米原発事業で巨額損失:実力以上の賭けに失敗した東芝

森 一夫【Profile】

[2017.02.18] 他の言語で読む : ENGLISH |

日本を代表する企業である東芝が、2006年に買収した米国の原発事業の巨額損失により経営危機に陥った。債務超過を回避するための主力事業売却で「解体」の可能性もある。なぜこのような事態になったのか。

米ウェスチングハウス買収に潜んでいた落とし穴

日本の電機産業をけん引してきた名門企業、東芝が存亡の機に立っている。世界最大の原子力発電機器メーカーを夢見て、米国ウェスチングハウス(WEC)を買収した投資に失敗したからだ。2016年4~12月期連結決算で、米原発事業の損失は7125億円に上る見通しである。

17年3月期通期では、5兆5200億円の売り上げに対して3900億円の純損失を出し、純資産は1100億円まで低下すると、同社は見込む。株主資本(非支配株主持ち分除く)はマイナス1500億円、株主資本比率はマイナス3.3%と水面下に沈む。

このため、同社にとって稼ぎ頭で成長力の中核である記憶用半導体フラッシュメモリー事業の売却などで、資本を回復しなければ事業の継続が危うくなった。

なぜ東芝は業績をここまで悪化させたのか。原因の種は、06年のWEC買収によってまかれた。現在の綱川智社長は、2月14日のメディアとアナリスト向けの会見で「10年前のWEC買収は正しい経営判断だったのか」と問われて、「数字を見ると、正しかったとは言いにくい」と答えた。

世界一の実績を持つWECの買収をテコに海外市場の開拓を目指したが、タイミングが悪かった。原子力発電所の安全性を高めるための規制強化と重なり、11年3月11日の東日本大震災による東京電力福島第一原発の事故で、事業環境が冷え込んだのは不運だった。

もちろん運が悪かったで片付けられる問題ではない。実力以上の「賭け」だった点に落とし穴があった。企業は「ハイリスク、ハイリターン」を避けていたら、成長機会を失う。ただしハイリスクを受け止められる財務力、経営力がなければ、運任せになってしまう。

名門企業のプライドをかけた拡大路線

身の丈を超えた賭けに依存する戦略は、いったんほころびると、戦術では補えない。そもそも東芝の自己資本は、大きな賭けに耐えられるほどの厚みが無かった。05年3月末の同社の株主資本比率は17.8%で、メーカーに最低限必要といわれる20%を割っていた。

しかし05年6月に就任した西田厚聡社長は、英核燃料会社(BNFL)が売りに出したWEC買収にあえて乗り出した。06年2月初めに正式合意したが、買収総額54億ドル(約6400億円)は、産業界を驚かせた。

日本経済新聞(06年2月7日付)は、これを「問題は破格ともいえる落札額」と報じた。WECの税引き前利益は200億円に満たず、BNFLが1999年に買収した時の価格が12億ドルだった点を根拠に挙げている。

後に取材した際、西田社長は「(競争入札で)つり上げられた」と想定以上の高値だったことを認めた。東芝と競り合った三菱重工業の西岡喬会長(当時)は「原子力事業としてペイするはずがない」(2月22日付日経新聞)と断じている。

ではなぜ、東芝はこうした賭けに出たのか。実は、名門企業の看板と比べて、業績が著しく見劣りしていたからである。

同社はWEC買収に動き出した05年に創立130周年を迎え、発電機、鉄道車両、家電、半導体、パソコン、医療機器、そして原子力発電機と、重電からエレクトロニクスまで事業を展開する、いわゆる総合電機メーカーとして成長してきた。経済界をリードする経団連の会長を2人輩出し、前日本商工会議所会頭も同社の出身である。

ところが2005年までの10年間は、売上高が横ばいで6兆円に満たず、売上高営業利益率はほとんどが5%未満にとどまっていた。株主資本比率も99年3月期から05年3月期まで20%を割り、負債の多い状態が続いていた。

日本を代表する企業と目されながら、実態は低成長と低収益に苦しんでいたわけである。05年に就任した西田社長は「事業は成長させなければいけない」と、名門企業のプライドをかけて拡大路線に走りだした。従来の停滞から一気に抜け出すために選んだ重点事業が、原発とフラッシュメモリーである。

一時は当たったかに見えた買収戦略

この2つの事業はそれぞれ異質な上に、もともと大きなリスクをはらんでいる。原発事業は海外が主な市場で、受注から完成まで10年単位の時間を要し、その間の環境変化によって予期せぬコスト増の可能性を秘めている。一方、フラッシュメモリーは急成長を期待できるものの、短期間に需要が大きく振れる市況産業である。

西田社長は「長編小説と短編小説を並行して読むように経営できる」と自信を持っていた。成長を急ぐために、あえて大きなリスクに挑んだのだろう。しかし出だしから誤算が生じた。当初、WEC買収は、総額54億ドルのうち自社の出資比率を51%に抑えて、残りを共同出資者に持ってもらう計画だった。

