2014年に逝った人たち
[2014.12.31]

高倉健さん、山口淑子さん、土井たか子さん、小野田寛郎さん…。この1年に亡くなった著名人の足跡を振り返る。

1月3日

やしきたかじんさん(64)=歌手、タレント

大阪市出身。大学在学中に歌手をめざし、弾き語りや作曲活動を開始。「やっぱすきやねん」(1986年)、「なめとんか」(90年)など、高く澄んだ甘い歌声のバラードでヒットを飛ばす。一方で、歯に衣着せぬストレートな発言で、関西ではテレビ・ラジオのパーソナリティとして抜群の人気を誇り、「関西の視聴率男」との異名があった。2012年に「食道がん治療のため」芸能活動を中止。13年に一時復帰したものの、再び休養していた。

1月11日

淡路恵子さん(80)=女優

東京都出身。1948年に松竹歌劇団入りし、49年の映画「野良犬」(黒沢明監督)で銀幕デビュー。57年、田中絹代らと共演した映画「太夫さんより 女体は哀しく」でブルーリボン賞助演女優賞を受賞。森繁久弥ら主演の喜劇「駅前シリーズ」「社長シリーズ」では、小悪魔的なキャラクターが評判をよんだ。66年に萬屋錦之介と結婚し、引退。離婚後の87年に復帰し、山田洋次監督の「男はつらいよ」シリーズにも出演した。

1月16日

軍刀を手に、戦友の小塚金七さんとの最後の別れにジャパニーズ・ヒルに向かう小野田寛郎元少尉=1974年、フィリピン・ルバング島(時事)

小野田寛郎さん(91)=フィリピンの山中で29年間過ごした元日本兵

和歌山県生まれ。1942年に入隊し、情報将校を要請する陸軍中野学校へ。44年に派遣されたフィリピンで、敗退後も現地に残って情報収集を続ける命令を受けていたため、ルバング島の山中で生活を続け、74年にフィリピン軍に投降。51歳で再び祖国の土を踏んだ。その後結婚し、ブラジルで牧場を経営。日本では、次世代に自然との付き合い方を教える「小野田自然塾」を運営するほか、講演活動を続けた。

1月23日

小林カツ代さん(76)=料理研究家

大阪府生まれ。専業主婦だった20代のころ、テレビのワイドショーへの投書がきっかけで、番組で料理を披露。これが評判となり、料理研究家としての活動を始め、生涯で200冊を超える料理本、エッセーを著した。簡単ではあるものの、手抜きではない家庭料理を全国のお茶の間に紹介。きさくな人柄が人気となった。2005年にくも膜下出血を発症し、一線を退いていた。

2月28日

まど・みちおさん(104)=詩人

童謡「ぞうさん」の作詞で知られる。山口県出身。雑誌「コドモノクニ」に投稿した童謡が北原白秋に認められ、デビュー。戦後はNHKラジオで1952年に放送された「ぞうさん」(作曲・団伊玖磨)が国民的愛唱歌になったほか、「やぎさんゆうびん」「ふしぎなポケッット」などの歌詞を手がけた。1992年には皇后さまの選・英訳による「どうぶつたち」(The Animals)が日米両国で出版。94年には日本人として初めて、“児童文学のノーベル賞”とも言われる国際アンデルセン賞を受賞した。

4月30日

渡辺淳一さん(80)=作家

「ひとひらの雪」「失楽園」など、男女の愛と性をテーマにした作品で知られるベストセラー作家。北海道出身。札幌医大整形外科講師を務めながら小説を執筆していたが、1969年に同大の和田心臓移植事件を題材にした「小説・心臓移植」を発表し、辞職して上京。70年に寺内正毅(元首相)をモデルにしたとされる「光と影」で直木賞を受賞。1995年から96年にかけ日本経済新聞に連載された「失楽園」は不倫を題材とし、一般の新聞小説にはこれまで例のない性描写があり、社会的にも話題となった。

5月18日

放駒・日本相撲協会前理事長(66)=元大関・魁傑

本名:西森輝門さん。日本相撲協会理事長として八百長問題など相次ぐ不祥事に対処し、角界改革に尽力した。山口県出身。日本大学中退して花籠部屋に入門し、1966年に初土俵。小結だった74年九州場所で初の幕内優勝を果たし、75年に大関昇進。一度は大関から陥落したが77年に復帰し、79年引退後は放駒部屋を創設。横綱・大乃国(現・芝田山親方)を育てた。現役時代は誠実な人柄と土俵態度で「クリーン魁傑」と称された。

6月8日

桂宮宜仁親王殿下(66)

