“攻め”一辺倒から転じた黒田日銀
市場の実態見すえ、新政策パッケージ打ち出す

浪川 攻【Profile】

[2016.11.04] 他の言語で読む : ENGLISH | Русский |

日銀が9月に新たに示した、長短金利を誘導目標とする「新しい緩和の枠組み」。筆者は黒田日銀が物価上昇を目標とした「攻め一辺倒」から、「出口を射程にした状況も確保する」二刀流の構えに転じたと解説する。

「副作用」という表現が初登場

日銀は9月20、21日の政策決定会合において、新たな政策パッケージを打ち出した。その一つが「イールドカーブ・コントロール」である。「実質金利低下の効果をより追求するための新たな手法の導入」と説明されている。しかし、日銀の狙いはそれだけではない。

9月の政策決定会合では、従来の「マイナス金利付き質的・量的緩和」政策を巡る総括的な検証が行われた。日銀の伝統的な表現を使えば、金融政策の「副作用」の存在も検証されたことなる。実際、黒田東彦氏が日銀総裁に就任して以後、初めて「副作用」という表現が用いられた。この微妙な変化は見逃せない。なにしろ、黒田総裁は一連の緩和政策の裏の側面を認めず、銀行業界は批判を強めていた。総括的検証の2カ月前も、マイナス金利政策に向けられた銀行業界の批判をこう一蹴していた。

「金融政策は銀行のためにやっているのではない」

この発言に銀行などは反発した。なぜならば、保有残高が400兆円に達した強烈な国債買い入れによる量的緩和とマイナス金利の合わせ技は、イールドカーブの著しいフラット化をもたらし、金融機関の経営が将来的に危ぶまれるとともに長期資金の運用が成立しがたい事態になっていることは明らかだからだ。

このニッポンドットコムで8月に指摘したように、金融政策というものが金融機関を介して実体経済に浸透する仕組みである以上、金融機関経営の将来的な安定を無視することはできない。当然ながら「銀行のためにやっている」わけではなくても、浸透機能を鈍らせ、社会的な不安定さを増幅することは金融政策を実行する上で支障になりかねない。

そもそも、日銀は物価上昇をターゲットに壮大な量的緩和政策を実行しているが、「緩和」イコール「物価上昇」が理論的な解ではあっても、それだけで実体経済が動いているわけではない。その点を踏まえて「副作用」という観点から政策を修正したとすれば、日銀は「原理主義」からの脱却の端緒を得たという見方もできる。

新政策の根底に潜む「出口戦略」

もっとも、「イールドカーブ・コントロール」は、いまだに市場関係者の間で消化不良の状態にある。日銀当座預金金利に加えて、10年物国債金利を政策上の操作目標とするという、いわば、2点透視法で何が描き出されるのかが分からないということである。日銀は、日銀当座預金の付利については従来通り新規残高分にマイナス0.1%という付利を継続し、10年物国債金利は当面「ゼロ・パーセント程度」という目標を据えた。

以後、長期金利は緩慢に上昇して、イールドカーブはわずかながらも右肩上がり(スティープ)化している。しかし、それは極めて微細な動きに過ぎない。

だが、これについて、日銀内には安堵のムードもある。なぜか―。下手をすると、長期金利が跳ね上がりかねない懸念があるからだ。だからこそ、日銀は「イールドカーブ・コントロール」に付随する形で、国債購入の指値オペ導入と、資金供給オペの年限を1年から10年に延長する措置を決定したと言える。暴発的な長期金利の上昇を予防する次善策である。

これらの枠組みの導入をどうみるかが鍵となる。いうまでもなく、「イールドカーブ・コントロール」は「副作用」除去のための方策に違いないが、その根底部分にあるのは日銀による出口政策の模索である。もちろん、日銀が「これはテーパリング(出口戦略)の過程である」などと公言するはずはない。消費者物価指数が前年比2%の上昇という物価目標はいまだにほど遠いターゲットであるし、そんな発言を不用意に放てば、為替、株価、金利のマーケットが大きく反応しかねない。

実際、黒田総裁は9月の定例記者会見の場で、テーパリングという見方を強く否定している。しかし、その一方では、新たな一連の政策発動の中で、国債の年間購入額80兆円についてこう発言した。

「そのまま、めどとしているが、いずれにせよ増減はあり得る」

この総裁発言をこれまでと何も変わらないと受け止めるか、それとも、「増減」のうちの減に着目するのかは重要なポイントのように思える。

“攻め”一辺倒転じ、二刀流の構えに

とはいえ、劇的な変化などはこれからも到底期待できるものではない。「量的緩和の政策効果への疑問」という最近の世界的潮流には着目する必要があっても、劇的な政策変更がもたらす混乱が確実視される中では、やはり手探りの政策運営が続かざるを得ないからだ。従って、中央銀行の言動のひだのような部分に神経をとがらせることになる。

例えば、ある日銀関係者は「量的緩和の終了には長い期間が必要となるが、金利政策にはそんな時間はかからない」と言っている。日銀が出口を遠望し始めたと受け止めても間違いではなさそうな意味深い発言である。

そうした中で、日銀は量的政策に「マイナス」を冠しながら金利政策を復活させ、さらには、従来の政策の上に「イールドカーブ・コントロール」を加えた。剣術の世界でいえば、二刀流の構えをとったように見える。

二刀流は、その派手やかな姿から激しい攻撃の構えと考えられがちだが、本来、剣術の世界では、典型的な守りの立ち方である。そう考えると、日銀はここに来て、量的緩和という一刀流の攻めから、より強固な構えに転じたということになるだろう。それは長い道のりではありながらも、出口を射程にした状況の確保ではないか。

「金融緩和に限界なし」は逆説

黒田総裁は時に象徴的な言葉を発している。「金融緩和に限界はない」がそれである。本当に日銀の政策ポケットの内側には無限の空間が広がっているのだろうか。そうではないだろう。ぎりぎりの政策発動の繰り返しである。

金融論の古典『ロンバード街―ロンドンの金融市場』には、著者ウォルター・バジョットが唱えた「バジョット・ケース」として知られる論理が記されている。それを簡単に言うと、「銀行経営者が『自分の銀行は何も心配がない』と言い出した時ほど、その銀行は危ない」というものだ。それを援用すれば、「中央銀行が『金融緩和に限界はない』と強調した時ほど金融緩和は手詰りになりつつある」となる。

健全な物価上昇は金融政策のみで実現できるものではないし、金融政策には「作用」「副作用」が裏表のように存在している。この極めて常識的な発想が金融政策原理主義を押しのけるには、日銀内の論争では足りない。あらゆる有効な政策の発動はもとより、民間の努力も不可欠である。「金融緩和に限界はない」という黒田発言は手を尽くした中央銀行の逆説的な本音である。

優れた経済学者でジャーナリストのバジョット氏すら想像できなかっただろう未曽有の金融緩和からの出口をここで見失えば、わが国には「金利のない世界」がいつまでも続くことになる。

バナー写真:日本銀行支店長会議に臨む黒田東彦総裁(左から3人目)ら=2016年10月17日、東京・日本橋本石町の日銀本店(時事)

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  • [2016.11.04]

金融ジャーナリスト。1955年、東京都生まれ。上智大学卒業後、電機メーカーを経て、金融専門誌、証券業界紙、月刊誌で記者として活動。東洋経済新報社の契約記者から2016年4月フリーに。著書に『金融自壊』『前川春雄「奴雁」の哲学-世界危機に克った日銀総裁』(ともに東洋経済新報社)など。

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