リクルートついに上場、その先に何があるのか

経済・ビジネス

「大学新聞広告社」として創業したリクルートは、多岐にわたる事業を展開する大企業に成長した。だが、グローバル展開を急ぐ姿勢には、リクルートならではのビジョンが欠けているようにみえる。

株式上場、時価総額は1.9兆円

株式会社リクルートホールディングスが2014年10月16日、東証1部に上場した。

上場初日の取引は公開価格を230 円上回る3330円で終えた。日本の株式市場の値動きに不透明感がある中で、大健闘したといえる。上場時に時価総額は1.9兆円に達し、翌日には2兆円を超えてソニーの時価総額を上回ったことも話題になった。

しかし、そもそもリクルートとはどのような企業なのだろう。戦後最大の贈収賄事件である「リクルート事件」を起こし、一時は1兆4002億円もの有利子負債を抱えてきたこの企業はこれからどこに向かうのだろうか。

元リクルート社員の私は、自らの体験と新規取材からリクルートの実態に迫ろうという思いで、今秋、『リクルートという幻想』(中央公論新社)を上梓した。リクルートの「挑戦」を理解しようとすることで、多くの日本企業の現状が見えてくる。

リクルートとは何屋さんなのか?

まず、リクルートのビジネスは何かについて考えることにしよう。結論から言うならば、ますます理解しにくい企業になっている。事業領域があまりにも多岐にわたっているのだ。

同社が上場した10月16日、東京証券取引所で行われた記者会見で、峰岸真澄社長は同社の事業領域を紹介するための映像を披露した。同社のビジネスは、人生の大きな節目や、小さな喜びのイベントにおける出会いを応援するものだということを説明している。ナレーションは英語で、外国人の登場場面が多いことからも、同社がグローバル展開に力を入れていることを感じさせた。

ただ、この映像で、同社の現状のビジネス、事業領域を説明しきれているかというと、不十分だと言わざるを得ない。というのも、いかにもこの映像に描かれているような「人生の大きな節目や、小さな喜びにおける出会いを応援する」領域というのは、同社のビジネスにおいては、いまやグループ内シェアが低いのだ。同社の2014年3月期の決算報告書によると、売上構成は下図のようになっている。

国内外の派遣事業が、合わせて6124億円(51.4%)で、グループ全体の半分を占める。最近では、スマートフォンのアプリなど、ITサービスのリリースも相次いでいる。出資先も、オイシックス(野菜の通販会社)、ライフネット生命(ネット生命保険会社)など多岐にわたっている。

「江副モデル」を超えるビジネスモデルが課題

2000年代前半くらいまで、同社がメディアで紹介される際は「情報サービス産業」もしくは「情報誌の会社」と呼ばれていた。情報誌とは、純粋な雑誌とは違い、読者が何か行動をするために必要な情報を提供するものである。上場時の記者会見で披露された映像も、主にこの領域のことを説明していると解釈できる。

この領域におけるリクルート独自のビジネスモデルは、情報の発信主(企業)に広告料などを請求し、自社媒体に情報広告を掲載して生活者に発信、そこで企業と生活者のマッチングを行うというものだ。

これは、同社の関係者やメディア関係者を中心に、創業者の故・江副浩正氏の名前を冠して「江副モデル」と呼ばれる。江副氏が2013年の2月に亡くなった際にリクルートホールディングスが主催したお別れ会でも、峰岸社長は、江副氏が作ったビジネスモデルを大切にしつつ、世界に向けて新しいチャレンジをするという趣旨の宣言をしていた。

この「江副モデル」は、リクルートの強みでもある一方で、いかにこれを超えるビジネスを創ることができるかが課題であり続けている。特にネット時代になり、情報を探すことも発信することも自由に行える時代になっている中、このモデルをどこまで維持できるのかは注目すべきポイントだろう。

日本の政界に風穴を空けたリクルート事件

リクルートについて語る際に触れざるを得ないのが、1988年のリクルート事件だ。事件発生から2000年前後までは、リクルートの第一想起キーワードといえば、この事件だった。グループ会社のリクルートコスモス社の未公開株が政財界の要人に配られたという事件である。

これにより、江副氏を始めとするリクルート関係者や、政治家、官僚などの逮捕につながった。逮捕に至らなくても、これにより政界におけるポジション争いで不利になった者、社長の座を降りたものなどが多数いる。よく江副氏の逮捕が話題になるが、この件に関係した者が多数いたことも忘れてはならないポイントだ。

