シリーズ 日本の自然:破壊と再生の半世紀
野生動物の反乱(下)

石 弘之【Profile】

[2017.05.24] 他の言語で読む : 简体字 | Русский |

四国や九州の山奥では絶滅したツキノワグマ。しかし、本州では人間に危害を加えるなど、深刻な社会問題となっている。そこには、「狩猟」と「保護」といった単純な二項対立を超えた、根深い人間社会の矛盾が横たわっている。

山から人が消えた

この数十年間に、山を歩いていて私がもっとも感じる変化は、里山に人影が少なくなったことだ。農山村ではかつて、村人が田畑を耕し、木を伐採し、薪(まき)や山菜を採り、ハンターが動物を追っていた。若者や子どもたちの元気のいい声があふれ、ウサギを追い、川で魚をすくい、カブトムシを捕った。そのころ、野生動物たちは山奥に潜んで人を恐れて近づかなかったのだろう。

だが、今や全国各地で「限界集落」が増殖している。国土交通・総務両省の2015年の実態調査では、対象となった1028市町村の7万5662集落のうち、過去5年で190集落が消滅した。さらに8割を超える集落が人口の高齢化や減少、過疎化の進行、自然災害などによって維持困難な状況に直面している。

シカによる被害が顕在化し、クマの出没が増えてきた 1980〜90年は、ちょうど農山村の過疎化が社会問題になりはじめた時期だ。若者は都市へ流出し、ガスや電気へのエネルギー転換から薪炭への需要は減少し、建築資材の変化などから国産材への依存度は大きく後退した。

80年当時、697万人いた農業就業者と14万6000人が働いていた林業従事者は、2015年までにそれぞれ約7割も減った。この結果、耕作放棄地や放置林地が増えてクズなどのシカが好む草や低木が茂って、絶好の餌場になっている。

高齢化、農外就業などに加えて鳥獣による被害のために、生産意欲が低下して農業をやめる農家が少なくない。つづけている農家でも、鳥獣害の激しい地域は放置している。この10年間で耕作放棄地は3倍以上に増えた。昔は村人が活動していた中山間地には、野生動物が勢力を広げている。人が後退した分、動物の活動前線が人里に近寄ってきたということでもある。

ツキノワグマの大量出没

2000年以降、数年おきにツキノワグマの「大量出没」「人の殺傷」「大量捕獲」といったニュースが報じられるようになった。それだけ、クマと人の軋轢(あつれき)が増えている。

ツキノワグマの年平均捕獲数は、狩猟と有害捕獲を併せて1980年代までは約2200頭だったが、90年代には約1500頭と減少した。しかし、2000年以降の大量出没に伴い、約2,000頭まで増加した。2006年には4856頭と過去最大の捕獲数を記録し、16年には3045頭が捕獲された。

ツキノワグマの生息数は、1万5000頭から2万頭と推定され、国際自然保護連合(IUCN)の絶滅危機の生物種リスト(レッドデータブック)の危急種に指定され、絶滅のおそれのある野生動植物種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)では国際取引が制限されている。それにもかかわらず、これだけの頭数が殺されているのには驚かされる。生息数の推定が過小評価され、実際にはもっと多いはずだという意見もあるぐらいだ。

九州では絶滅

これだけ殺してもクマは絶滅しないのだろうか。ツキノワグマは北海道をのぞく全国に生息していた。九州ではときおり目撃証言はあるものの、1987年に大分・宮崎両県にまたがる祖母傾(そぼかたむき)国定公園で射殺されて以来、確実な生存情報はない。四国でも多く見積もっても数十頭しか生き残っていないとされる。

ツキノワグマ(左)。主に本州に生息。体毛は黒で、喉の下に三日月形の白班がある。体長約1.4メートル。体重80~150キログラム。エゾヒグマ(右)。北海道に生息。体毛は赤褐色から黒。ホッキョクグマとともに地上最大の肉食獣。体長約2メートル。体重150~300キログラム。

