「安倍1強」の構図急変:衆院選へ政界流動化

政治・外交

7月の東京都議選での自民党の歴史的惨敗、内閣支持率の急落を受け、安倍晋三首相の求心力は大きく低下。「安倍1強」と言われた政界の構図は一変した。

安倍首相は3日に内閣改造・自民党役員人事を断行して政権の立て直しを図るとともに、記者会見で「おごり」と受け取られた自身の姿勢を「反省し、国民にお詫びしたい」と謝罪したが、高い支持が戻るかは不透明だ。首相の三選がかかる来年9月の党総裁選、同12月の衆院議員の任期満了を控え、政界は流動化し始めた。

おごる首相、国民の怒りに火

都議選(定数127)で自民党は、過去最低(38議席)を大幅に下回る23議席に落ち込んだのに対し、小池百合子都知事率いる「都民ファーストの会」は55議席(選挙後の追加公認を含む)の圧勝。都政レベルに限って自民党との連携を解消、都民ファーストの会との選挙協力に踏み切った連立与党の公明党は候補者23人全員が当選し、地力を見せつけた。選挙結果は、首都東京で「安倍自民党」への強烈な逆風が吹き、政権批判の受け皿さえあれば次期衆院選での政権交代もあり得ることを実証した。

選挙直後の報道各社の世論調査で、内閣支持率は軒並み30%台に急落。時事通信の調査では、政権を維持する上で「危険ライン」とされる3割を切る29.9%にまで下がり、国民の「安倍離れ」が全国に広がっていることを裏付けた。

支持率が急落した1カ月間の政治上の出来事を見れば、主たる原因が首相自身にあるのは明白だ。主なものだけでも、①首相の親友が理事長を務める「加計学園」による、国家戦略特区を使った獣医学部新設の問題②首相が重用してきた稲田朋美前防衛相が都議選で「防衛省、自衛隊として」自民党候補への支援を呼び掛けた失言③いわゆる「共謀罪」を新設した改正組織犯罪処罰法の国会会期内成立のため、参院で委員会採決を省略するという「禁じ手」を用いた強引な国会運営——の3つがある。いずれも首相に直接関係した事案だ。首相の心の中に、「安倍1強」のおごりがあったのは間違いないだろう。

内閣改造で政権立て直し

政界で首相一人が突出した力を握る「安倍1強」は、衆参計4回の選挙に勝ち続けた「不敗神話」と、高水準の内閣支持率に裏打ちされた「国民の支持」が作り出した。都議選の惨敗と内閣支持率の急落は、2つの前提が一瞬にして崩壊したことを意味する。首相の3選が確実視された総裁選の行方も不透明となり、内閣支持率が今後も下がり続ければ党内で「安倍降ろし」の動きも出てこよう。首相が国民の批判を和らげ、政権の足元を固め直そうとしたのが今回の内閣改造・党役員人事だ。

首相は麻生太郎副総理兼財務相、菅義偉官房長官、二階俊博幹事長という政府・党の骨格は維持しつつ、「ポスト安倍」をうかがう岸田文雄氏(60)の意向を受け入れて政調会長に起用。岸田派の閣僚を2人から4人に倍増するなど最大限に配慮し、岸田氏の協力を取り付けた。また「お友達優遇」との印象を払拭するため、2015年の総裁選への出馬を模索した野田聖子氏(56)を総務相に充て、河野洋平元衆院議長の長男で歯に衣着せぬ発言が持ち味の河野太郎氏(54)を外相に抜てきした。

河野氏の所属する麻生派には、衆目の一致する将来の総裁候補は不在。河野氏が外相ポストをこなせば、同派の総裁候補に急浮上する可能性もある。河野氏の外相起用には、「ポスト安倍は岸田氏」との流れが強まらないよう布石を打つ狙いも透けて見える。

また、初入閣させた斎藤健農水相(58)、小此木八郎国家公安委員長(52)、梶山弘志地方創生相(61)の人事からは、次期総裁選に向け政権批判を強める石破茂元幹事長(60)の力を削ぐ狙いを読み取れる。斎藤氏は石破派所属の衆院当選3回。同派内には当選回数が上で閣僚未経験の先輩議員が複数おり、斎藤氏の「一本釣り」で派内に波風が立ちかねない。小此木、梶山両氏はもともと石破氏に近かったが、石破派の結成には加わらず、微妙に距離を置き始めていた。閣僚に登用することで、石破氏から完全に引き離せるとの深謀遠慮がうかがえる。

安倍三選は見通せず

内閣改造の結果、報道各社の内閣支持率は2~9ポイント上昇し、40%前後に回復した。時事通信調査も6.7ポイント増の36.6%に回復。首相周辺には安堵感がただよう。もっとも共同通信を除き、各社とも不支持が支持を上回ったままだ。9月以降も回復基調が続いて支持率が50%前後まで持ち直すのか、再び下落に転じるのか。政界では内閣支持率の推移に注目が集まっている。