昭和天皇の弟である三笠宮さま(99)の次男。天皇陛下のいとこにあたる。学習院大学法学部卒業後、オーストラリア国立大学大学院に2年間留学。帰国後は1974年から85年まで、NHKに嘱託で勤務した。1988年に三笠宮家を出て桂宮家を創立。心臓に持病があり、近年は入退院を繰り返していた。

7月28日

水島広雄さん(102)=元そごう会長

大手百貨店「そごう」(現そごう・西武)のトップに40年君臨し、拡大路線で業界トップに押し上げた一方、後に過剰投資で経営破たんを招いた。1936年に中央大学を卒業し、日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)に入行。中大などで教壇にも立ち、法学博士号を受けた。58年にそごうに移り、62年に社長。3店だった店舗を30店までに拡大し「そごうの天皇」とまで呼ばれた。しかしバブル崩壊後は経営不振に陥り、そごうは2000年7月に民事再生法適用を申請した。銀行が申し立てた差し押さえを逃れるため、自分名義の預金を引き出したとする強制執行妨害罪に問われ、06年に有罪が確定した。

8月16日

木田 元さん(85)=哲学者

ドイツの哲学者ハイデガー研究の第一人者。中央大名誉教授。新潟市生まれ。海軍兵学校時代に終戦を迎え、闇市の手伝いなどをしたのちに父の郷里、山形県へ。県立農林専門学校時代に哲学を志し、卒業後に東北大学で学んだ。中央大文学部哲学科教授を長く務め、ハイデガーの研究で知られるほか、メルロ=ポンティら現代西洋哲学の主要な著作を和訳した。

9月6日

山口洋子さん(77)=作詞家、作家

名古屋市出身。東映ニューフェイス4期生に選ばれたが、早々と女優をあきらめて19歳で東京・銀座にクラブ「姫」を開店。映画スターやプロ野球選手、作家らが顧客となる高級店に育てる一方、作詞活動では「よこはま・たそがれ」「夜空」「うそ」「長崎から船に乗って」「ブランデーグラス」など、1970年代に歌謡曲でヒットを連発した。80年代には小説・エッセーを多く手がけ、85年に「演歌の虫」「老梅」で直木賞を受賞した。

9月7日

山口淑子さん(94)=元女優、参院議員

本名:大鷹淑子さん。中国生まれ。1938年、日本人でありながら中国人女優で歌手の「李香蘭」として映画デビューし、日本や満州で人気者に。歌手としても「夜来香(イエライシャン)」「蘇州夜曲(そしゅうやきょく)」などがヒットした。終戦直後、日本に協力した日本人として中国で裁判にかけられたが、日本人であることが証明されて国外退去処分を受けた。戦後は山口淑子の名で芸能活動を行うほか、74年には参院選に自民党から出馬し、全国区で当選。3期18年で環境政務次官などを務め、政界引退後は元従軍慰安婦に「償い事業」を行う「アジア女性基金」の呼びかけ人と副理事長を務めた。

参議院に初登院する大鷹淑子(山口淑子)議員=1974年7月24日(時事)

9月10日

久米豊さん(93)=日産自動車元社長・会長

東京大学卒業後、終戦翌年の1946年に日産に入社。85年に社長に就任し、88年に「シーマ」を発売。バブル絶頂期の高級車ブームの火付け役となり、「シーマ現象」という流行語も生まれた。90年に日本自動車工業会会長に就任し、日米自動車摩擦が先鋭化する中、米メーカーとの交渉で前面に立ち、対米輸出の自主規制基準をまとめあげた。92年には日産会長となり、経団連副会長も務めた。

9月18日

宇沢弘文さん(86)=経済学者

東京大学名誉教授。数理経済学の分野で多くの実績を上げる一方、公害や社会問題を論じて社会に大きな影響を与えた。鳥取県米子市出身。東京大学理学部で数学を専攻。経済学に転じて1956年に渡米し、シカゴ大教授を経て68年に帰国。74年に刊行した「自動車の社会的費用」がベストセラーとなったほか、成田空港問題の紛争解決に関わったり、地球温暖化問題でも発言を続けた。97年、文化勲章受章。

9月20日

土井たか子さん(85)=元社民党党首、衆院議長

1993年の細川連立政権発足時、女性として憲政史上初の衆院議長に就任した。神戸市生まれ。同志社大学講師(憲法学)の69年、社会党から衆院旧兵庫2区から出馬して初当選。86年に党委員長に就任し、リクルート事件や消費税が争点となった89年の参院選では「土井ブーム」を起こした。改選分では自民党を上回る議席を獲得して与野党逆転を果たし、「山が動いた」の名セリフを生んだ。社民党でも党首を務めたが、2005年の衆院選で議席を失い引退した。

