特集 日本の新政治勢力の研究
無党派層のこれまでと現在

田中 愛治【Profile】

[2012.07.18] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 | العربية |

最近、国政選挙のたびにその投票行動が注目される「無党派層」。特定の支持政党をもたない有権者である彼らは、どのように拡大し、現在の政治にどう影響しているのだろうか。投票行動に詳しい早稲田大学の田中愛治教授が解説する。

はじめに――日本における無党派層の存在――

「無党派層」という言葉が日本の一般の人々の間に広まったのは、1995年のことであるが、それ以前から「無党派層」という言葉は存在していた。無党派層の定義は「政党支持を持たない有権者層」のことであるが、そのような有権者層がいることは日本でも1970年代から指摘され、「政党支持なし層」という表現が使われていた。

また国際的に見ても、アメリカにおける投票行動研究者の間では1960年代からその存在は指摘されており、”independent voters”という表現で学術的には広く知られていた。アメリカにおいては、それまで6%程度であった無党派層が、1966年以降に急増し、1970年代の初頭には20%台になっていった。ちょうどその頃アメリカで学生運動(student movement) が拡大して行く過程と一致するように無党派層は増加し、1970年代の半ばには、無党派層が35%程度になっていた。その後は若干の増減はあるが、概ね無党派層(independent voters)が約35%、民主党支持層(the Democrats)が35%前後、共和党支持層(the Republicans)が25%程度で推移してきた。

日本においても同様に、1960年代には無党派層は6%程度であったが、学生運動の広がりの後の政治への虚無感が若者に広がった1970年代になると、無党派層は急に増加し20%台になる。その後も徐々に増え続け、1990年代の初頭には無党派層は35%に達していた。この時点で、日本の無党派層の規模はアメリカの無党派層の規模とほぼ同じになったのであるが、その後は日本だけが特異なほどに大きな無党派層の増加を示したのである。

本稿では、読売新聞世論調査部の協力を得て筆者が分析してきた読売新聞の世論調査データを基に無党派層の増大の過程を論じたい。読売新聞の世論調査は1948年から始まるが、「支持政党なし」(無党派)かを聞き始めたのは1962年からである。そこで、1962年から2012年6月までの読売新聞の世論調査データによって、無党派層や自民党・民主党などの各党の支持層の増減をグラフにしてみた(図1参照)。図1では、無党派層の増加がはっきりわかるように、グラフの基底部に無党派層を配置した。

このグラフから以下のようなパターンが見てとれる。日本において無党派層が急激に増加し始めるのは、最初は1960年代末から70年代初めにかけてであり、次に急増するのは1990年代初頭である。このグラフから明らかなように、無党派層は1960年代中頃まで1ケタ台であったのが、1970年から20%台になった。この70年代に急増した結果、それまでの伝統的な無党派層の約10%のほかに、15%程度の無党派層が上乗せされたと考えられる。その後もさらに無党派層は漸増し、90年代初頭には約35%にまで膨らみ、93年に自民党が分裂した後に自民党が下野した政権交代(細川護煕内閣の誕生)以降には急増して、1995年1月には50%に達することになる。

この無党派層の増加傾向をもう少し詳しく見るために、各政党の支持層と無党派層の比率の変化を折れ線グラフで示した(図2参照)。図2では、緑色の線で自民党の支持率を表し、青色の線が無党派層の比率を示しており、オレンジ色の線は社会党と共産党の合計である。水色の線は中道政党(公明党と民社党)合計の支持率である。紫色の線は、保守系新党の合計で、新自由クラブ、日本新党、新党さきがけ、新生党、新進党などへの支持の合計であった。1996年から出現するあずき色の線が民主党への支持率である。

図2を見ると、1960~70年代は自民党の支持率が下がれば社会党の支持率が上がるという関係だったが、1993年以降は自民党の支持率が下がれば無党派層の比率が上がるという自民党対無党派層が緊張関係を持つようになる。無党派層が増加するのは、1974年に田中角栄首相が金権問題で辞任した時、89年のリクルート事件、93年の金丸金権問題と自民党分裂の時などである。これらはいずれもスキャンダル等で自民党政権への国民の批判が高まった時期である。すなわち、無党派層は、無関心層を別にすれば、政治に対する不信感が強まった有権者層がどの政党も支持しなくなることによって増加している。

