千島列島最果ての島で進む港湾、水力発電開発
17年途絶えた北海道・根室へ熱いラブコール

相原 秀起【Profile】

[2014.01.27] 他の言語で読む : Русский |

北海道とロシア・カムチャツカ半島を結ぶ千島列島の北端近くにパラムシル(幌筵)いう島がある。千島列島では北方四島以外で唯一、ロシア人島民約2,600人が暮らす。この最果ての島では、ロシア政府の開発計画に従って発電所や港湾施設、道路などのインフラ整備が着々と進んでいる。

“島のラッコ”がお出迎え

日本時代の岸壁の改修工事が終わったパラムシル島のセベロクリリスク港。

東京からパラムシル島までは東京から北へ約2千キロ。石垣島までとほぼ同距離だが時間的には比較にならないほど遠い。現在はロシア領だが、戦前までは日本領でサケやマス、タラバガニなど豊かな水産資源で有名な島だった。

札幌からサハリンのユジノサハリンスクへ。千島列島はロシア政府が定める「国境地帯」のため、ユジノで国境警備隊の入域許可を取った上、極東の中心都市ハバロフスク経由でカムチャツカへ飛ぶ。そこで片道約20時間のフェリーか約1時間半のヘリコプターに乗り継ぐ。ともに不定期だ。移動だけでも北海道から最短3日。実際には入域許可取得に1週間以上掛かったため、島にたどり着いたのは札幌を出てから12日後のことだった。

セベロ港に住み着いている2頭のラッコ。島では「普通の動物」だ。

島に近づくと、フェリーの周囲に海の愛嬌(あいきょう)者のラッコが姿を現した。セベロクリリスク港に入るまでに見つけたラッコは50頭以上。同港にも2頭のラッコが住み着き、地元では「港付きのラッコ」とか「島のラッコ」と呼ばれていた。乗船していた島民はラッコを見つけても当たり前といった顔つきだ。地元の病院に勤務する男性職員(48)は「島では普通の動物だよ」と言い、興奮してカメラを向ける記者をけげんそうに見つめた。島周辺には約2千頭ものラッコが生息しているといい、海の豊かさを物語る。

次々に更新される日本時代の社会資本

今も稼働する日本時代の水力発電所。

地元の北クリール地区行政府のアレクサンドル・セレブリャコフ副地区長(53)の案内で、セベロ中心部から山側へ約2キロの場所に70年以上前に建設された、日本時代の水力発電所に向かった。今も現役で、山の上から下る落差40メートルの導水管や、古びたコンクリートの建物はほぼ当時のまま。出力は1260kw。日本の標準世帯の3,300戸の電気をまかなう能力だ。

セレブリャコフ副地区長によると、6年前に近くに建設されたディーゼル発電所(5千kw)に加え、新たな水力発電所も計画中。予算は最低でも5千万ドル(約50億円)で、ロシア政府が60%を負担する。「島の主力産業である水産加工場の安定操業や一般住宅向けの電力確保は重要」と同副地区長。

発電所に限らず、日本時代の社会資本は次々に更新されている。2010年には日本時代に整備され、老朽化していたセベロ港の岸壁改修が終わった。港から中心部まで約2キロの道路舗装や上下水道の改修工事も進む。2年後には新たにサケ・マスのふ化事業も始まる。島唯一のホテル「漁民の家」の改築も決定済みだ。すべてがロシア政府の「クリール諸島(千島列島)社会発展計画」(07~15年)に沿った事業といい、ロシア政府は同計画に総額280億ルーブル(約840億円)の予算を盛る。

6年前に完成した新しいディーゼル発電所。

重要性増すロシアの千島列島開発

カムチャツカのペトロパブロフスクカムチャツキーとの間で運航されるフェリー「ギパニス」。

ロシア政府は、カムチャツカ地方の中心地ペトロパブロフスクカムチャツキーとを結ぶフェリー「ギパニス」(4,500トン)やヘリにも多額の補助金を支出。旧ソ連時代からの割増賃金や年金の優遇制度も継続し、旧ソ連時代のピーク時の約7千人に比べて約3分の1に減った住民の定住を図る。

