特集 中国・習近平新政権が直面する国内問題
差別的な戸籍制度が阻む中国の社会的「セーフティネット」構築

阿古 智子【Profile】

[2012.10.17] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 |

今や世界第2位の経済大国となった中国だが、地域による大きな経済格差、そして都市への移住を制限する戸籍制度が、民主的なセーフティネットの構築を不可能にしている。

中国国民にとっての「安定」とは

ことし8月下旬、北京を訪れた際に会った中国人記者の友人が、ちょうど高度成長期から現在に至る日本社会の変化を論じる記事を書いていた。日本に留学経験のある彼は、筆者に次のように話した。「日本は財政悪化や人口減少で相当厳しい状況に追い込まれているようだが、中国と比べれば安定しているんじゃないか。町は清潔だし人は礼儀正しい。制度も整っていて首相が短い期間でころころ変わっても社会が混乱することはないしね」

その記者は普段、主に貧困や腐敗といった中国の暗い部分に焦点を当てているため、それらと比べれば、確かに日本はまだ安定しているように見えるのかもしれない。実際に9月の反日デモで見たような広範囲に及ぶ暴力行為など、いくら反中感情が高まっているとはいえ、日本では見られない。しかし、人口の規模や国土の広さ、文化的背景や国際的地位も異なる日本と中国では、それぞれの国民の「安定」に対する見方にも差が見られるのではないだろうか。

国民は当然、政府の整備するセーフティネット政策の内容に注目するが、それだけでなく、コミュニティーや家族といった社会・文化的要素にも影響を受けながら社会の「安定」「不安定」を捉えている。また、政策の立案や実施に際して、そうした国民の実質的な感覚をどのように捉えるかが、セーフティネットの機能強化の鍵を握るとも言えるのではないか。さらに、政権が国民の信を得て正統性を維持しているかどうかによっても、セーフティネットの在り方は異なるだろう。

差別的な戸籍制度に不満募らす「農民工」

言うまでもなく、経済格差が大きい社会におけるセーフティネットの構築は難しい。日本でも近年、非正規雇用や低所得者層の貧困問題が深刻化しているが、単純に数字で比較するなら中国の貧富の差の方が格段に大きい。中国・国家統計局のデータによると、2011年の都市部住民1人当たりの平均可処分所得は2万1810元(1元=約12円)で、農民1人当たりの純収入は6977元で格差は3.1倍だが、農民の所得には穀物など実物収入を含むため、実際の格差は5~6倍という見方もある。日本なら所得が最も低い沖縄県の平均年収が323万1600円で最高の東京との間に272万5400円の開きがあるが、それでも格差は1.8倍にすぎない(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」2012年)。

中国の豊かな地域と貧しい地域に特定して見れば、先進国と途上国ほどの差がある。実際に、農民の平均年収は大都市の標準的なサラリーマンの月収より低い。中国政府が悪名高い「戸籍制度」を廃止できないのはそうした大きな地域格差があるためだ。

戸籍制度は1950年代、重工業分野での資本蓄積を加速するため、農産物価格を抑え、都市住民の福利厚生を優遇すると共に、農村から都市への人口移動を規制する目的で導入された。都市戸籍を持つ者に対してのみ、食糧及びその他の消費財、住宅、仕事が分配され、農村戸籍を持つ者は特別なルートを通して都市で仕事を得るか、都市の大学を卒業して就職する場合を除き、戸籍を転換し、都市に移住することはできなかった。

改革開放政策の進展に伴い移動の制限はなくなり、現在では農村戸籍を持ったまま都市で出稼ぎ労働を行う「農民工」が2億人近くに上っている。都市で農業以外の仕事をしているにも関わらず、「農民工」(「工」は「工人」(労働者)。すなわち「農民労働者」)と呼ばれ、いつまでも「農民」のタイトルを外すことができないのは、戸籍の規制がなくなれば都市が過密化し、新たに用意しなければならない公共サービスのコストが膨大になるからだ。

農民工は戸籍では「暫定的な居住者」でしかなく、多くの社会サービスを受けることができない。北京市内でも農民工が多く居住する地域を歩いていると、民家の一室に赤十字を掲げる「黒診所」を多く見かける。都市の病院は治療費が割高で、保険に加入していても戸籍所在地から離れた都市部では自己負担率が高くなるため、このようなヤミ診療所が繁盛している。だが、無資格の医師が治療行為を行うため事故も多く、超音波で胎児の性別を調べて女児を中絶させるというような違法行為も横行している。年金制度の発達していない農村では、老後に対する心配もあり、子どもの性別を選別する親が後を絶たない。

