「ヘイトデモ」の衰退と排外的“サイレント・マジョリティー”の行方

古谷 経衡【Profile】

[2016.07.15] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | Русский |

「ヘイトスピーチ解消法」成立以前から、「ヘイトスピーチ・デモ」は衰退傾向にあった。だが、ネット上では相変わらず粗悪な言論が発信されている。

「ヘイト解消法」施行直後の動き

2016年5月24日「ヘイトスピーチ解消法」が国会で成立、6月3日に施行された。

同法の成立を受けて、5月30日、川崎市は在日コリアンの排外を訴える「ヘイトスピーチ・デモ」が使用予定の公園2カ所(同市川崎区)の使用禁止を決定。6月2日、横浜地裁川崎支部は同デモが川崎市川崎区にある社会福祉法人ビルから半径500メートルに近づかないよう通告する仮処分を下す。この社会福祉法人は在日コリアンと地域日本人との融和を目的とした団体で、理事長ら役員の多くが在日コリアンである。川崎市で計画されていたヘイトデモの矛先として、この法人が狙われることを未然に防ごうという司法判断であった。

同法施行後の6月5日、ハンドルネーム「五十六パパ」なるネット右翼(ネット上で右派的、排外的言説を標榜(ひょうぼう)するもの)主導で、川崎市で予定されていた「日本浄化デモ」は、許可が下りなかった川崎区の公園ではなく、やや北上した中原区の公園付近で実施を試みた。結局、ヘイトデモに反対するいわゆる「カウンター」の人々と、警察・公安関係者が集結し騒然とした状況になり、主催者側が警察に中止を申し入れ、最終的には開催されることなく終わった。

川崎臨海部 “特有” の事情

余談であるが、当初デモが計画されていた川崎市川崎区の臨海部は、戦前から日本の財閥系企業が大規模工場を整備した関係で、朝鮮出身の労働者・徴用工が戦後もそのまま残留し、関東随一のコリアン・タウンを形成している土地柄として知られる。同区を東西に横断する通称「産業道路」の周辺には、現在も韓国焼肉店や在日コリアンが経営する飲食店などが立ち並び、朝鮮学校もある。「ヘイトデモ」はこのような川崎臨海部特有の事情を承知したうえで、関東地方の在日コリアンのメッカたる、川崎臨海部を標的にしたものである。

この一連の経緯を、「ヘイトデモ」に肯定的な右派勢力も、否定的なカウンター勢力も、両方が総じて先般施行された「ヘイトスピーチ解消法」の効果であるとしている。果たしてこの観測は事実なのだろうか。

遅きに失した感のある「ヘイト解消法」に、本当に効果はあったのだろうか。そして、「ヘイトデモ」は今後どうなるのだろうか。

施行の前から下火の「ヘイトデモ」-

在日コリアンへ暴言を浴びせ、その排斥を呼びかけるいわゆる「ヘイトデモ」は実際にはほとんど、風前の灯火(ともしび)である。筆者の概観からすると、5月に施行された「ヘイト解消法」は、肝心の「ヘイトデモ」が下火になって久しい状況の中で、ようやく遅効的に出来上がってきたという印象を持つ。

筆者は、「ヘイト解消法」の立法自体は評価する。が、しかし熾烈(しれつ)に盛り上がっていた「ヘイトデモ」最盛期からみると、現在はほとんど、「ヘイトデモ」は実行されなくなった。

事実、前述した川崎の「日本浄化デモ」もその参加予定者は100人程度に満たないというありさまで、それを取り囲む警察や報道陣の方がはるかに多かった。

実は、「ヘイトデモ」は、「ヘイト解消法」成立のはるか以前からすでに衰微・衰退の運命を転がり落ちていた。「ヘイトデモ」の最盛期は、間違いなく2009年から12年の3年間であった。この時期、日本の政権は保守政権ではなく、中道リベラルから旧社会党、あるいは旧民社党系(労組右派)が雑居する民主党政権であった。このとき、保守派・右派の多くは、「反民主党」という共通の敵の存在により団結していた。

ひと言に保守派・右派といってもさまざまな種類が存在する。憲法改正や首相や閣僚の靖国神社公式参拝要請、いわゆる「東京裁判史観」へのアンチ、というところはおおよそ共通しているが、対米関係では日米同盟重視(親米保守・右派)から対米自立派、冷戦時代の反共右翼から、冷戦を知らない嫌韓派、はたまた単に「もうかりそうだから」で保守・右派を標榜するだけのビジネス保守、ひたすら理屈なく朝鮮・中国人を蔑視する醜悪なレイシストなど、千差万別で多種多様な集団が「反民主党」という共通目的で大同団結していたのがこの時期であった。

必然、その中に含まれる在日コリアンに対する敵意をむき出しにするレイシストも、この中に含まれていた。彼らの最右翼に当たる「在特会」(在日特権を許さない市民の会)は、12年に設立された「日韓断交共闘委員会」など(彼らを総称して「行動する保守」と呼ぶ)と相まって、東京の主要部でデモ行進を行っている。

このときの参加人数は、李明博韓国大統領(当時)の竹島上陸などのニュースも重なって、少なく見積もっても1000人~1500人である。当然のことだが、このとき「ヘイト解消法」は存在していない。その後、この手のデモは13年、14年にも散発的に実施されたが、加速度的にその参加者は縮小していった。なぜだろうか。

