特集 新時代の日本の成長戦略
国際競争力の観点から見た日本の農業再生

道本 裕【Profile】

[2012.06.14] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | FRANÇAIS | ESPAÑOL | العربية |

TPP参加交渉の是非をめぐり、日本の農業の国際競争力が議論の的となっている。農業再生のために、今どのような取り組みが求められているのだろうか。米の生産を中心に問題と課題を浮き彫りにする。

問題は輸入過多ではなく輸出極少

今日、世界の至る所で日本食が受け入れられ、評価を受けている。しかし、それを支えてきたはずの日本の農業や漁業の話を海外で聞くことは、専門家でもなければまずない。日本人以外に全くと言ってよいほど知られていない。

多くの問題を抱えると言われる日本の農業や漁業であるが、輸出入の動向を見ると問題の本質が分かりやすい。例えば、農業の輸出額はわずか30億ドルであり、他の主要国と比べて極端に少ないことが分かる(図参照)。

ところが、国内で農業の話になると、この輸出のことはほとんど無視され、輸入ばかりが議論される。「日本は世界一の食糧輸入国」、「海外に食料の大半を依存している」、だからこそ、「米の自由化反対」、「農業は衰退産業だから保護をしなければならない」という議論である。

純輸入額(輸入額-輸出額)は確かに世界一と言えるが、輸入、輸出それぞれに見ると違った姿になる。輸入額は世界5位であるが、これを人口1人当たりで見ると、1位イギリス880ドル、続いてドイツ851ドル、フランス722ドル。日本は360ドルで、フランスのほぼ半分、米国の244ドルと比較しても大きな差はなく、日本は輸入が多いとは決して言えない。結局、輸出が30億ドルと極端に少ないことが問題なのである。実は1965年頃までの欧州先進国の輸出額は日本とほぼ同レベルであった。その後50年で、イギリスは200億ドル、ドイツは420億ドルも増やしたのに対し、日本はわずか27億ドルしか増やすことができなかった。すなわち、日本の農業は国内顧客に依存し海外顧客開拓を全くしなかったのである。

この背景には、日本の農業政策が深く関わっている。農業政策の柱として、稲作農家対策に重点をおいたことや、米の高価格を維持するために減反政策を続けてきたことが、結果として、農業の衰退をもたらしたと言っても過言ではない。以下、その点について触れる。

日本の農業政策がもたらした弊害

(1)低生産性の稲作兼業農家の温存

1つ目は、稲作農家対策により、結局、生産性の低い兼業農家が恩恵を受け、農業を主業として取り組んできたプロ農家に十分な支援ができなかったことである。

今、基本的なデータで稲作農家の現状をみると、野菜・果実・畜産などの他の農家と様子が異なることが分かる。このことは、野菜・果実・畜産の市場は開放されているが、稲作は厚い保護を受けてきたことと無関係ではない。

  • 農家の6割は稲作農家。
  • 稲作の生産量は全体の22%。
  • 稲作農家の売上金額(中位数)は140万円と低い。(野菜670万円、果実300万円、畜産150万円)
  • 稲作は兼業農家比率61%と極めて高い。(他は20~35%)
  • 稲作は平均年齢66.6歳と最も高い。

これらの事実から、「稲作農家は、売上が少なく(生活が苦しい)、高齢化が深刻で後継者がいない」とよく言われるが、実態は必ずしもそうではない。

稲作農家の6割を占める兼業農家の多くは、実は、役所、農協、工場などに勤めており、安定した農業外収入を得ている層である。

さらに、サラリーマンや公務員は60歳か65歳で定年があるが、農業には定年がない。この層が農業外の仕事を退職すると、趣味の範囲で行っていた農業を続けるので、統計上は専業農家になる。従って、確実に高齢化する。この層が1割ほどいると言われている。また、専業農家には、農家出身のサラリーマンや公務員であるが、在職中は農業をやらずに、定年後に実家で趣味の農業を始める層が1割ほどいる。この層は近年増加傾向にある。

結局、残り2割が、農業を主業として取り組んできたプロ農家である。残りの8割の多くは、売上が少なく生活が苦しいとか、高齢化が深刻というイメージではなく、まして、後継者がいないのではなく後継者が必要ないというのが実態である。

リタイア後の趣味として農業を始める場合、あるいは、働きながら農業を行う場合、稲作が選ばれるのは、他の農作物と異なり、労働投入時間が平均で年間45時間と少なくて済むからである。