南クリール(北方四島)を含む千島列島について、ロシア政府は「国の防衛や経済政策などの戦略上、極めて重要な地域」と明確に位置付けている。

千島列島は、ロシア太平洋艦隊の母港ウラジオストクとカムチャツカの原潜基地を結ぶルート上に位置する。原潜や艦隊がオホーツク海から太平洋に出るための深い海峡があり、その戦略的な重要性は冷戦が終わった今も変わらない。日本では、パラムシル島と同様、ロシア政府によって社会資本整備が進む北方四島の状況を、日本への返還を阻止するための一手段とみる向きが多いが、それは一面にすぎない。

実はロシア政府は1994年にも千島発展計画を打ち出しているが、当時は経済混乱と資金不足から「絵に描いた餅」に終わった。しかし、この10年余、ロシアの主要財源である石油・天然ガスの価格は高騰、国の財政は一気に好転。ばく大な富の一滴が同島にも落ちた格好だ。

根室との交流再開に高まる期待

アレクサンドル・ソモフ地区長(53)は、「島の整備は時間の問題。行政としての最大の課題は、雇用の場を確保し、島民の暮らしを安定させること」と言い切った。

地域の柱である水産業振興のためにも、同地区長が期待を寄せるのが、セベロ唯一の姉妹都市で、この17年間も行き来が途絶えている北海道最東端の水産都市・根室市との交流再開だ。北方四島に近く、元島民が多く暮らす根室市は「北方領土返還運動・原点の街」として知られる。

セベロの中心街と北クリール地区行政府の建物。

セベロ中心部の北クリール地区行政府の地区長室には1枚の記念写真が掲げられていた。「1991年 セベロクリリスク視察団根室訪問」と日本語の説明書きが添えられていた。根室市役所前で当時の大矢快治(かいじ)市長ら市幹部やセベロの団員が並ぶ。

当時、北洋漁業の縮小に苦しんだ根室市は、同行政府にサケ・マスの漁獲割当量が与えられるとの情報を得て、大矢市長らがセベロを訪問。根室にとって3都市目となる姉妹都市提携を94年に結んだ。だが、旧ソ連崩壊後の混乱で、サケ・マスの漁獲割当量の地方配分は実現せず、当初の根室側のもくろみは空振りに終わった。

一方、90年代、根室へはセベロからカニやサケ、マダラなどを積んだ船が続々と入港。「半数近くの島民が便乗して根室や釧路を訪ねた」(同地区幹部)。しかし、2000年代後半になると、密漁取り締まり強化や資源の枯渇によって、北海道へ向かう船は激減。島で知り合ったイーゴリという名の元漁業者は、「以前はカニやウニを毎月のように根室に運んだ。千島のあっちこっちで取って、多い時は週に2、3回行ったこともある。もちろん全部密漁さ。だけどこの6年、根室へは行っていない」とウオツカをあおった。民間の相互訪問も96年の6回目を最後に途絶えた。現在では両役所間で年始のあいさつのファクスが交わされるだけだ。

北方領土問題があった方が盛んな交流?

同行政府の幹部は「皮肉なことに日本との領土問題がある南クリール(北方四島)の方が、はるかに日本との交流が盛ん。日本はロシア政府に対して、北クリール(四島以外)の領土返還要求もしてくれませんか」と真顔で話した。

セベロにある水産会社6社のうちの1社「クリリスキー・ラスウエット」のアレクサンドル・リトンファン代表取締役(62)は、「魚の加工のやり方は来島した北海道の技術者が教えてくれた。現在、スケソウやマダラを加工して韓国へ輸出しているが、近く新しい機械を導入して、韓国よりも高値が付く日本へ輸出したい」と期待する。

日本との交流をテコに産業振興を目指すパラムシル島の島民たち。就任2年目のソモフ地区長は「2014年には根室を訪ねて交流再開の第一歩を踏み出したい。まずは水産加工品の日本輸出を目指す」と語り、根室市の長谷川俊輔市長への伝言を記者に託した。

セベロからのラブコールに対し、長谷川市長は「ソモフ地区長が根室に来れば歓迎したい」と述べるにとどまる。同市幹部は「セベロはあまりに遠い。費用の面もあり、簡単に交流再開とはいかない」と話す。

写真=著者撮影

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  • [2014.01.27]

北海道新聞編集委員。1962年横浜市出身。北大農学部卒。85年に北海道新聞入社。社会部、根室支局などを経て95年からサハリン・ユジノサハリンスク支局駐在。現在、同新聞で企画「極東」を担当。52歳。

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