仮に支持率が高い水準で安定すれば、首相の総裁三選の流れが再び強まる。逆に下落傾向となり、危険ラインを大きく割り込むような事態となれば、三選どころではなくなるだろう。政権の命運は内閣支持率次第。こういう政治状況が当面続きそうだ。

「安倍1強」が崩れたことで、首相は思い描いていた憲法改正のスケジュール修正を強いられた。首相は今年5月、20年までの改正憲法の施行を目指す考えを表明。秋の臨時国会に自民党の改憲案を提出する意向も示していた。首相は来年の通常国会終盤に、自民、公明両党と改憲に前向きな日本維新の会の「改憲勢力」で憲法改正を発議し、衆院選に合わせて国民投票を実施する日程を考えていたとされる。

政界ではこれまで「衆院解散は来年夏以降」が相場観だった。これは、首相は改憲を優先し、改憲勢力で3分の2以上の議席を得られる保証のない衆院解散を先送りする、とみられていたからだ。

ところが都議選惨敗で状況は一変した。首相が「日程ありき」で次期通常国会で改憲を発議しようとすれば、民進党など野党と全面対決となるのは必至。そのまま衆院選と国民投票になだれ込むことになる。しかし現在の安倍政権に、改憲で正面突破を図れるだけの「体力」は残っていない。

そもそも公明党は改憲に慎重で、野党抜きの発議に反対している。都議選の結果、自民党は公明党の協力なしでは衆院選を戦えないほど組織が弱体化していることを露呈。近い将来の衆院選を控え、政権内での公明党の発言力も一気に増した。「日程ありきではない」「(改憲案作成の調整は)党に任せる」。首相は政治上の「現実」を受け入れ、日程の先送りを表明した。

実は都議選で自民党以上に手痛い敗北を喫したのが民進党。7議席から5議席に落ち込んだ。蓮舫代表(参院東京選挙区)はおひざ元での大敗に党内からけじめを求められ、辞任表明に追い込まれた。後継を選ぶ代表選は9月1日で、前原誠司元外相(55)と枝野幸男元官房長官(53)による一騎打ち。両氏とも民主党政権で要職を務めており、どちらが代表に就いてもフレッシュさに欠けるのは否めない。新代表の下での党勢拡大は容易ではないだろう。

改憲先送りで解散前倒しも

首相が改憲日程の先送りを決断したのに伴い、政界では衆院の解散時期について「年内もあり得る」との見方が急浮上した。一部には、衆院青森4区と愛媛3区、新潟5区の3補選(10月22日投開票)に合わせての解散説もある。内閣改造直後だけに、補選にぶつける可能性は低そうだが、晩秋から12月にかけての「年内説」にはそれなりの根拠がある。

想定される解散時期は①年内②来年1月召集の次期通常国会冒頭③18年度予算成立後の来年春から通常国会会期末の夏④来年9月の自民党総裁選後の秋から任期満了の12月にかけて——の4つに絞られる。与党は前回、3分の2以上の議席を獲得する圧勝をしており、どの時期に解散しても「議席減は避けられない」との見方が政界では支配的だ。

こうした中、年内解散説の根拠は、民進党など野党や小池知事とつながりが深い若狭勝衆院議員が結成を目指す国政新党の準備が整わないうちに選挙をした方が「議席の目減りが少なくてすむ」との判断による。解散を先送りした後に内閣支持率が再度下がり始めたら、解散を打てないまま追い込まれる可能性もある。公明党の山口那津男代表が「常在戦場の心構えで」と説いたのは、年内解散も視野に入れてのものだ。

一方で、都議選惨敗の余韻が残る年内解散にはリスクも伴う。改造内閣で成果を上げないまま衆院選となれば、都議選で示された強い逆風に自民党が再度さらされるかもしれない。解散を急いだ結果、自民党が単独過半数に届かないほど大幅に議席を減らせば、首班指名もままならない。

首相は党内の動向や野党の準備状況、内閣支持率の推移などを総合的に判断し、解散時期を決断することになるだろう。次期衆院選の試金石、民意の行方を占うという意味で、当面最も注目されるのが衆院3補選の結果だ。

小池都知事の動向に注目

政界では、昨年の都知事選、今回の都議選で圧倒的な人気と力を見せつけた小池知事の動向にも関心が集まっている。小池知事が国政新党を立ち上げ、衆院選に候補者を立てれば、少なくとも東京やその近県でかなりの議席獲得が見込めるからだ。

現時点で小池知事は、国政について「若狭氏に任せる」として、自身が関与する可能性を否定している。その若狭氏は8日に記者会見し、政治団体「日本ファーストの会」の設立を発表。「非自民勢力」の受け皿づくりに向けて国会議員の賛同者を募り、年内にも国政新党の結成を目指す考えを明らかにした。

バックに小池知事がいるのは明白で、若狭氏による新党の結成、候補者の発掘などにどこまで関わるのか。その「露出度」が新党の勢いに直結しそうなだけに、与野党とも小池氏の今後の動きから目が離せない。

バナー写真:第3次安倍第3次改造内閣が発足し、記者会見する安倍晋三首相(中央)=2017年8月3日午後、首相官邸(時事)

自民党 安倍晋三