「夜間中学校」から垣間見る在留外国人の複雑な現実

吉田 典史【Profile】

[2017.06.07]

戦後の混乱期に義務教育を修了できなかった人たちの学びの場だった「夜間学級」が、在留外国人の増加に伴い新たな役割を求められている。現在は市民有志による「自主夜間中学」が地域の外国人を支えている状況だ。

今春、埼玉県の川口市教育委員会は、2019年4月をめどに公立夜間中学校を市内に開校する方針を明らかにした。家庭や経済的な事情、いじめなどで中学校に通うことができない人に加え、日本語の習得を目指す外国人の入学希望者が増えていることを考慮したという。

市内には、1980年代から市民有志が運営する「川口自主夜間中学」がある。この市民らとかねてから交流があり、公立の夜間中学校の設立を国や自治体に一緒に働きかけてきたのが、千葉県松戸市の「松戸自主夜間中学校」だ。全国に300カ所以上ある自主夜間中学校の草分け的な存在である。

夜間中学校の存在が改めて注目される今、松戸の自主夜間中学校を訪ねた。

増える外国籍の子どもたち

「松戸市に夜間中学校をつくる市民の会」の榎本博次理事長

5月半ばの金曜日、午後5時45分、千葉県松戸市の勤労会館に着く。2階には4つの部屋があり、それぞれの入口に「松戸自主夜間中学校」(以降、「自主夜中」と表記)と書かれた案内が見える。

筆者を迎えてくれたのが、「自主夜中」を運営するNPO法人「松戸市に夜間中学校をつくる市民の会」の代表を務める榎本博次氏(67歳)だ。榎本氏は、最近の傾向として自主夜中に通う外国籍の子どもたちが増えていると言う。

授業は午後6時から9時まで行われる

「1983年に開校した時は、50~60代の在日韓国人や朝鮮人、中国残留孤児の方が多かった。月日が流れ、亡くなった方もいる。最近は外国で生まれ育ち、親と一緒に来日し、市内やその周辺の小中学校・高校に通いながら、自主夜中に来る人が多い。生徒は多い時で20人前後になる。国籍は中国や韓国、ベトナム、フィリピン、ネパール、バングラディシュなど10カ国を超える」 (榎本氏)

松戸市は都心から20キロ圏内に位置し、東京のベッドタウンとして発展してきたが、近年は人口が伸び悩んでいる。それでも昨年、住民基本台帳人口では初めて49万人を超えた。その背景には、外国籍の人たちが増えていることがある。

松戸市による2016年末の調査では、外国籍の総数が14120人(15年12966人)。国籍別では中国人が5998人(5576人)、ベトナム人2039人(1828人)、フィリピン人1653人(1590人)、朝鮮・韓国人1651人(1603人)、と続く。

「特別選抜」での高校合格を目指して

自主夜中に通う外国籍の生徒の中には、日本語を流ちょうに話す者もいる。だが、小中学校の授業での教師の話や、教科書の文章を理解することは正確にはできないようだ。特に国語の現代文や社会、地理などを苦手とする。

目立つのは、高校を受験しようとする生徒だという。高校受験の前年の6~7月から増え、秋には20~25人を超える。2~3月の受験日まではほぼ毎日、自主夜中に通う。榎本氏は「最近は、毎年恒例となっている」と語る。「正月以外は毎日猛勉強をする。彼らも私たちも合格するために必死だ」

千葉県では、「外国人の特別入学者選抜」を実施している。教育委員会によると、保護者などと共に県内に居住もしくは居住予定がある入国後3年以内の外国籍の生徒を対象とした配慮だという

この条件に当てはまれば、県の教育委員会が特別入学者選抜実施を承認した県立高校や市立高校の入学試験を受ける場合、受験科目は面接と作文(いずれも、英語もしくは日本語による)となる。日本人の中学生が県立高校を受験する際の科目(国語、数学、英語、社会、理科)は受ける必要がない。面接・作文の結果や、卒業した中学校が記入する調査書、外国人特別措置適用申請書などの書類の審査などを基に総合的に判定して、入学者の選抜を行う。

自主夜中は今や、特別入学者試験に合格するための学力を身に付ける場となりつつある。

公立夜間中学の設立を呼び掛ける

松戸の自主夜間中学は1983年、市民有志により設けられた。開校当初の主な生徒たちは、第2次世界大戦や戦後の混乱期などにさまざまな事情で中学校を卒業できなかった人たちだった。在日朝鮮人や韓国人、中国残留孤児などもいた。その後、いじめなどで不登校となった人や障害者などが増えてきた。現在までに1700人ほどが学び、巣立った。2017年5月時点での生徒は約50人。このうち、外国籍の生徒は10~15人ほどだ。

元小中学校教師や元会社員、公務員など30人ほどのスタッフがいて、常時20人程度が教室で教える。生徒が教科や学習分野などを選び、それを教えるスタッフの所へ行く。夜6時から9時まで、一斉授業、個別授業、自主学習が行われているので、それらを組み合わせて学習する。

