急増する児童虐待—その社会的な背景を探る

社会

児童相談所が対応した児童虐待が、2015年度に初めて10万件を突破した。暴言や脅しで子どもの心を傷つける「心理的虐待」、殴る、蹴るなどの暴行を加える「身体的虐待」、食事などを与えない「ネグレクト(育児放棄)」、「性的虐待」など、なぜ児童虐待は増加する傾向にあるのか。

2016年8月、厚生労働省は、15年度に全国の児童相談所が対応した虐待通告件数が10万3260件(速報値)と、初めて10万件を超えたことを公表した。子ども虐待に関する統計が初めて取られた1990年の通告件数は1101件であり、25年の時間経過があったとはいえ、100倍にも及ぶ増加は特異なものであると言える。

また、児童福祉法の改正で、05年度より、市区町村も虐待通告に対応することになっているが、14年度の全国の市区町村の虐待通告対応件数は約8万8000件となっている。児童相談所による対応件数と市区町村のそれには、多少の重複があると考えられることから単純な加算はできないものの、児童相談所と市区町村を合わせると、年間に十数万件程度の通告に対応していることになり、事態は極めて深刻である。

心理的虐待が半数を占めた理由

今回公表された児童相談所の通告対応に関する統計によると、「心理的虐待」が47.5%と半数近くに及んでおり、身体的虐待、ネグレクト、性的虐待、心理的虐待という虐待の4類型中最多となっている。

「心理的虐待」とは、子どもに対して「お前は欲しくて生まれた子じゃない」「お前さえいなければ家族が幸せになれる」など、親などの養育者が子どもの存在価値を否定するような言動をとるものである。身体的虐待やネグレクトなどと比較して、外部からは認識されづらい。

今回の統計によると、日本では「心理的虐待」が飛び抜けて多いように思われるかもしれないが、そんなことはない。これは「DVの目撃」を「心理的虐待」とすることによって生じた結果である。

こうした状況を招いた要因は、児童虐待防止法における心理的虐待の定義にある。2004年の同法の改正において、DV(ドメスティックバイオレンス、パートナー間暴力)を目撃することは子どもにとって心理的虐待に当たると明示されている。これを受けて警察庁は、警察がDVであると認知した事例において、父母などの間に未成年の子どもがいる場合には児童相談所に通告するよう指示している。

その結果、わが国の統計では、欧米先進国のそれと比較して、心理的虐待が多数に上るという事態となっていると考えられる。こうした状況では、心理的虐待の実情が把握できない。また、海外の虐待統計との適切な比較検討が不可能となってしまう。DVの目撃事例の取り扱いについて、早急に改善すべきである。

例えば、NCANDS(全米子ども虐待とネグレクト・データ・システム)に基づく2013年の米国の報告(Child Maltreatment 2013)によれば、 同年中に全米のCPS(子ども保護機関)に通告のあった事例のうち、虐待もしくはネグレクトが確認されたのは67万9000件であった。その内訳は、ネグレクトが79.5%と最も多く、以下、身体的虐待が18.0%、性的虐待が9.0%と続き、心理的虐待は8.7%と最も少なくなっている。

ちなみに米国では、子どもがDVを目撃した可能性がある場合を、虐待4分類とは別に、“Children With a Domestic Violence Caregiver Risk Factor”(養育者がDVのリスク要因を抱えている子ども)としてデータが取られている。13年には、36州で不適切な養育が確認された46万4952件のうち、27.4%に当たる12万7519人の子どもがこれに該当するとされている。

子ども虐待の特徴

今回報告された虐待事例の総数から心理的虐待を除いた5万4567件を母数として、心理的虐待を除く3つのタイプの構成比を算出すると、身体的虐待が54.5%と最多であり、ネグレクトが44.8%、性的虐待が2.8%となる。先述の米国のデータと比較すると、わが国では身体的虐待が多く、ネグレクトと性的虐待が少ないといった特徴があることが分かる。

