どこを向いても猫だらけ—日本の猫ブームを考える

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日本では近年猫関連の本や商品があふれ、SNSを通じて「わが家の猫」の愛らしさを拡散する人たちが大勢いる。自らも愛猫家の筆者が、猫ブームの背景を探る。

「猫コンテンツ」ブームに沸く日本

世界で多くの人に愛されている「猫コンテンツ」は何だろう。

アニメだったら『トムとジェリー』、猫小説の定番はポール・ギャリコの『ジェニイ』(1950年に出版されたファンタジー。日本では2種の翻訳版が刊行されている)あたりだろうか。猫は人間にとって最も身近な動物の一つだし、その気ままなライフスタイルや不思議な魅力がクリエイターの創造性を刺激するらしく、世界中で猫をテーマとするあらゆるジャンルのコンテンツが作られてきた。

とりわけ日本人は、猫を題材としたコンテンツが大好きだと言ってよいと思う。1000年以上前の古典から、江戸時代の浮世絵、近代の文学や現代のアニメまで、猫コンテンツの「歴史的な名作」がたくさんあって、図書館や美術館に行けば、いつでもそれらを堪能できるし、一部はウェブ上でも楽しめる。

「猫コンテンツ」の具体例(と筆者の飼い猫)

ただでさえ猫コンテンツが充実しているところに、ここのところ日本では熱狂的な「猫ブーム」が起きていて、ブームが始まって数年以上たつにも関わらず、その勢いはいまだ衰える様子がない。

猫本の出版件数はうなぎ上り

日本の猫ブームがどのような状況なのか、データを見てみよう。上のグラフは、日本の国立・公立の図書館などに所蔵される猫関連の本の件数を、出版年別にカウントしたものだ。日本の図書館には、これまでに国内で出版されたほとんど全ての本が所蔵されているので、このデータはつまり、猫本の出版件数の推移として見ることができる。もちろん、コンテンツとは本だけを意味する訳ではないが、ここではコンテンツの代表例として本を取り上げる。

このデータによれば、猫本の出版件数は、1990年代から今に至るまで増加傾向にあり、特に2011年ごろから現在までの上昇率が大きい。

一方、犬本は長らく猫本よりも出版件数が多かったのだが、05年ごろをピークに減少し始め、08年には猫本の件数と逆転。今では猫本に大きく水をあけられている。

ちなみに、このデータを集めている時に、他の身近なキーワードについても出版件数を調べてみた。例えば、直近10年間で出版された「仏教」関連の本は累計約3800件だった。「野球」は3400件、「サッカー」は2100件、「酒」は3800件。そして「猫」は5400件。

どうやら日本人は、宗教、スポーツやお酒よりも、もっと猫に関心を寄せているらしい。

日本の猫コンテンツの特徴といえば、やはり「猫漫画」だと思う。優れた猫漫画には、猫への深い愛情と漫画家ならではの鋭い洞察にあふれていて、私たちが気付かなかった猫の新たな魅力を教えてくれる。筆者が個人的に、猫エッセー漫画の傑作だと思っているのは、日本が誇るホラー漫画家、伊藤潤二による『よん&むー』だ。英訳版(Junji Ito's Cat Diary: Yon & Mu)も刊行されている。

ブームの背景:猫の存在感の高まり

このような猫ブームが起こった背景の一つは、「日本人にとって、猫がこれまで以上に身近な存在になっている」ということだ。

日本では深刻な少子化が進んでいて、さらに核家族化も進んでいる。一緒に暮らす家族の人数が減るにつれて、猫が家族の一員として「より重要視される」傾向にある(わが家もまさにこれで、むしろ人よりも猫のほうが主人のような顔をしている)。

総務省統計局の発表によれば、日本の子供(15歳未満)の数は36年連続で減少し、今年の4月時点で1571万人。1954年のピーク時(2988万人)に比べ、ほぼ半減している。

一方で、猫の飼育頭数に関しては、2011年以降大体1000万頭くらいの横ばい(または微増)で推移している。猫の飼育頭数については、人口のような長期的な時系列データがないので断言はできないが、「子供の人数」と「猫の飼育頭数」の差が縮まっているのは間違いなさそうだ。

つまり、身もふたもない言い方をすれば「人が減り、猫はあまり減っていないので、人間社会における猫の存在感が高まっている」というところだろう。

これについては、人間と猫の関係だけではなく、犬と猫の関係でも同じことが言える。以下のグラフは、犬と猫それぞれの、日本における飼育頭数の推移を示したものだ。これを見ると、犬はかなりの勢いで減っていて、もう間もなく犬と猫の数が逆転しそうだということが分かる。

日本では、地方から大都市への人口移動と、高齢化が並行して起こっている。犬は、都会の集合住宅ではなかなか飼えないし、また、頻繁な散歩が必要な犬は高齢者には向かない。猫は、犬に比べれば集合住宅でも飼いやすく、また、飼育にそれほど手間も費用もかからないので高齢者でも比較的飼いやすい。

このような事情で、日本では犬が減り続け、それに伴って人間社会における存在感は小さくなっている。先に挙げた図「猫と犬の関連書籍の出版件数推移」で、犬関連の書籍が減少していることを示したが、これも「犬の存在感の希薄化」を示すデータとして解釈できそうだ。

SNSでの写真によるコミュニケーションの活発化

猫ブームの背景としてもう一つ重要なのは「ソーシャル・ネットワーキング・サイト(SNS)」の存在だ。SNSにおいて、猫画像は一種の「コミュニケーションの手段」になっている。

インスタグラムやフェイスブック、ツイッターなど、あらゆるSNS上で、今日も数多くの猫画像や猫動画が投稿され、それを目にするたびに「いいね!」を押してしまう。思い返せば、SNSが今ほど一般的でなかった頃、私たちはこんなに毎日猫画像を目にすることはなかったはずだ。

SNSのせいで(おかげで)、毎日のように猫の姿を見せつけられ、その魅力にうっとりして、筆者は猫を実際に飼い始めたし、飼うまでには至らなくても、その影響で猫好きになる人は非常に多い。

最近では、ついに猫と犬専用のSNSまで登場して、これがまたすごい勢いで広がっている。

ドコノコ」と名づけられたこのアプリは、猫や犬の写真を投稿して、アルバム代わりに使い、その写真を他のユーザーと褒めあったり、いろいろな猫や犬の写真をただ眺めてうっとりしたりするための、とてもシンプルなSNSだ。

ここに流れてくる猫画像それぞれが、要は魅力的な猫コンテンツであるわけで、ユーザー全員が猫コンテンツの「制作者=視聴者」であるというのが、今の猫コンテンツブームを象徴しているようでとても面白い。「ドコノコ」は犬写真の投稿も多いが、最近では猫専用SNSも多い。

筆者がわが家の猫写真を投稿した「ドコノコ」

つまり、猫はもともと備えている魅力によって、SNSの「主役」の座を射止め、SNSによってその魅力が拡散されることで猫ファンが増加。猫コンテンツブームに至った。このような解釈もできそうだ。

以上、昨今の日本の猫ブームについて、その現状や背景を考察してみた。猫好きの1人としては、現在のブームが一過性に終わらずに、猫と人が末永く幸せに共生できる未来につながることを心から祈っている。

(2017年8月1日 記)

バナー写真:京都文化博物館で開催された「いつだって猫展」では全国の招き猫が並んだ(2017年4月28日撮影/ 時事)

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