日本の農業政策では、巨額の予算が注ぎ込まれたことが、かえって、稲作の小規模な兼業農家を温存し、プロ農家の競争力を高めるということにならなかったのである。

(2)増大した農地の荒廃 

2つ目は、農地の荒廃を増大させたことである。

農地の耕作放棄地は、2010年には39万ヘクタールと実に東京都の2倍の面積に達している。しかも、その約25%は農業に適した平地の農地でありながら耕作放棄地となった分である。その主たる原因は、日本の農業政策の柱である減反政策にある。

わが国は1970年から、米の消費量が減少を続ける中、高価格維持を図るため減反政策を続けている。減反政策は、減反に協力した休耕田もしくは転作した田の面積に対して補助金を支払うという制度で、毎年2000億円の累計7兆円以上の補助金が投入されている。この制度で積み上がった休耕田のうち、畑作等に転作されない場合はその後、耕作放棄地となってしまうのである。

減反政策の悪影響はそれだけではない。前節で見た、稲作農家の特徴である、「生産性の低い兼業農家が多く、プロ農家である主業農家の割合が少ない」という構造を温存させる主な原因でもあった。高米価政策を採ったことで、これら零細の兼業農家は、週末だけの農作業で作れる米が高値で売れるため、兼業農家が農地を手放すはずがなく、それにより、主業農家の規模拡大は進まず、米を専門にしてもコストが下がらないので所得もそれほど上がらないという悪循環に陥った。この減反政策は、導入当時、各地で波紋を呼んだ。なかでも、すでに高い生産性を誇っていた秋田県大潟村や新潟県の一部の産地での抵抗運動は有名である。減反に協力して得られる補助金よりも、協力しない方が高い所得を得られたからである。この例からも、減反政策が規模拡大という生産性向上を阻害する方向に寄与しているのは明らかと言える。

しかし、この政策で最も損をしているのは国民である。減反政策はいわゆる“カルテル”であり、高い米を買うという負担、減反補助金の財政負担という2つの負担を強いられているのである。

農林水産省は、このような批判をかわす狙いもあり、2004年に法改正を行い、減反政策を生産調整に変更した。補助金を、減反面積を基準とする方法から、生産調整数量を基準に変えたのだ。しかし、その本質である高価格維持という目的は何ら変わらず、減反政策で見られた悪弊はそのまま残ったままである。

耕作放棄地が増えた原因として、農地には相続税、固定資産税の優遇措置が認められているなど、保有コストが低いということがある。もともと、相続税や固定資産税の優遇措置は、それらが払えないなどの理由で農地が飛び地になり、生産効率が低下することを防ぐという目的であったが、残念ながらそれらの優遇措置は、結局、耕作放棄地を増やすインセンティブになってしまったのである。相続税、固定資産税は、登記上の地目が農地であれば、農業の実態がなくても農地としての優遇措置を受けることができる。そのことを悪用して、耕作放棄地も登記上は農地のままとしておくのである。

農業再生に向けて

日本国内は、少子高齢化や食の意識変化などで国内消費量が今後も逓減する。そのような中、農業が再生するためには、国際競争力を持つために「農業の生産性向上」というテーマへの抜本的な取り組みが要求される。

第1に、今温存されている「非効率性からの脱却」である。特に稲作の兼業農家が多いという非効率な構造が稲作の規模拡大を阻害していることや、耕作放棄地の増加などが農地の効率化を阻害しているという問題に抜本的に取り組むことが必要になる。具体的には、「減反政策」や「低い農地保有コスト」への処方箋を作ることである。

第2に、「企業活力の活用」である。実は数年前から、農水省も農業への企業の参入を促すためのいくつかの施策を講じている。しかしながら、今なお制約が多く残っており、企業側も本腰を入れて農業に取り組むという状況にはない。

以下、この2つの観点から検討する。

(1)非効率性からの脱却――減反政策廃止

減反政策(現在は生産調整)は、高価格維持のための“カルテル”であり、これを廃止して市場価格での取引とする。そのとき、非効率性を温存する稲作の兼業農家では、(1)採算を度外視して稲作を続ける、(2)転作をする、(3)採算が合わないので農業を止める(自家消費分だけ生産するという生産縮小の場合も含む)、(4)より生産性の高いプロ農家に土地をリースするという4つの選択肢が考えられる。

(1)を選択すると、当然市場価格は下がるので国民は今より安価な米を食べられるというメリットを享受できる。反面、生産性の低い兼業農家は継続的に事業を行うことが困難であり、いずれは別の選択肢を考えることになる。(2)の畑作などへの転作では、稲作より労働投入が多くなるというネックがあるので、結局、(3)か(4)へのインセンティブが働く。ただし、(3)の場合、農地の保有コストが安いままであると耕作放棄地の温床となるため、今生じている問題を助長するだけとなる。そこで、農業を止めた土地に対しては、農地評価が残るのではなく、宅地並課税が可能となるような制度変更や税徴収の運用の強化をしっかりと行うことが肝要となる。

