「ニッポンの100人」からのメッセージ

米大統領選に見るコミュニケーションの妙味—マルチタレント・パックンに聞く

政治・外交

米大統領選の投開票が11月8日に迫ってきた。日本のTV局の依頼で10月第2回討論会を取材し、帰国したパックンにコミュニケーターとして討論の分析や感想、スピーチのコツ、20年の在日経験から日米のお笑い業界の比較について聞いた。

パトリック・ハーラン Patrick HARLAN

通称パックン。 米・コロラド州出身、1970年生まれ。コメディアン、俳優、声優、司会、DJとしても活躍。東京工業大学非常勤講師も務めるマルチタレント。ハーバード大学卒。2016年7月に『大統領の演説』(角川書店)を上梓。

ヒラリー対トランプ討論会の舞台裏

——ニッポンドットコムの新装スタジオによくいらっしゃいました。米ミズーリー州セントルイスの第2回大統領選討論会を取材してこられた直後と伺いました。最終盤で熱を帯びていましたか?

パックン  面白かったです。世界各国から集まっている報道陣と同じ空気を吸いながら、みんなでモニターを見ました。報道陣のリアクションも興味深かったです。例えば、初めにヒラリー・クリントンとドナルド・トランプの2人が握手を交わさなかったときも「お~!」と盛り上がり、ヒラリーがしゃべっているときにトランプが後ろから見下ろすような威圧的なツーショットが出てきた時にも、会場が沸きました。

——第1回は、ヒラリーから歩み寄って握手を交わしましたが、第2回の直前、10月8日にワシントンポスト紙がトランプの際どいニュースを流しました。

パックン  「パチパチ感(敵対感)」は、やはり2回目の方がすごかったですね。単なるスキャンダルや不祥事ではなく、トランプが以前女性に性的暴行を働いたことを自慢げに話している映像が出た直後でした。正確に言うと映像は彼が乗っていたバスの外観でしたが、その中でマイクが声を拾っていた。女性に対して最悪のことをしたと自ら言うトランプに、女性代表として握手するわけにはいかないという判断が働いたのだと思います。

——1回目の討論会で、次第にトランプがいら立ってきて「あなたはこの討論のために準備をしているのではないですか?」と言っていましたね。その時の切り返しは討論の一つの勝負を決めたと思います。「私は準備しています、とても重要な討論会だから。これこそ、大統領になるための準備なのだから」とヒラリーは返しました。

パックン  あれは、ブレーンの皆さんが額を突き合わせて考えたフレーズだと思いますよ。討論前にトランプは、あちらこちらのイベントで「俺は、こうして国民と触れ合いながら進めている。あいつ(ヒラリー)は、討論の準備をしている。国民より視聴率を重視しているぞ」とけなしていました。英語で言う「テレグラフ(電報)」です。この作戦で行くよ、と相手の陣営にシグナルを送ることです。ヒラリー陣営はこれを受信して「これで攻めるのね。では、こう返しましょう」と受け取り、練りに練った返答を考えたのです。完璧でした。

トランプは、場合によって人格が変わったように見えます。時には冷静な中道派、時には際どい過激派を演じます。そこで、ヒラリーは、討論の準備として、トランプ役を2人に頼み、別々のキャラクターを演じてもらったのです。使う表現や、トランプの手「コブラポーズ」までまねて。それが成功につながったらしいです。

テレビ討論でどんでん返し

——米国で大統領テレビ討論会が始まったのは、1960年。伝説のリチャード・ニクソン対ジョン・F・ケネディですね。もう一つ有名な戦いは84年の70歳代の現役ロナルド・レーガン大統領対50歳代のウォルター・モンデール。

パックン  あの時レーガン大統領は現役大統領を通じて最年長の73歳。その後、体調の心配もありましたし、現にアルツハイマー病にかかりました。選挙の段階でそのような兆候があっても不思議ではなかった。モンデールの批判通りでした。でも、テレグラフで事前に「年齢は話題になります。批判材料に使われます」と伝わっていた。そこでレーガンは、討論会で年齢が話題になったとき、「私は政局の目的のために、あえてあなたが若すぎて経験不足であることを政治的に利用しようと思いません」とユーモアたっぷりに返して、自分の弱みを強みにした。あの瞬間、モンデールも(敗北の)覚悟を決めたと思います。

オバマ大統領、広島演説の成功の秘訣?

——大統領選挙のTV討論恐るべしだと思いますが、背後では膨大な数のスタッフが準備していますね。ここで、大統領の演説に話を移していきたいと思います。パックンの書かれた『大統領の演説』、とてもいい本ですね。オバマ大統領の広島での演説を入れるために出版を延ばしたと聞いています。

パックン  広島演説は、多くの大統領演説と少し異なり外国で行ったものです。今回は日本。それも、元敵国で、広島という米国が原爆を落とした地です。気を使う局面は他の演説の比でないと思います。日本だけでなく、隣の韓国、中国、ロシア、一緒に戦った同盟国、退役軍人などにも気を配りながら、みんなが納得できる演説に磨き上げるのは大変な作業だったはず。今回は、ほとんどの方が満足できる演説。 全員にとって100点ではありませんが、みんなにとっての80点という素晴らしい演説だったと評価しています。

——今回キーポイントの一つは、79歳の森重昭さんがいらして、そこにオバマ大統領が、すっと寄って行ってハグしました。米国の兵士も犠牲になったことをコツコツと調査をして明らかにしたのが森さん。そして「全ての人が原爆の犠牲になったことに心から哀悼の意を述べます」という構成になっていますね。

パックン  お見事でしたね。演説は「あ、今私のことを言った」と皆が思えるような文言になっていますね。また、出だしで、悲惨な状況を描写することによって被爆者の皆さん、被害者の皆さんの気持ちを表した。開口一番、絶妙なバランスをとったと思います。

ヒラリーはどうして人気がない?