「本格保守政権」の安倍政権登場

その理由は第一に、民主党政権が2012年12月で終えんを迎え、保守政権である第2次安倍晋三内閣が総選挙の結果により誕生(同月)したことによる主敵の喪失である。

「反民主党」で共通の敵を共有していた保守・右派勢力は、しばしば民主党政権を「朝鮮人政党である」と攻撃した。根拠は存在しないが、民主党政権の中に複数の在日コリアンや帰化人が混ざっているというデマに基づいている。よく考えてみるまでもなく、日本国籍をもたない在日コリアンは国会議員の被選挙権を有しないわけだが、そんなことは「反民主党」の大同団結の前ではささいな誤差である。

しかし「本格保守政権」の第2次安倍政権の登場は、在日コリアンへの敵意をデモという形で表現しなくても事足りるだけの現実状況を生んだ。「朝鮮人議員に国が乗っ取られる」という意味不明の危機感を抱いた人々は「反民主党」政権時代に団結してデモを繰り返したが、第2次安倍政権の登場によって、この手の「ヘイトデモ」は、下火になるのは自明である。

司法、警察からの圧力

第二に、「ヘイトデモ」の度を超した先鋭化である。前述した在特会は、2010年に徳島県教職員組合の敷地に侵入し示威行為などを行ったとして、同会の複数の構成員が威力業務妨害と建造物侵入などの罪に問われ、逮捕・起訴されて有罪となった。民事でも責任が追及され、16年4月の高松高裁の判決では、罵声を浴びせられた原告の女性の精神的苦痛に対し、在特会側に400万円超の賠償を命じた。

また、さかのぼって09年には、京都市南区の朝鮮初級学校の公園使用をめぐる問題に関し、在特会の構成員らが朝鮮学校の前で示威行為、抗議活動を行った。この時の参加者は口々に拡声器で、朝鮮人学童に対し「ゴキブリ、ウジ虫」などの罵声を浴びせた。京都府警は、威力業務妨害などの疑いで在特会会長宅などを家宅捜索した。さらに14年12月、最高裁にて在特会側に約1200万円にのぼる多額の民事賠償が確定したのである。

公安調査庁は、このような一連の動きを注視し、在特会を「排外主義的右翼団体」などと規定し、数年にわたり「内外情勢の回顧と展望」のレポートの中で言及している。

つまり、「ヘイト解消法」施行のはるか以前から、警察や公安、あるいは裁判所は、「ヘイトデモ」の解消や撲滅に向けて、事実上の圧力を加えていた状況にある。それを受けて、当初はこのような団体へ賛意を示していた参加者も次第に離反し、「転向」するものも多くなった。在特会内部からも「さすがにやりすぎではないか」との声が出始め、疑問を持ったものは人知れずデモから距離を置き、事実上脱会するに至っている。

このような流れの最後に出てきたのが冒頭の「ヘイト解消法」であり、実質的には「ヘイトデモ」にとどめを刺した格好だ。

SNS、ブログで発信する「ヘイト」

一方、排外的な傾向を有するネットユーザーの多くは、これまでも、そしてこれからも実際の街路での「デモ」に参加しないサイレント・マジョリティーである。「ヘイト解消法」で「ヘイトデモ」はかなりの部分、根絶されると思うが、元来、「ヘイトデモ」に参加する人々はレイシスト的ユーザーの全体から考えてもわずかであることを考えると、「ヘイトデモ」につながる問題の根源は「ヘイト解消法」では払拭(ふっしょく)されていないとみるべきだろう。

「ヘイト」を生むのは、ネット上の動画とSNS、ブログである。そこには事実に基づかないデマとトンデモ理論がうごめいている。「朝鮮人は戦後、日本人を数百万人殺した」「マスメディアは在日コリアンが牛耳っている」「芸能人、政治家の○○は在日コリアン」等々のデマである。ここから、「ヘイト」が常に発生する。

「ヘイト」のふるさとは、特にネット動画だ。これに対する対策も、近年進みつつある。『ニコニコ動画』を運営するドワンゴは、前述の在特会の公式アカウントを削除する措置をとった。

あるいはYouTubeは、いわれなき嫌韓・反韓動画を投稿する特定の右派系 “ユーチューバー” への広告料の支払いを事実上停止する措置をとった。一歩一歩だが、確実に「根拠なきデマとヘイト」は勢いを失いつつある。「ヘイトデモ」は衰退しているが、それを生み出す「ゆりかご」たる粗悪なネット言論へのさらなる制裁強化が、次なる課題であろう。

特に右派系ユーチューバーは潜在的差別意識の温床となっており、デモには加担しないまでも、「ヘイトデモ」参加への潜在予備軍を作り出している。これに対する包囲網は狭まっているが、より一層の対策が必要だ。

2020年、東京五輪に合わせて多数の外国人観光客が来日し、観光立国を目指す日本の国策に照らし合わせても、このようないわれなきヘイトスピーチに加担するあらゆる勢力は日本の国益を害する存在だ。彼らには、法に基づいた制裁措置で鉄槌(てっつい)を下すべきである。

(2016年7月4日 記)

バナー写真:2016年6月5日、川崎市中原区で実施を試みたヘイトデモは、反対する市民らに取り囲まれて混乱し、出発直後に中止となった(時事通信フォト)

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  • [2016.07.15]

1982年札幌市生まれ。立命館大学文学部史学科卒業。インターネットとネット保守、マスコミ、若者論に関する評論執筆活動を展開。TOKYO FM「タイムライン」レギュラーパーソナリティ。主な著書に『ネット右翼の逆襲』(総和社、2013年)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト、2014年)、『ネット右翼の終わり─ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか 』(晶文社、2015年)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社、2015年)等。

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