近年の特徴は、年によって捕獲数の変動が大きくなっていることだ。2004年、06年、10年に大量出没し、その結果大量捕獲につながった。ツキノワグマが恐れられているのは、人里への出没である。春の山菜採りの季節には毎年のように、クマによる殺傷事件が起きる。16年5月には、秋田県鹿角市の山中で山菜採りに入山した4人が殺された。

環境省によると、ツキノワグマによる死傷者は1980~90年代は年間20~40人で横ばいだったが、2001年以降増えはじめ、08~16 年度には計764人が死傷(うち死者12人)した。

クマは奥山の動物で、人には滅多に姿を見せないというのがこれまでの常識だった。ところが、人里へ出てきたクマは人を怖がらないものが多くなり、人目もはばからず平気でカキの木に登って実を食べ、家の中へ入って仏壇の供え物をあさったりする。人間の怖さを知らず、人を見ても逃げ出さない「新世代グマ」が現れたと指摘する研究者もいる。

住宅地の庭木から降りる3頭のツキノワグマ。山形県飯豊町で(写真:読売新聞/アフロ)

ドングリの関係

ツキノワグマが人里に出没するのは、山に食料が不足しているときだといわれる。クマは冬眠に備えて、秋には脂肪を蓄える必要がある。クマの主食はカロリーや栄養価が高いドングリ類だ。ドングリはブナ科の樹木の木の実の総称である。ブナ科の樹種は地域や高度によってすみ分け、里近くの雑木林にはコナラ、クヌギ、クリなどの林が多く、少し高い山ではブナやミズナラの林に変わる。

農水省の森林総合研究所の調査では、ドングリの豊作・凶作とツキノワグマの出没頻度は、連動している。森林ではブナが不作のときには代わりにミズナラが実をつける、というように樹種によって補い合っている。だが、何種かのブナ科樹種が同時に凶作となった時期に、餌を求めて里に現れるとも考えられる。兵庫県森林動物研究センターの調査では、大量出没年の2006 年と 10 年には、ブナ、ミズナラ、コナラの3種すべてが凶作であったことがわかっている。

このような豊凶が繰り返されるのは、樹木の生き残り戦略である。もし木が毎年つける種子の数が一定であれば、クマは種子を食べ尽くすまで数が増えるだろう。そうなると、木は子孫を残すことがむずかしい。凶作の年には食料不足でクマ生息数が減る。翌年に豊作になれば、数が減ったクマが実を食べきれずにドングリが残って木は子孫を残しやすくなる。

クマが人に近づいてきた

ドングリの豊凶は過去にも繰り返されていたのにもかかわらず、凶作年にクマが人里へ現れてうろつき回ることはあまりなかった。近年になってクマが里に出てくるようになったのは何らかの事情があるはずだ。

牛舎付近を歩くツキノワグマ。牛の飼料を食べて、丸々と太っている。長野県塩尻市で(写真提供=NPO法人 信州ツキノワグマ研究会)

本州・四国・九州の全域に広く分布していたツキノワグマは、人口の増加や活動の拡大で追い詰められた。逃げ込んだ奥地では、拡大造林政策によって広葉樹は伐採され、スギ、ヒノキ、 カラマツといった針葉樹に転換された。ドングリに依存するツキノワグマは餌が減って生息地域が急速に狭められていった。

同時に、奥山だけでなく里山でも大きな変化が起きはじめた。過疎が進行し農地や林地の多くが放置されるようになった。かつて薪炭をとるために、コナラやクヌギなどが周期的に伐採されてきた。つまりこうしたブナ科の落葉高木は人の手によって管理されていた。しかし薪炭が使われなくなり、里山に人の手が入らなくなって、ブナ科の天然林が急速に増えることになった。

里山に人が少なくなって、人が暮らすエリアにクマが近づきやすくなった。山里には、カキ、クリ、リンゴなど実をつけたまま放置されている果樹が多い。販売に適さない野菜や果物を畑周辺や林内に投棄している例も少なくない。つまり里山はクマにとって餌が豊富で人がいない絶好の環境に変わってきたのだ。