民主党政権に替わり、戸別補償制度が導入された。この戸別補償制度自体は、市場での競争力強化を目的とした政策であり、国際的にも一般的にも用いられている方法である。しかし、今の政策では、米の減反政策も戸別補償制度の支給要件として残っているところに問題がある。戸別補償制度は、もともと減反政策を止めて米の販売価格が下がっても、農家にとっては戸別補償が上乗せされ、実質的に高米価を維持した場合と同じ効果がある、すなわち、農業保護を維持しながら米価を下げることが本来の趣旨であった。こうして価格競争力が高まると、たとえ環太平洋パートナーシップ(TPP)協定参加ということになっても、品質の高い日本の米は国際競争に勝ちうるというものであった。

なお、今の米の戸別補償制度は次のように生産調整(減反政策)と転作を支払用件としている(2012年からは畑作への戸別補償制度も追加)。

  • 米の戸別補償制度: (生産調整に協力し)米を生産した面積に対して補助金支給
  • 水田利活用事業: 水田を転作した面積に対して補助金支給

今のように国の財政状況が厳しい中では、農家を一律に支給対象として戸別補償をばらまくというのではなく、一定規模以上の農地で営農する者に限定することや、規模の拡大という生産性の向上に寄与する場合に補償するというような支給基準で、戸別補償制度を変えていくことが求められる。

(2)企業活力の活用

農林水産省は、低迷する農業を活性化することを目的として、2009年に、「農地法改正」、「農地保有合理化事業」を行った。

(a)農地法による参入障壁

2009年の農地法改正では、異業種企業の農業参入要件が緩和された。農業生産法人への出資は25%まで可能となり、農地リース方式での参入も制限はなくなった。しかし、企業の農業参入へのハードルは依然として高く、実際に農業生産法人に出資している企業からは、「25%以下という出資制限により経営権が持てず、本腰を入れにくい」という声が多い。

また、農地リース方式では、依然として「契約更新のリスク」、「優良農地の確保が難しいこと」が課題として挙げられている。異業種企業の参入は、次代を担う若手後継者育成に一役買うことも期待できるため、出資制限をなくすなど、農業に意欲的な企業の参入をさらに促す必要がある。

(b)農地集約政策の課題

2009年、耕作放棄地問題の対策として、農地の売買や売買仲介業務を行う農業保有合理化事業への取り組みが行われた。事業主体となる農業保有合理化法人は地方自治体と農協に限られ、全国47ヵ所の「都道府県農業公社」、160ヵ所の「円滑化団体」(「旧市町村農業公社」)、380ヵ所の農協である。この施策は2009年の1年限りであったこともあるが、業務は低調に推移している。たくさんの組織が設立されたが、民間企業を対象外としたことから、組織を作っても利権と予算だけを狙ったとの批判だけが残っている。

耕作放棄地は今後も拡大する大きな問題である。今こそ、民間企業に開放し、不動産売買・管理ノウハウを活用すべきであろう。

(3)TPP参加交渉はラストチャンス?

2011年11月、日本はTPP交渉に参加することを発表した。TPP参加の是非について、国内では様々な議論がなされているが、最も影響を受けるのは農業だと言われる。TPPの影響は間違いなくあるであろうが、日本の農業が競争力を高めるためには避けて通れない道である。

TPP参入となるには、交渉に時間がかかることや関税の撤廃に至るまでには猶予期間があることを考慮すると、少なくとも10年程度の時間がある。その間に、何をすべきかが重要であり、今の非効率な状態を“ただ維持する”ということだけは避けなければならない。

本稿では、その取り組みとして、米の減反政策の転換や農家への優遇措置のあり方、さらに企業参入の障壁の撤廃と企業活力の活用について述べてきた。これらの施策を具体化していくならば、TPP完全実施までの猶予期間の約10年間は、十分とは言えないまでも決して無理な時間ではない。そういった取り組みをしなければ、TPP体制に組み込まれる以前に、日本の農業は崩壊するという主張が現実味を帯びてくる。 

TPP参入交渉はそのことを真剣に考えるラストチャンスと言っても過言ではない。

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  • [2012.06.14]

東京工業大学大学院修士課程修了。理学修士。三和銀行(現、三菱東京UFJ銀行)入社。関西社会経済研究所出向、三菱UFJフィナンシャル・グループ出向を経て、2011年より国際公共政策研究センター主任研究員。専門はマクロ経済分析。

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