入学試験はなく、入学金や月謝もない。多くは2~3年ほど通い、去ってゆく。運営資金は、約250人の会員からの会費や、スタッフがフリーマーケットでたこ焼きなどを作って販売した収益である。

文部科学省の調査(2014年5月1日現在)によると、全国には307カ所の自主夜間中学があり、ほとんどが市民のボランティアにより支えられている。

「松戸市に夜間中学校をつくる市民の会」は79年から、中学卒業資格が得られる「公立の夜間中学」の開設を市の教育委員会などに要望してきた。公立夜間中学とは、市町村が設置する中学校において、夜の時間帯に授業が行われる公立中学校の夜間学級を意味する。

「市民の会」の活動が実を結び、松戸市の教育委員会は今年2月、市立の中学校1校に夜間学級(夜間中学)を開設する方針を明らかにした。だが、2010年の国勢調査では、全国には中学校を卒業していない、いわゆる「義務教育未修了者」が12万8000人以上いるとされる。この中には、外国人も含まれる。「義務教育未修了者」への行政の対応は十分とは言えない。54年当時全国に89校あった公立の夜間中学は、今や8都府県31校だ。文部科学省は、「夜間中学を少なくとも各都道府県に1校は設置する」としているが、実際は遅々として進んでいない。

高校入学後も、自主夜中で学ぶ

取材で訪れたこの日、2組の親子が教室の隅の長い机に向かい、70代の男性スタッフから日本語を学んでいた。4人は今年2月、中国の山東省などから来た。母親と小学6年生の男の子、その隣に小学3年の女の子と母親が並ぶ。2人の子どもは、地元の小学校に通っている。

男の子の母親が日本語で語ってくれた。

「日本語を使って話すのは難しい。息子が小学校の授業で受け取るプリント(宿題のこと)を見ても、私は分からない。自主夜中に来ると、スタッフの先生から教えてもらえる。教え方は親切で、分かりやすい。子どもも日本語ができるようになって、友達をたくさんつくってほしい。小学校でも日本語を教えてくれる機会が増えるとうれしい」

夫は8年前、仕事のために単身赴任で来日し、松戸市周辺の会社で働いている。息子が小学6年生に進級する今年2月に夫が2人を呼び寄せ、今は家族3人で市内に住む。もう1人の母親も6年前から日本で働く夫と同居するため、娘を連れて移り住んだ。

スタッフは元小中学校教師や元会社員、公務員などが多い

別の教室では、外国籍の4人が日本語などを学んでいた。うち3人の男子生徒は千葉県の「外国人の特別入学者選抜」を経て、今年4月に県立や市立高校に入学したが、まだ自主夜中に通い続けている。

16歳のフィリピン人の生徒は3年前に両親と共に来日した。「現代社会を勉強したい。日本のことをもっと知りたい。高校の授業についていくことができない。ここで勉強して、(授業に)ついていきたい」。あとの2人は中国出身だ。1人は3年前、上海から両親と来日して市内に住む。「(高校の)理科の授業が分からない。先生の話を理解できない。今は学習塾にも通っている。自分は、勉強が足りない。頭になかなか入ってこない」。もう1人の中国人生徒は、2年前に母と来日した。父親は、以前から松戸市に住む。「高校の授業が分からない。先生の話が理解できない」

「技能実習生」の地域の受け皿に

夜間中学は、急増する「技能実習生」の日本語学習の場としての役割も果たしているようだ。2017年1月、厚生労働省が発表した外国人雇用の届出状況によると、2016年10月末時点で日本で働く外国人は約108万人となり、はじめて100万人を超えた。特に「技能実習生」が前年同月比25%増の約21万人となっている。

政府が推し進める「外国人技能実習生制度」のもとで、中国およびベトナム、フィリピン、タイ、インドネシアなどから来日した実習生たちが、製造業や農漁業、建設業など人手不足に苦しむ分野で働く。前述の川口市の公立夜間中学設立の背景にも、増える技能実習生の存在がある。

技能実習生制度は、企業からすると人件費を日本人より低く抑えることができるメリットがある。一方でトラブルが多発している。賃金やその支払い、長時間労働などで企業と労使紛争をする実習生がいる。パスポートを企業に取り上げられ、途方に暮れる実習生もいるという。全国の夜間中学校に通う技能実習生の中にも、日本語の能力が不十分なまま、こうした労働問題に直面している人たちがいるかもしれない。

夜間中学校開校の動きの裏では、国の在り方が問われる問題が静かに広がりつつある。

(2017年6月5日 記)

バナー写真:「松戸自主夜間中学校」の授業風景/バナーおよび本文中写真=吉田 典史

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  • [2017.06.07]

ジャーナリスト。1967年生まれ。主に人事・労務分野で取材・執筆を続ける。著書に『悶える職場』(光文社、2014年)、『震災死 生き証人たちの真実の告白』(ダイヤモンド社、2012年)など。

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