第15回参院選で社会党の議席を倍増させ、バラを両手に満面の笑みの土井たか子委員長=1989年7月23日(時事)

10月2日

坂本義和さん(87)=国際政治学者

東京大学名誉教授。日本を代表する国際政治学者で、中立論を掲げて戦後の平和論をけん引した。1927年、米ロサンゼルス生まれ。東京大学法学部卒。59年に雑誌『世界』に論文「中立日本の防衛構想」を発表、中立の立場で国連軍の駐留を要請すべきだと主張して注目された。64年、東京大学教授に。パワーポリティクス理論を超えて、国際社会の非軍事化を軸にする「世界秩序構想」理論を体系化した。

10月31日

本島等さん(92)=元長崎市長

長崎市長在任中の1988年、市議会の答弁で「(昭和)天皇に戦争責任はあると思う」と発言。90年1月、発言に反発した右翼団体幹部に銃撃され重傷を負った。1922年、長崎県・五島列島生まれ。旧制高校在学中に徴兵され、1年4か月の軍隊経験の後に終戦。戦後は高校教師を経て長崎県議会議員を5期20年務め、自民党長崎県連幹事長などを歴任。長崎市長は79年に初当選し、95年まで連続4期務めた。市議会での発言当時、昭和天皇は重病で、撤回要求なども起きたが、本島さんは「天皇についての自由な発言ができずして、日本の民主主義の発展は期待できない」などと自身の立場を貫いた。

11月10日

高倉健さん(83)=俳優

「幸福の黄色いハンカチ」「鉄道員(ぽっぽや)」などの名作に主演した、日本映画史上に残るスター。福岡県出身。明治大学卒業後にスカウトされ、1955年に東映ニューフェイス第2期生として入社。60年代からは任侠映画を中心に活躍し、「日本侠客伝」、「網走番外地」、「昭和残侠伝」シリーズなどが爆発的にヒットして看板スターとなった。76年にフリーに転向。「ブラック・レイン」、「単騎、千里を走る。」など海外の作品にも多く出演した。2012年公開の、205本目の出演作「あなたへ」が遺作となった。2013年に文化勲章受章。

11月13日

貝原俊民さん(81)=前兵庫県知事

阪神淡路大震災(1995年1月)発生時の兵庫県知事で、復旧・復興に尽力した。佐賀県生まれ。東大法学部卒業後、1957年に旧自治庁(現・総務省)入り、70年に兵庫県に出向し、副知事などを経て、86年に知事初当選。3期目に阪神大震災に遭い、4期目途中の2001年に「震災犠牲者に責任をとりたい」と辞任した。公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構特別顧問を務めていたが、乗っていた乗用車が神戸市内で事故に巻き込まれ、腹部を強く打って死亡した。

11月28日

映画「トラック野郎 御意見無用」(1975年)の菅原文太さん(左)と共演の愛川欽也さん=東映提供(時事)

菅原文太さん(81)=俳優

映画「仁義なき戦い」、「トラック野郎」シリーズに主演した人気スター。仙台市生まれ。早稲田大中退後、雑誌モデルとして活躍した後、1858年に新東宝入社。松竹を経て東映に移籍し、広島の暴力団抗争をリアルに描いた実録路線の「仁義なき戦い」(1973年、深作欣二監督)が大ヒットしてトップスターに。「トラック野郎」では、乱暴者だが情にも厚い主人公、桃次郎をコミカルに演じた。私生活では2009年に山梨県で農業生産法人を設立し、有機農業に傾倒。11年の福島第一原発事故後は「脱原発」の立場で発言を続けた。

11月30日

呉清源さん(100)=囲碁棋士

「昭和の棋聖」とも称され、戦前戦後を通じて日本囲碁界に大きな足跡を残した。中国福建省生まれ。1928年に14歳で来日し、33年に5段に昇段。このころから木谷實とともに「新布石」を考案して注目を浴びる。戦前から始まった「十番碁」では、当時のトップ棋士と対戦。故坂田栄男氏らを次々と破り、実力日本一といわれた。36年に日本国籍を取得、戦後に国籍を失ったが、79年に再び日本国籍を取得した。

タイトル写真:映画「あなたへ」の完成披露試写会に出席した主演の高倉健さん(右)と田中裕子さん=2012年8月21日、東京都千代田区(時事)

  • [2014.12.31]
この記事につけられたタグ:
関連記事
その他のコラム

関連記事

ピックアップ動画

最新の特集

バナーエリア2
  • nippon.comコラム
  • in the news
  • シンポジウム報告