——『大統領の演説』の中で、日本と米国の比較において、ヒラリーがどうしてこんなに人気がないのか、それを言葉の点から読み解いた鋭い指摘がありますよね。

パックン  ヒラリーは難しい単語も使います。語彙(ごい)力も見せ、まとまり感という構成力を見せながらしゃべります。しかし、彼女はなまりがない。米国人全体が、中立しているヒラリーに対して、お前は何者?という疑問が残るわけです。本物感がない、計算尽くめの職業政治家に見えてしまうところもあります。

共感を手にするコツは?

——例えば、聞いている人たちに「コモンプレイス(共通の基盤)」のフレーズがありますよね。オバマなら「核兵器そのものは人類にとって大変危険な存在だ」というところに演説全体を持っていっている。

パックン  この「コモンプレイス」は、スピーチライター、政治家、一般の皆さんにとってもすごく大切な項目なのですよね。聞いている人が思わずうなずくような、みんなが思っている常識を上手く利用すれば、自分の主張に自然に持ち込むことができます。

日米笑いのツボ、共通点と相違点

——パックンは、日本というアウェイでコモンプレイスを見つけることになりますよね。よくそんな無謀なことをしましたね。

パックン  ぼくも振り返ってみてバカだなあと思いますよ!でも、共通点も多いと感じました。お笑いも、演説も、討論も。政治家の活動とコメディアンの活動は似ているのですよ。例えば、政治家の小泉進次郎さんは、各地方で演説をするとき、まずおいしいもの、名物、方言を聞き込んでそれを演説に使う。9割同じ内容でも1割その土地のことを入れると、「あっ、僕らのこと知っている。こっちに気を配っているんだ」と、引き込まれます。お笑い芸人も同じことをやっています。

——例えば?

パックン  地方に行くとタクシーの運転手さんに駅前のラーメン屋のおいしいところを教えて下さいと聞く。「今朝、ラーメンを食べた」というところを、「今朝、豚太郎ラーメンを食べた」と言うと「おー!」となるのです。

でも、日本と米国で面白いと思われる材料はずいぶん違いますね。米国は、まず政治ネタとシモネタが多いのです。だから今のトランプなどは、超おいしい状態です。今、米国ではお笑い祭り、トランプさまさまですよ。ビル・クリントン元大統領の時も同じような要素があってネタとしてよく使われたのですが、これらは日本ではお笑いネタとしてはあまり使えないですね。あと、米国は、ブラックユーモアを使っても大丈夫。人が死ぬことで簡単に笑います。これも、日本ではなかなか使えません。

僕は、福井県から上陸したので、関西風の乗りやお笑いは割りと自然に身についている方です。実は、東京の冷めたノリは、逆に最初は少し難しかったですね。拾って突っ込んでもらって笑いを取ってもらった方が、ありがたいですね。東京のお笑いの中で、切り離して宙に浮かしている状態が面白いと感じる司会者もいて、あれが厳しいですね。

日本が気に入ったわけは?

——日本に吸い寄せられた最大のきっかけは?

パックン  来日するきっかけを作ってくれた中学の友達の存在は大きいです。彼が日本政府のJETプログラムで日本に来ることになって僕を誘ってくれたわけ。でも、何で日本がこんなに気に入ったのかというと、福井が好きだったのが大きいかな。

——福井は、一般的には北陸でも地味な地域と地元の人も言っていますね。

パックン  地味です。でも、地味さが勝つのもぼくにとっての魅力の一つ。穏やかな、平和な、みんなが幸せないい国ですよ、福井という国は!

——実は戦後の日本のヒット商品の一つはJETプログラム。エリートだけじゃなくて、もっと一般的なアメリカ人が参加しますよね。

パックン  ぼくもそのおかげで来ているのです。JETプログラムで日本に来る前は、日本は混雑していて、この国民も仕事中心で、狭い部屋に住んで、常に暗い顔で生活していると思っていました。その先入観が、福井に来たら、あら?意外と家族中心、仕事終わってカラオケパーティしている、居酒屋に行くと笑いが絶えない、冗談も言うと。福井で暗いのは天気だけですよ。気候が最悪。あとは最高ですよ。

——今日は、政治の中で使う言葉、コミュニケーションがどんなに大切か、日米の違いなどについても教えていただきました。どうもありがとうございました。

聞き手=手嶋 龍一(ニッポンドットコム理事長)

<日本語ビデオ>
米大統領選に見るコミュニケーションの妙味―マルチタレント・パックンに聞く(ダイジェスト版)

<英語ビデオ>
The Trick to Becoming a Good Communicator by Patrick Harlan (English)

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