これは、おそらく実態を示したものではなく、ネグレクトや性的虐待に対する過小評価を反映したものと解することができよう。ネグレクトが過小評価される背景には、ネグレクトによって死亡に至る事例が少ないとの誤認があると推測される。また、ネグレクトに対応する関係機関の職員の認識の低さも影響している。慢性的ネグレクトが非器質性成長障害(NOFTT)など深刻な影響を与える危険性があることなどを考慮すると、これは看過できない問題である。

またわが国では、性的虐待として通告されるのは、そのほとんどが思春期以降の子どもであり、思春期前の子どもの性的虐待被害はほとんど捉えられていない。「性的虐待を受けるのは思春期以降の女の子」といった誤った先入観が子どもに関わる専門職にもあると考えられ、それが性的虐待事例の的確な把握を妨げていると推測される。

虐待通告の増加が意味するもの

子ども虐待に関するわが国の統計は上記のような問題点をはらみつつも、初めて統計が取られた1990年には約1000件であった通告件数が25年後には10万件を超えるといった急激な増加を示していることには注目すべきである。この急増の背景には、2つの要因が指摘される。第一の理由としては、市民の意識の変化である。

かつて家族間の暴力等に関しては、家庭内の問題として社会は介入しないといった態度が優勢であった。しかし今日では、たとえ家族内のことであっても、暴力に対しては社会が介入するといった態度に変化してきている。こうした社会的態度の変化が、2000年の児童虐待防止法の成立につながっていった。また同法の施行が、さらに市民意識の変化を促すといった状況を生み出し、虐待通告件数の急増をもたらしたと言える。しかし、それだけではこれほどの急増を説明することは困難である。

家族崩壊が引き金に

第二の理由としては、やはり虐待の発生件数が実質的に増加していると推測すべきであろう。しかし、こうした現象の社会心理的な要因を実証的に検討することは非常に難しい。

さまざまな要因が考えられるが、一つには家族の養育機能の低下を挙げることができるだろう。その低下を示唆する社会統計指標として、以下の項目が挙げられる。

  • 妊娠先行結婚の増加とその離婚率の高さ
  • 10代の母親の出産数の微増傾向
  • 全般的な離婚率の上昇
  • 若い母親と幼児からなる若年母子家庭の増加
  • 母子家庭の貧困率の高さ

上記の諸現象は、大正年間に産声をあげ高度経済成長期まで増加の一途をたどった核家族という「標準的な家族」からの変化もしくは偏差の進行を意味している。

こうした変化に伴って、家族の子ども養育機能の低下が深刻化し、それが虐待の増加につながっていると考えることが可能である。なお、上記の家族の変化に伴う家族の養育機能の低下には、家族に対する社会的な資源や支援の在り方が、核家族という「標準的な家族」を前提としているため、そこから上記の諸問題をはらむ家族には支援が届かないといった社会的要因があることに留意すべきである。

こうした事態を招かないようにするためには、例えば、増加する若年母子家庭を対象とした新たな社会的支援の仕組みを構築することなどの取り組みが必要になってくる。現実的な対策を施すことによって、虐待の発生を予防することも可能だと思われる。

難しい実態の把握

ここでは公表された統計資料に基づき、日本の子ども虐待の現状と、虐待を増加させている要因に関して若干の考察を試みた。しかし現実的には、こうした統計には反映されない「新たな特徴」が観察されている。それは、SBS(乳児揺さぶり症候群)もしくはAHT(虐待的頭部外傷)や、MSBP(近親者によるミュンヒハウゼン症候群)の増加である。

前者は、泣き止まない乳幼児を激しく揺さぶることによって深刻な頭蓋内出血などを生じるという虐待の態様であり、後者は、養育者が実際には存在しない子どもの症状を訴え、あるいは故意に症状を作り出し、不必要な医学的検査や治療を繰り返させるものであり、医療的虐待とも呼ばれる。

こうしたタイプの虐待の増加を示すデータは、筆者の知る限りでは存在しないものの、虐待臨床に関わる専門職はこうした虐待事例の増加を実感している。このように、日本ではいまだ子どもの虐待の実像を的確に捉えているとは言い難い。データに捉えられない子ども虐待の実態を緻密に分析し、子どもたちのトラウマを取り除くための心理的な臨床活動がさらに必要になってくると思われる。

バナー写真:アフロ

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