余談だが、一時、リクルートの会長だったダイエー創業者の故・中内功氏は、2000年4月に横浜アリーナで開かれた社員総会で、こう語った。

「リクルートは、リクルート事件で、結果として古い日本の政治体制を破壊した。そんな社会全体を揺るがす起爆力で21世紀をリードしてほしい」

不謹慎な発言のようにも聞こえるが、このような見方もできるだろう。

皮肉にも、リクルートという名が全国区になったのもこの事件がきっかけだった。峰岸社長の上場時の記者会見でも、この件で世間を騒がせてしまったことについて触れていた。

この事件と、金融事業や不動産事業の不振などに起因する有利子負債は一時1兆4002億円に上り、リクルートの発展にブレーキをかけたともいえる。カリスマ創業者が突然退任するという、トップ不在の状態にもなってしまった。

とはいえ、これがリクルートにとってすべてマイナスだったわけではない。コンプライアンスなる言葉が日本の企業社会に広まる前にその意識が社内に浸透した。現場に強い当事者意識が芽生えた。有利子負債に関しては、コスト意識と効率化を進めたともいえる。

過去10年間、大型買収を繰り返す

さて、上場してリクルートはどこに向かうのだろう。そもそも何故、上場するのだろう。

これまでにも上場は何度も噂されたが、その方針が明確化されたのは2012年の株主総会である。この年、峰岸氏が社長に就任し、その場で今後の成長戦略の一つとして株式公開を目指す方針を明らかにした。2012年10月には持株会社制に移行した。株式公開のための準備室も設置された。2014年4月には、JT、帝人から社外取締役を招いた。

リクルートは2006年3月期の決算で借金を完済している。毎年、経常利益が1200億円前後出る企業である。このキャッシュを元に、既にこの約10年間は、大型の企業買収を繰り返してきた。スタッフサービスや米求人検索サイト大手のIndeed、海外の派遣会社など、大型の買収を行ってきた。上場することにより、数千億規模の投資を行うことができるようになる。しかし、今後、どのような企業を買収するのだろうか。

人材派遣会社の買収に拍車をかける

リクルートは人材関連で世界一を目指すと宣言している。今後も海外の人材派遣会社、人材紹介会社、求人広告の企業などを買収していくことだろう。特に人材派遣会社はノウハウも共通しているし、規模の経済性が活きる業界でもある。全世界の派遣会社をどこが先に買収するのかという競争になっている。

メディア事業においては、プラットフォーム競争をどう制するかが鍵だろう。リクルートはリクルートID、リクルートポイントによる生活者の囲い込みに力を入れている。そのための、明らかに製作費をかけたCMを2014年春に公開し、話題になった。このCMはカンヌ・ライオンズ国際クリエイティビティフェスティバルのフィルム部門でブロンズを受賞している。

このCMは明らかにカンヌで評価される映像を目指していたのだろう。ゴールドではなくブロンズだったことに、経営陣や宣伝担当は失望したかもしれない。カンヌでグランプリを受賞したとしたならば、グローバル展開にとってプラスになる良いセールスポイントになるからだ。

ウェブ系企業の業界再編起爆剤となる可能性も

人材関連企業の買収加速は間違いないが、私はこうも予想している。楽天が2000年に上場した際に、巨大インターネット集団を作ろうとしつつ、確実にIDを持っている企業(=共通会員IDのサービスで、消費者をしっかり囲い込んでいる企業)を買収していったように、今後はIDを持つ企業に買収を仕掛けるのではないか。今後、ウェブ系企業の業界再編の起爆剤になる可能性もある。

国内外でのM&Aの強化の他にも、エンジニアの採用強化、既存の商品・サービスのブラッシュアップに力を入れることだろう。

ただ、上場時の時価総額1.9兆円は国内で40番台の規模にもかかわらず、リクルートの「挑戦」の先行きは不透明だ。それは、グローバル化やIT化に社運をかけるといいつつも、結局は社会の変化、競争の渦に巻き込まれていくよくある日本企業の姿、そのものである。

(2014年10月27日 記)

タイトル写真:東京証券取引所への新規上場について会見するリクルートホールディングスの峰岸真澄社長(時事)