大地震に備えるハイテク工場:ソニーの取り組み

安井 孝之【Profile】

[2017.08.16] 他の言語で読む : ENGLISH | ESPAÑOL | العربية | Русский |

日本列島は全国どこでも、巨大地震に襲われる可能性がある。クリーンルームに精密な製造装置が並ぶハイテク工場が被害を受ければ、生産再開まで時間がかかり、サプライチェーンに深刻な影響を与える。地震の教訓を踏まえ、各企業は地震対策に本腰を入れ始めている。昨年、大地震に見舞われたソニーグループの熊本工場もその一つだ。

地震の揺れに弱い精密機器

ソニーの半導体子会社、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング(本社・熊本県)の熊本工場はデジタルカメラやスマートフォンなどに使われるイメージセンサーを作るハイテク工場だ。マグニチュード7を超えた2016年4月の熊本地震で、3カ月半の間、工場の生産が停止。部品供給が途絶え、デジタルカメラなどが生産できなくなった。

同工場ではこうした事態に備え、地震後1年間で緊急性のある工場建屋の補強や配管の耐震対策、初期対応の見直しなどを実施した。さらに今後も2年かけて地震対策に取り組む。

同社の鈴木裕巳執行役員は「今後、前回と同程度の地震が発生しても、2カ月で生産が再開できる態勢が整った。お客様にも迷惑をかけることはない」と話す。生産量の2カ月分の流通在庫を通常抱えており、2カ月で工場が復旧すれば、備品供給は途絶えないという計算だ。

事業継続計画(BCP)を見直す中で、新たな地震速報システムを導入した。熊本地震のような直下型地震の場合、初期微動(P波)から主要動(S波)が届くまでの時間は短い。しかし、地震発生を知ってからできるだけ早く生産ラインを止められれば、工場の被害を最小限に食い止めることができる。

半導体製造ラインには高価で精密な製造装置が多く並んでいる。シリコンウェハに微細な電子回路を焼き付ける半導体露光装置は特に重要だ。地震の揺れで、レーザー光をウェハに映す高性能レンズがウェハと一緒に壊れるようなことがあれば、修理には時間と膨大な費用がかかる。

緊急地震速報では間に合わない

昨年4月14日21時26分に発生した熊本地震(前震)を振り返ると、気象庁が設置した「熊本泉」の地震計がP波を検知したのは発生から4.3秒後、緊急地震速報が流れたのが8.1秒後だった。

一方、ソニーの熊本工場をS波が襲ったのは地震発生から5.5秒後。つまり緊急地震速報が出た時には、すでに工場全体が大きく揺れていたのだ。このためラインを止める作業は間に合わなかった。

つまり、気象庁が出す緊急地震速報だけに頼っていては、生産拠点を守ることはできないということだ。気象庁の緊急地震速報は全国1000カ所余りの場所に設置された地震計がP波を検知し、そこから震源や規模を推定し、各地の震度を予想する。気象庁よりも早く速報を出すには、工場近くでP波を検知し、そのP波のデータから素早くS波到達を予測しなければならない。

独自の地震速報システム

今回ソニーが導入したのは自前の地震速報システム。技術開発型ベンチャーの「ミエルカ防災」(本社・東京)との共同作業だ。今年度中に熊本工場の敷地に地震計を3台置き、ミエルカ防災の地震速報システムや気象庁の速報データも活用しながら、大きな揺れが来る前により早く工場に速報が伝わる仕組みづくりに取り組んだ。

現時点で、昨年の熊本地震と同程度の地震が起きてもS波が到着する2秒前に独自の地震速報が出せるようになり、S波が来るまでの2秒間でラインを安全に止めることができるめどが付いた。

また周辺の工場がそれぞれ地震計を設置すれば、ネットワークでつなぎ、データを相互に活用することで、速報の精度を上げ、検知速度を短縮できる。ソニーは熊本県内の他社の事業所に地震計の設置を呼びかけているほか、長崎、大分、鹿児島にあるソニーの工場にも地震計を設置する計画で、速報システムの質の向上を目指すという。

熊本地震の教訓を生かして

ソニーのようなハイテク工場では大きな揺れが来る前に、ラインを止めることができれば被害を減らせる。東南海地震の発生が心配されている東海地方では日東電工豊橋事業所でもミエルカ防災のシステムを2015年に導入した。

ソニーの今回のBCPの見直し内容はIT・エレクトロニクスの業界団体、電子情報技術産業協会(JEITA)で情報共有され、各社が参考にした。見直しの内容はきめ細かい。「実際に起きてみないと分からないことがあった。今回は多くの教訓を得ました」と鈴木執行役員は言う。

例えば、社員に財布や自宅・自動車のカギを常時持ち歩くことを勧めるようになった。生産ラインで働く社員は、制服に着替えたら財布や鍵をロッカールームに保管していることが多いという。そのため地震でロッカーが倒れたり、ロッカールームに入室できなったりすれば、身動きが取れなくなってしまう。

地震発生後にクリーンルームに入って作業するための業界のガイドラインも見直しを求めた。「余震の震度が5以上の発生確率が10%以下であること」とクリーンルームへの入室作業の条件が定められていたが、この条件は厳しすぎて、作業が進められなかったからだ。

日本のハイテク工場は新興国の発展でコスト競争にさらされ、さらに地震リスクも抱えている。鈴木執行役員は「地震の発生は食い止められないが、発生後に素早く復旧できる態勢を整えることで、国際競争力を高めたい」と話している。

バナー写真=ソニーの半導体子会社、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリングの熊本工場

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  • [2017.08.16]

Gemba Lab代表。ジャーナリスト。1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒、東京工業大学総合理工学研究科修了。日経ビジネス記者を経て88年、朝日新聞社に入社。東京経済部、大阪経済部で自動車、流通、金融、財界など産業界、経産省や財務省などを担当。05年に編集委員。企業の経営問題や産業政策を担当し、経済面コラム「波聞風問」などを執筆。2017年4月、朝日新聞社を定年退職し、Gemba Lab株式会社設立、フリージャーナリストとして活動。日本記者クラブ企画委員。著書に「これからの優良企業」(PHP研究所)など。

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