安倍政権にコントロールされる日本メディアの「不都合な真実」

奥村 信幸【Profile】

[2016.04.07] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية | Русский |

高市早苗総務相が放送局に電波停止を命じる可能性に言及。安倍政権による“圧力”は強まる一方だ。しかし、メディアから強い反発の声は聞こえてこない。

「質問は記者クラブに限る」

2015年9月、自民党の安倍晋三総裁が無投票で再選され、記者会見が東京・千代田区の党本部で開かれた。司会の萩生田光一筆頭副幹事長(当時)はこのようにアナウンスした。「冒頭、総裁から『ごあいさつ』を申し上げ、その後平河クラブ(自民党の記者クラブ)幹事社から代表質問、その後、時間の許す限り質問を受け付ける」。安倍総裁は「ごあいさつ」として、政策の成果や目標などを、30分のうち15分も語り続けた。幹事社2社の質疑が済んだ後、萩生田氏は「平河クラブに限り、質問を受け付ける」と通告した。

ここで起きたことは、不自然なことだらけだ。党総裁でもある安倍首相に直接質問できる機会はそんなに多くあるわけではない。その貴重な30分足らずの時間のうち15分も質問の機会が奪われているのに、抗議の声も上がらない。テレビも発言内容をニュース速報で粛々と伝えただけだった。

なりふり構わぬコントロール

萩生田氏の2回目のアナウンスは常軌を逸している。質問を「平河クラブの記者に限る」と明言したからだ。2012年12月まで3年余り続いた民主党政権が記者会見のオープン化を推進し、ネットや外国のメディア、フリーランスらにも門戸が開かれた。続く安倍政権も表向きは、その流れを踏襲してきた。記者クラブだけを優遇して、「表現の自由」を後退させていると見なされることは避けようと、「良識ある政権に見えるように」意識していたということだ。ただネットメディアは、首相会見でいくら手を挙げても、最近は指名されることはほとんどなく、「運用で」メディアの差別を「判然としないように」行ってきたのが実態だった。

そのようなギリギリのラインを破り、「好き勝手にえこひいきをするぞ」と宣言したに等しい。日本では数少ない広告収入に一切依存しないネットメディア「ビデオニュース・ドットコム」の神保哲生氏は「症状が一歩進んだ」と評した。

「国境なき記者団」が毎年発表する報道の自由度ランキングで、日本の順位は2002年から2008年まで、26位から51位の間を行ったり来たりしていた。低迷の原因は記者クラブの閉鎖性にあると言われていた。2009年に誕生した民主党政権が記者会見のオープン化をいくらか進め、順位は2010年に11位まで上昇したものの、2012年には53位、2015年には61位と急落した。

東日本大震災に伴う福島第1原発の事故に関する情報公開が不十分だと見なされたことや、安倍政権が推進した、いわゆる特定秘密保護法が問題とされた。安倍政権のメディアコントロールの姿勢は、国際的な評判がさらに下がるのもお構いなしということのようだ。

反論しないテレビ

萩生田氏は2014年11月、衆議院選挙を前に在京キー局の編成・報道幹部宛てに「選挙報道の公平中立と公正を確保するよう」要請する文書を個別に渡している。文面は一見低姿勢に見えるが、恫喝に等しいものだ。放送が公正中立だと思っていれば、このような文書は出ない。「過去においては、あるテレビ局が政権交代を画策して偏向報道を行い、それを事実と認めて誇り、大きな社会問題となった事例もあった」と、1993年にテレビ朝日の椿貞良報道局長が「非自民党政権を誕生させるような報道をするよう指示した」という事実とは反する発言を暴露され、国会に証人喚問された事件まで持ち出している。そしてゲスト出演者の選び方や発言回数、発言時間を公平にするよう指示している。

放送業界を監督するのは総務省であり、自民党から指導を受けるいわれは全くない。しかし、あの時放送業界は、表だって反論をしなかった。それどころか、そのような文書を受け取っていたと積極的に公表すらしなかった。

呼び出しに無批判に応じるテレビ局

テレビに対する圧力は続く。2015年4月17日には自民党の情報通信戦略調査会が、NHKとテレビ朝日の幹部を招いて事情を聞いている。NHKは夜のニュース番組「クローズアップ現代」が出家詐欺問題を取り上げた際、関係者のインタビューが記者の指示による「やらせ」ではないのか疑惑が持ち上がっていた。また、テレビ朝日は「報道ステーション」というニュース番組のコメンテーターが辞める際に「菅官房長官から圧力を受けていた」と発言したことが問題となり、2つの番組は「放送法違反の疑いがある」というものだ。

自民党からの呼び出しには、やはり何の法的根拠もないが、2つの局は何の反論もすることもなく、この非公開の会合に出向いた。他局からも強い批判は聞かれなかった。

その10日後、問題となった番組について、NHKは内部調査の結果を公表したが、インタビューの際に「やらせ」があったことは認めなかった。同日、高市早苗総務相は、その調査の結果を吟味することもなく、NHKに対し「厳重注意」の文書を出した。番組の内容をめぐって総務省が文書で厳重注意を出すのは2009年以来、総務大臣名では2007年以来という異例のことである。しかしテレビは単に厳重注意の事実を報じただけだった。

批判の声を上げたのはBPO(放送倫理・番組向上機構)だった。放送業界が自主的なチェック機関として設立した団体で、扱う問題によって3つに分かれた委員会のメンバーに放送局の役員や社員は含まれていない。2015年11月、その中の1つ放送倫理検証委員会が「クローズアップ現代」について意見を発表した。NHKの内部調査に反して、安易な取材で報道番組で許される範囲を逸脱した表現があったなどとして、「重大な放送倫理違反があった」との見解を示した。その一方で、同委員会は総務相の厳重注意について「歴史的経緯を尊重していない」、自民党が放送局を呼び出したことについては「放送の自由に対する圧力」と非難した。放送の当事者でなく、周辺の人たちが声を上げるという異様な状況だ。

法解釈の変更も目指す?