この傾向は現在も続いており、2005年に小泉首相が郵政改革選挙で自民党の支持率を引き上げると無党派層は減り、その後2009年に民主党政権が誕生するまで、国民が政党に期待をしている時期は無党派層が減少する。2006年9月の小泉首相の退陣後に無党派層と綱引きをして緊張関係にあったのは、自民党ではなく民主党になっていたことが図2から推測される。しかし、鳩山内閣の執政上の失敗と、菅内閣の東日本大震災後の復興の遅れと福島原発事故後の処理の不手際などにより、再び無党派層が増加した。2007年頃からは無党派層が減ると民主党支持層が増え、2009年以降は民主党支持層が減ると無党派層が増加するというパターンになっている。

無党派層の3類型

無党派層は、上述のようなパターンで増加してきたが、その増加した時期によって異なる特徴を持つと考えられる。無党派層は、既に述べたように、1970年代初頭と、1993年前後と2度にわたって急増しており、その度に新たなタイプの無党派層を加えてきたと考えられるので、3つに分類できる。(1)政治的無関心層(約15%)は、政治的関心が低いために政党支持も持たず、教育程度も低く新聞なども読まない無党派層で、1960年代の無党派層は全てこのタイプだったと思われる。(2)政党拒否層(約20%)は「どの政党も支持しまい」と考え、選挙毎にどの政党が最も良いかを考える政治的関心の高い層だが、1970年代から現れ、その層が90年代初頭には約20%になった(91年には20.7%)。(3)脱政党層(約15%)とは、それまでの政党支持を捨てて無党派になった層であり、1993年以降95年までに急増し約15%(13.7%)になった。このように、無党派層は、実は3種類の類型(タイプ)に分類でき、それらの合計で約50%であった(表参照)。

表 3つの有権者層の関心領域

  (a)政党支持層 (b)積極的無党派層 ((2)+(3)) (c)消極的無党派層 (1)
有権者中の比率 約45% 約35% 約15%
国際的争点――「グローバルな視点」
世界の民族紛争 関心あり 関心高い なし
中長期の経済業績 関心あり 関心高い なし
日本経済の国際競争力 関心あり 関心高い なし
国内的争点――「永田町の視点」
自民党総裁選 関心高い 低い なし
自公保連立 関心高い 低い なし
派閥の戦略 関心高い 低い なし
細かい政策内容  関心高い 低い なし
地域・生活関連争点――「脱物質的価値観の視点」
環境問題 関心低い 関心高い なし
保育園の整備 関心低い 関心高い なし
公園の整備 関心低い 関心高い なし

これら3つのタイプの無党派層のうち、(1)の政治的無関心層は政治に消極的であるから「消極的無党派層」と呼び、(2)の政党拒否層と(3)の脱政党層はともに政治的関心が高いので、これらを併せて「積極的無党派層」と呼ぶことができるだろう。この消極的無党派層と積極的無党派層を区別して、さらに政党支持層と対比すると、これら3つの有権者の意識をかなり明確に捉えることができる。

そこで有権者を 「(a)政党支持層」「(b)積極的無党派層」「(c)消極的無党派層」の3つに分けて見ると、「(b)積極的無党派層」の特徴が明らかになる。第1に、約35%にのぼる「(b)積極的無党派層」は教育程度が高く(大卒の比率が最も高い)、逆に「(c)消極的無党派層」がもっと教育程度が低い。第2に、「(b)積極的無党派層」は若い年齢層に多いが、「(a)政党支持層」の年齢は高い。第3に、「(c)消極的無党派層」は投票率が低く、ほとんど投票に行くことはない。つまり、積極的無党派は消極的無党派層とは対称的で、無党派層の中のこの2類型を区別しないと、実は政党の無党派戦略は成功し得ないのである。

さらに重要な点は「(b)積極的無党派層」が関心を示す政策領域である。表に「3つの有権者層の関心領域」を示したが、積極的無党派層の国際問題やマクロな視点での経済問題への関心は、政党支持層よりもずっと高い。同様に、環境問題や地域社会の問題など「生活の質」や「脱物質的価値観」に関わる問題についても、積極的無党派層の方が政党支持層よりも高い。しかし、永田町の話題になると積極的無党派層の関心は極度に低くなり、政党支持層よりずっと低くなっている。