実際には、一部の共同出資予定者が出資額の大幅増加に直面して撤退した。結果的に東芝の出資比率は77%に跳ね上がった。西田社長は記者会見で42億ドル(約4900億円)になった出資額について「回収期間は17年とみるが(原発需要の増加で)15年以下に縮まる可能性もある」(06年10月18日付日経新聞)と強気の姿勢を崩さなかった。

東芝の連結売上高は08年3月期決算で、6兆円の壁を優に超えて7兆2088億円になる(※1)。西田社長は東芝を成長企業に変えた剛腕経営者としてマスコミの注目を浴びた。08年春には、今回問題になっている米国での4基の原発建設をWECが受注し、東芝の戦略は当たったかに見えた。

だが原発事業を巡る環境は暗転し、賭けは裏目に出る。財務体質の弱さは解消しておらず、余力がないので、危機的状況に陥るのに時間はかからない。事態を悪化させたのは、東芝のWECおよび原発事業部門へのガバナンスの不全に起因するリスク管理の甘さであった。

トラブルの伏線は01年の同時多発テロに

振り返れば警報は出ていた。東日本大震災の翌12年10月、WECに20%出資していた米エンジニアリング大手、ショー・グループがその持ち分を東芝に売却すると通知してきた。

ショーは希望すれば持ち分を東芝に買い取らせることができるオプション契約を付けて出資していた。当時の東芝の発表によると、買い取り価格は「約1250億円」である。ショーは資本をうまく引き上げたわけである。このため当初の77%から67%まで一時下げた東芝のWECへの出資比率は、再び87%に上がり、リスクが高まった。

福島原発の事故が世界的に原発建設機運を冷やし、東芝・WECグループの受注環境を悪化させた。しかし東芝の発表資料によれば、米国での建設の遅れやトラブルの伏線は、01年9月11日のニューヨーク、ワシントンでの同時多発テロによって敷かれていた。

WECが受注した米国の4基は、約30年ぶりの新設となるため、航空機衝突対策による設計変更、追加安全対策が求められた。こうした規制強化が建設を遅らせコスト増をもたらした。問題は膨れ上がるコストを誰が負担するのかだ。発注した電力会社、受注したWEC、建設会社の間で増加コストの押し付け合いが始まり、訴訟合戦に発展した。

これを解決するために、15年12月にWECが米エンジニアリング会社、CB&I(ショーを買収して事業に参画)の子会社の工事会社、CB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)を買収した。WECが工事の責任も直接負うことにして、訴訟や紛争の一括解決を図ったのである。

ところが、このS&W買収後、東芝の説明によれば、新たな追加コストの見積もりが必要になった。このためS&W買収額と同社純資産の差額、つまり「のれん」6253億円を計上し、その全額を回収不能と見て減損処理することに決めた。併せて06年のWEC買収に伴う「のれん」残高もすべて処理することにしたため、減損損失は7125億円になったわけである。

ずさんだったコーポレートガバナンス

だが急に、これほど巨額の減損を出さざるを得なくなった詳細は明らかではない。もっと早く損切りができなかったのか。世界の原発事情に逆風が吹き始めてからも、東芝は原発事業について有望との見方を変えてこなかった。楽観していたのか目をつぶっていたのか。

S&W買収が多額の損失をもたらすことが綱川社長に報告されたのは昨年12月中旬という。さらにその後、買収したS&Wの資産、負債の価額を確定する過程での「内部統制の不備を示唆する内部通報」や「WEC経営者による不適切なプレッシャーの存在を懸念する指摘」が出てきた。このため2月14日に予定していた第3四半期決算の発表を3月14日まで延期する事態になった。

東芝として、原発事業およびWECに対するガバナンスがずさんだったと言わざるを得ない。原発事業に長く携わりWECの会長、社長、CEO(最高経営責任者)を一時兼務した志賀重範氏は、東芝の取締役代表執行役会長を辞任し、ダニー・ロデリック氏も執行役上席常務待遇・エネルギーシステムソリューション社カンパニー社長の職を解かれた。

東芝は当面、毀損(きそん)した自己資本の修復のため、1兆円超と評価されるフラッシュメモリー事業を売却して、銀行の支援を確実なものにしなければならない。原発事業とフラッシュメモリー事業に賭けた二正面作戦による東芝の成長戦略は10年余りでついえた。しかし原発事業のリスクへの懸念はまだ消えない。

名門企業の金看板は大きく傷ついた。15年に発覚した不正会計に続いて原発事業で表面化したガバナンス不全を正して、信用を回復しなければならない。それなくして約19万人の社員を抱える東芝の再生は難しい。

バナー写真:2月14日のメディアとアナリスト向け会見で頭を下げる東芝の綱川智社長(撮影=長田洋平/アフロ)

(※1)^ 15年の不正会計発覚後、訂正された金額

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  • [2017.02.18]

ジャーナリスト。1950年東京都生まれ。1972年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。日本経済新聞社入社後、産業部記者を経て、編集委員、論説委員、論説副主幹を歴任。この間、日経BP社『日経ビジネス』副編集長、米コロンビア大学東アジア研究所・日本経済経営研究所客員研究員を務める。著書に『日本の経営』(2004年、日経文庫)、『経営にカリスマはいらない』(2008年、日経プレミアシリーズ)など。

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