2016年2月、高市総務相は衆議院予算委員会で答弁し、放送法第4条に定められている「政治的公平」などの原則に沿って番組が放送されているかの判断は「総務大臣が行う」、放送局が放送法を守らないことが何度も続けば、「総務大臣の権限として」電波法に基づく「停波(放送を止める)の可能性がないわけではない」と述べた。

政府が放送の内容を判断し、停波の是非まで判断する「基準」として放送法の第4条を用いるというこの見解は、この条文が「放送局側が自律的に番組を編集する『倫理規範』」だとしてきた憲法学界の伝統的な解釈を逸脱したものだ。しかし、菅官房長官は「当たり前のこと」と発言し、安倍首相も「従来通りの一般論」だと国会答弁した。

彼らは確信犯なのか、単なる無知なのかはわからない。しかし、メディア業界が団結して反論する動きにはつながらなかった。2月末にはテレビのアンカーパーソンらがこの発言に抗議する記者会見を開いたが、参加したのはわずか6人だった。

メディアが隠したい「特権」

なぜ日本のメディアはこんなに萎縮しているのか。テレビ局については単純な理由だ。監督官庁である総務省と、そこに影響力を持つ自民党への気兼ねだ。日本の放送制度には根本的な欠陥がある。1950年に米軍占領下で制定された放送関連の法律では、放送局を監督するのは「電波監理委員会」という政府から独立した機関とされた。しかし、吉田茂首相が2年余りでそれを廃止し、政府が直接監督する制度に変えてしまった。

ジャーナリズムの主たる任務は「権力の監視」だが、放送局は監視対象である政府から逆に監督されている。自民党が政権を独占してきたため、放送や電波に影響力を持つ議員集団が存在し、その力は弱まっているものの、テレビ局は無視できない。また、良識ある欧米のニュースメディアが株式を公開していないのと対照的に、日本のキー局などは株式を上場している。経営陣は政府の干渉や、それによる利益減少のリスクを恐れて、ジャーナリズムを優先した決断を下すことができない。

また、5つの全国紙は系列の民放局と株式の持ち合いをしている。系列のローカル放送局の認可を急ぐために、新聞社の記者が政府・自民党に働きかけをしてきた過去もある。

さらに、新聞は業界を挙げて安倍政権や自民党に働きかけ、2017年4月に予定されている消費税アップの際、新聞の税率を例外扱いにすることを勝ち取った。このような直接の借りを作っては、腹の据わった政権批判など根本的に不可能だ。

長年にわたる記者クラブ制度の下で確立された取材の慣例は、伝統的なメディアにとって手放し難い「特権」になっている。これを維持したいという思いも、メディアが政権に弱腰な一因と思われる。民主党は「記者会見」はオープンにしたが、「記者クラブ」はオープンにできなかった。記者クラブの真の「うまみ」は記者会見ではない。オフレコで行われる「懇談」ができることなのだ。

そこでは政治日程の読み、事件などに関しての要人の評価や本音のリアクションなどが伝えられる。記事のニュアンスや、今後の取材方針に直結する情報だ。重要な国際会議などの前には、関係する官庁による記者クラブだけに対する非公式のブリーフィングなどもある。政権を本気で批判することは、そのインナーサークルで情報を得る特権を手放すか、少なくとも中断させることを意味する。

こういった事情もあって、日本のニュースメディアは政権と距離を置くことがなかなかできない。それどころか、大手メディアの幹部と安倍首相の会食の頻度は、他の歴代のどの首相よりも高いのが今のメディアの実情だ。

前述の抗議の記者会見を開いたニュースアンカーらのうち5人は3月24日、日本外国人特派員協会で再び抗議の記者会見を行った。しかし、外国人記者からは日本のメディアに対する厳しい質問が続出した。「あの程度の発言で、なぜそこまで萎縮しなければならないのか」というわけだ。5人は結局、外国人記者を納得させる説明ができなかった。

日本のメディアは「隠れた特権」のため、「独立」できておらず、真の権力の監視ができていないのだ。

バナー写真:高市早苗総務相の停波発言に対し、抗議の横断幕を掲げる民放キャスターら=2016年2月29日、東京都千代田区(時事)

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  • [2016.04.07]

武蔵大学社会学部教授。上智大学大学院外国語学研究科国際関係論専攻博士前期課程修了(国際関係学修士)。1989年、テレビ朝日入社(報道局「ニュースステーション」、政治部、編成部などで勤務)。米ジョンズホプキンス大学国際関係高等大学院(SAIS)ライシャワーセンター客員研究員 、立命館大学産業社会学部教授などを経て、2014年より現職。

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