回復する里山林

軽井沢の別荘地で1972年に起きた「浅間山荘事件」を覚えているだろうか。連合赤軍が人質をとって立てこもり、機動隊と銃撃戦になり死者3人と重軽傷者27人を出した。たまたまその周辺の森林の変遷を観察してきてきた。

当時の記録映像をみると、浅間山荘付近は薪炭用に伐られて斜面に細い二次林がまばらに生えているだけだ。山荘は急斜面に孤立していて、取り囲んだ機動隊が隠れる茂みもほとんど見当たらない。事件から45年たった現在、伐採されなくなった付近一帯は樹高が20メートルにもなるコナラが主体の雑木林で被われている。秋にはドングリやクリが降り注ぎ、最近ではクマが姿を見せるようになった。こんな森林の復活が各地で進んでいる。

クマの研究者らで組織する「日本クマネットワーク」(JBN)は、2000年以降クマの分布域が拡大して、人間の生活圏のぎりぎりまで広がった地域もあると報告している。東京都や京都府や兵庫県では、大量出没年には森林地域の端まで行動範囲を拡大しているという。

北アルプス山麓で捕獲されたツキノワグマ。発信器を装着して追跡していた個体だ(写真提供=NPO法人 信州ツキノワグマ研究会)

動物も被害者

これまで述べたように、野生動物による被害の多くは人が招いたものだ。天然林を大量伐採して植林し、それを放置して手入れを怠った。それにも関わらず、シカやクマが里にでてくれば、有害獣の汚名を着せられて、即射殺という人間の論理が優先してきた。

乗鞍岳畳平で人身事故を起こしたツキノワグマ。この写真が撮影された直後、人間に被害を与えたため、銃殺された(写真提供=NPO法人 信州ツキノワグマ研究会)

このまま鳥獣害対策が押し進められれば、かつては北海道でエゾシカを絶滅寸前まで追い込んだり、九州でツキノワグマを絶滅させたりといった例が示すように、野生動物は存亡の危険にさらされる。被害のみが強調されて、野生動物の保全や管理は二の次になってないだろうか。

放置された農地や林地の問題は深刻だが、一方で天然林の回復も著しい。産業としての林業がほぼ崩壊して、伐採量が減りつづけているからだ。天然林の面積は過去30年間ほとんど変わっていないのに、木の生長量を体積で表した「森林の蓄積」は、毎年8600万立法メートルも増加している。在来工法で100平方メートルの木造住宅を建てるとしたら、430万戸分にも相当する。

1980年代から森林保護や生物多様性保全の意識が高まり、国内外での植林活動もNGOや企業の社会貢献として定着してきた。里山復活も天然林樹種の植林も大賛成だが、そこから追い払われた野生動物たちも、自然の回復とともに復権を狙っていることを忘れてはならない。

イラスト作成=井塚剛
写真協力=NPO法人 信州ツキノワグマ研究会

バナー写真=牛舎に浸入する母子グマ。畜産の現場では、クマによる被害が多発している。長野県塩尻市で(写真提供=NPO法人 信州ツキノワグマ研究会)

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  • [2017.05.24]

環境ジャーナリスト・環境学者。朝日新聞社編集委員を経て、国連環境計画(UNEP)上級顧問(ナイロビ、バンコク)、東京大学大学院教授、ザンビア特命全権大使、北海道大学大学院教授などを歴任。この間、国際協力機構(JICA)参与、東中欧環境センター理事(ブタペスト)、日本野鳥の会理事などを兼務。主著に『地球環境報告』『キリマンジャロの雪が消えていく』『名作の中の地球環境史』(岩波書店)、『私の地球遍歴―環境破壊の現場を求めて』(講談社)、『鉄条網の歴史』『感染症の世界史』(洋泉社)など。

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