することを宣言した、歴史的な決定である。しかし、北京は普通選挙に条件をつけた。候補者を選別するために、主に親中派で構成する「指名委員会」を置き、その過半数の指名がなければ行政長官選挙に出馬できないと規定したのである。

この制度下では、北京に反抗的な者が出馬できる可能性はほぼゼロである。共産党公認の「親中派A」、「親中派B」、「親中派C」からしか市民が選べないこの「普通選挙」は、言うまでもなく欧米型の民主主義からは逸脱したもので、むしろ共産党が候補者を事前審査する中国大陸の選挙のやり方に近い。英国が始めたデモクラシーの移植は、返還をまたいで北京に引き継がれることによって、共産党が認める候補者に有権者が投票によって権威づけをする「中国式」民主へと換骨奪胎された。今回の決定の意味するところは、いわば英国式民主主義の「中国化」である。

「世界標準」求め、非暴力で抵抗

このような「中国式」選挙は、「世界標準」に合う民主的な普通選挙を求め続けてきた香港の民主派にとって、到底受け入れられるものではない。学生や市民は北京の決定直後から、政府に対して抗議活動の波状攻撃を仕掛けた。

民主派の抗議活動の特徴は、西洋の価値観や理論を参照した、いわば「世界標準」の抗議活動である。昨年初め、戴耀廷・香港大学法学部副教授は、中国政府が真の民主主義を香港に与えない場合、金融センターであるセントラル地区の公道で座り込み抗議を行うとする「オキュパイ・セントラル」運動を最初に提案した。彼はロンドン大学で学んだ、敬虔なクリスチャンでもある憲法学者。典型的な西洋流の香港エリートである。

道路占拠という違法行為を正当化するために彼が持ち出した論理は、キング牧師やガンジー、ネルソン・マンデラらが実践した「市民的不服従」、即ち権力に対する非暴力の抵抗である。2011年に世界を席巻した「オキュパイ・ウォールストリート」が、この運動にヒントを与えたことは言うまでもない。

大陸にはない、香港のネットワーク力

緻密な組織を持たないデモ隊の戦いにおいて、効果を発揮したのはネット・スマホであった。9月28日午後、突如車道にはみ出したデモ隊に対し警察が催涙弾を使用すると、この様子は無数の携帯カメラによって克明に記録され、ネットに載せられた。怒った香港市民は次々と「援軍」として町に殺到し、デモ隊は瞬く間に巨大化した。

情報は同時に世界にも広がり、西側メディアの視線を釘付けにした。催涙弾に雨傘で耐える学生や市民の映像は、彼らに対する国際世論の幅広い同情を呼んだ。大陸では禁止されているFacebookで、香港は世界と繋がっているのである。CNNテレビやBBCテレビのカメラの前で、学生や市民は非暴力を貫き、世界に通用する高いモラルを見せつけた。世界の監視の目の前で、香港警察や香港政府、中国政府は強制排除を避けざるを得なくなり、結果として学生・市民は長期にわたり道路占拠を行うことができたのである。香港の無力な市民と学生たちを守ったのは、暴力に反対し、民主を求める「世界標準」の価値観であった。

世界的なイデオロギー競争の最前線

このように、中国政府と香港民主派の対立は、「中国式」と「世界標準」という政治体制をめぐる二つの価値観の衝突でもある。これは、自由民主主義の政治体制と市場経済を信奉する欧米型の「ワシントン・コンセンサス」に、権威主義体制と国家資本主義の「北京コンセンサス」が挑戦しているとされる、世界的なイデオロギー競争の縮図である。両者の戦いを「新冷戦」と称するならば、香港は今、新冷戦の最前線の戦場なのだ。

抗議活動の長期化は、新冷戦の深刻さの現れである。中国は欧米流のデモクラシーにこれまで一貫して抵抗してきた。東欧・ソ連の崩壊の波を天安門事件の武力鎮圧で「乗り切った」共産党政権は、世界第二の経済大国に浮上した今も、近年の「ジャスミン革命」、「カラー革命」を例に、民主化は共産党政権転覆の陰謀であると警戒し続けている。決定を撤回し、「世界標準」のデモクラシーを香港に与えよとの香港の民主派の要求には、北京は絶対に従えない。

中国政府の指導者たちは、断固たる姿勢を示すことで、人口で中国の0.5%、GDPでも3%以下に過ぎない一地方である香港を、力関係によって北京の決定に従わせることができると考えた。

確かに、香港の民主派は経済力も軍事力も持ち合わせない。彼らはしばしば村上春樹の壁と卵のたとえを引き、北京を前にした場合、自らは弱者であると語る。しかし、彼らに孤立感はない。自分たちの訴えは「世界標準」から見て正当な正義の要求であり、その価値観は世界に共感されており、北京も容易にはこれをつぶせないとの自信があるからである。二つの価値観には妥協点がない。

状態は手詰まりに:生ぬるさもある「新冷戦」

一方、抗議活動の長期化は、グローバルに絡み合う大国の利害関係の下で戦われる新冷戦の「生ぬるさ」の証左でもある。オバマ大統領は訪米中の王毅外相に香港問題への関心を伝えたものの、イスラム国への対応で中国の協力を仰ぎたい米国は中国との関係悪化を望まない。キャメロン英首相も香港のデモに対して深い関心を表明したが、英国は8月の全人代常務委の決定に対して、いったんは普通選挙の実現を目指すものとして歓迎すら表明していた。国際社会からの民主派への追い風は限られ、彼らに北京を屈服させる力はない。

他方、『人民日報』は今回の香港の抗議活動を「動乱」や「カラー革命」と強く非難しており、中国の論理からすれば、政府はデモに断固たる姿勢を示さなければならない。しかし、経済グローバル化の最大の受益者である中国は、いま天安門事件のような弾圧を繰り返して、世界標準からかけ離れた価値観をさらけ出し、国際的に孤立するコストは到底払えない。

結果、中国政府のこの抗議活動に対する方針は「妥協せず、流血せず」であるとされる。妥協はできないが、決定的に対立して流血の惨事を招くのも避けなければならないというこの方針こそ、新冷戦の対立の深さと生ぬるさという、二つの性質を同時に体現している。結果として、抗議活動はいつまでも膠着(こうちゃく)状態になる。それはまさに、新冷戦が膠着状態にあるからである。

香港で起きていること――それは、まさに国際政治の縮図なのである。

タイトル写真:香港の商業地区、旺角の道路をふさいだ民主派のバリケード。「自由へ」とのメッセージが記されている=2014年10月16日(ロイター/アフロ)

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  • [2014.10.22]

立教大学法学部政治学科准教授。1975年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。大学院在学中に在香港日本国総領事館専門調査員。金沢大学人間社会研究域法学系准教授を経て2013年から現職。中国現代政治が専門。著書に『中国返還後の香港―「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会)=2010年度サントリー学芸賞

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