ここに大きな落とし穴があり、政治家や政党のメンバーならびに政治記者など現実の日本政治に詳しい人々には、自分たちが「これこそが政治だ」と思っている永田町の現象に全く関心を示さない積極的無党派層を、政治的無関心と誤解してしまう傾向が高い。ところが、積極的無党派層は、日本経済が危機に直面した場合や、自分たちの住む地域社会の自然破壊などが進むと、投票所に足を運び、政党の側が予想できないような投票をするのである。

現在の無党派層

前節で述べた無党派層の3つのタイプの有権者の特徴は、1995年当時と現在では変わっているだろうか。1995年当時に「(3)脱政党層」であった有権者は当時既に政党支持を明確に持っていた有権者であるから、40歳代~60歳代であったと考えられる。当時から17年たった現在では、彼らは50歳代後半~70歳代後半になっている。そのうちの何%かの有権者は亡くなったかもしれない。もしくは投票に行かなくなった可能性もある。したがって、現在の無党派層の3類型は「(3)脱政党層」が徐々に減少して、逆に最初から特定の政党を支持することを拒否している「(2)政党拒否層」が増えていると考えられる。その理由は、「(1)無関心層」(伝統的無党派層)はいつの時代にも存在するので15%程度の規模は変化していないと考えられ、1995年当時に15%程度存在した「(3)脱政党層」が減少した分だけ、投票年齢に達して新たに有権者になる層が「(2)政党拒否層」になっていると考えられるからだ。いずれにしても、(2)と(3)の合計である積極的無党派層の規模は35%程度いると考えられる。

2012年に入ってから、無党派層の規模が53%とかつてないほどに増大しているが、その理由は有権者がどの政党にも失望して、特定の政党を支持することを拒否しはじめているからであろう。図2を詳しく見ると、2005年に自民党支持層の割合が無党派層を超え、2009年に民主党支持層の割合が無党派層を上回っているが、現在は無党派層が民主党と自民党の支持層を合わせたよりも多くなっている。

これまで大都会の若い無党派層、すなわち積極的な無党派層の心を肌で感じ取って、彼らを惹きつけた政治家としては、小泉純一郎・元首相と橋下徹・現大阪市長の2人を挙げることができるだろう。彼らの政治家としての資質を評価することは本稿の目的ではないので、それは他の方の議論に譲るが、この2人の政治家が大都会の若手で高学歴の有権者の感覚に突出して敏感であることは確かである。

今後、政党指導者ならびに政党に所属する政治家にとって重要なことは、自己の政党もしくはライバル政党の政党支持率が一時的に上昇したとしても、それは一過性が高いと考えるべきだという点である。1995年から今日まで、小泉首相のブームが来ると自民党が一時的に支持率を上昇させ、民主党による政権交代が期待されると民主党支持率が上昇したが、それらの現象は一時的なものであったと考えられる。日本では基本的に無党派層が潜在的には50%を超える規模になっており、今後も一時的にある政党が人気を博せば一時的に無党派層が減るかもしれないが、それは表面上の現象であって、無党派層が日本の有権者の50%以上存在しているという基本構造は変化してないと考えられるのである。

日本の政党が本格的に責任政党として国家のビジョンを語り、これから有権者になる青年層を惹きつけることが10年後にできるようになれば、その時には安定した政党支持層が増え、無党派層が減少することになるであろう。そのためには、各政党は責任政党として独自の国家ビジョンを示して、無党派層の有権者を惹きつける必要がある。

(2012年7月18日 記)

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  • [2012.07.18]

早稲田大学政治経済学部教授。専門は現代政治分析。早稲田大学政治経済学部卒業後、オハイオ州立大学大学院政治学研究科博士課程終了(Ph.D、政治学)。青山学院大学法学部教授を経て現職。主な著作に『政治過程論』(有斐閣、2000年、共著)、『現代日本の政治[新訂]』(放送大学教育振興会、2007年、共著)など。

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