地元出身者優遇の深刻な教育・就職差別

都市戸籍の発給制限は大卒のホワイトカラー層にも及んでいる。重点大学の中国政法大学で准教授を務める友人によると、北京以外の地域出身の学生は北京での就職が非常に難しく、公安、検察、裁判所、国有企業といった公的セクターに就職できなければ、他の地域に行くしかない状況だという。

上海市は戸籍の発給を厳しく制限しているが、卒業校のランク、学業成績、健康状態、外国語やパソコンの資格、就職企業の信用度や待遇などによって総合得点を決めた上で1・3・5年の3種類の居住証を発行している。2011年9月の段階で居住証取得者は37万人に上るが、戸籍を持たずに上海に暮らす暫定居住者は897万人で、その24分の1にしか過ぎない(中国大手経済紙『経済観察報』2012年9月10日)。居住証取得者の約8割は大卒以上の学歴を持つエリートだ。しかし、居住証保持者として長年働いたとしても、退職後、年金は戸籍所在地でしか受け取ることができないし、掛け金のうち加入者本人が負担していた分だけで、事業主が支払っていた掛け金分は受け取ることができない。

居住証保持者の子女の教育に関する差別も深刻である。子どもは親が働く都市で初中等教育を受けていても、基本的に、大学入試は戸籍所在地に帰って受けなければならない。中国・教育部によると、2011年に親に同行して戸籍のない地域で勉強している子どもの数は1260万9700人に上るという。しかし、大学入試の準備のため、高校段階から戸籍所在地に戻ると、地域によってカリキュラムが異なるため、成績が急落することが多い。また、大学は地元の学生を優遇して合格点を設定するため、北京出身の学生が一流大学に合格するレベルは、北京以外の地域で受験するなら大学専科(2年制大学)合格に相当する程度だとも言われる。北京市では、同市の戸籍を持つ高校生のうち約8割が大学に合格するのに対し、同市以外の戸籍所在地に戻って受験した高校生の合格率は約5割でしかない。北京市教育委員会によると、2009年、居住証保持者4万人の子どものうち700人が戸籍所在地に戻って大学入試を受験した(中国紙『南方週末』2009年8月5日)。

儒教と社会主義が培った「忍耐力」と「自立心」

同程度の成績であっても、戸籍所在地が異なれば合格のハードルが高くなり、大学に入れないかもしれないし、入学できたとしても就職時に差別される。年金などの扱いも戸籍を持つかどうかで大きく異なる。

もし日本でこういう不平等が顕著になれば、政府に対して激しい批判が集まるだろう。中国でも、北京市の居住証を持つ親たちは、全国人民代表大会や北京市人民代表大会の委員を通じて、子どもが北京で大学入試を受けられるようにすべきだと数度にわたって提起した。インターネットを通じて数百人に上るネットワークを形成し、2010年4月には2000人以上の署名を集めて教育委員会に不平等な制度を改めるよう求めている。

とはいえ、依然、全国規模の反対運動などが見られないのはなぜだろうか。当然、表現や集会の自由を制限し、裁判所に門戸を閉ざさせることでそういった動きを封じ込めている部分もあるだろう。しかしそれだけではなく、儒教文化と社会主義の統治構造を通じて、中国社会にはある種の「忍耐力」が備わってきたと見ることもできるのではないか。国家・政府と国民との間には一定の距離があり、統一的な制度や政策を行き渡らせるのが難しい巨大国家である。「国や制度に頼っていても道は開かれない」という考えから、国民のやむにやまれぬ「自立心」が育くまれた。

筆者が訪れた湖北省沙洋県新賀村では、公共投資で田畑の整備が進み、農作業を機械で行うようになった。収穫は機械を持っている人たちに頼む農家が増えている。若い人たちが出稼ぎに出るため、高齢化が急激に進んでいる。右は腰鼓の演奏と踊りを披露する老人協会のメンバーたち。

「自立心」は家族やコミュニティーの結束を通じた相互扶助に表れている。筆者の家庭は夫が中国に単身赴任しているため、日頃、2歳の子どもの世話を筆者が1人でしなければならないが、中国でその話をするといつも驚かれる。多くの中国人にとって、祖父母が孫の世話をするのが当たり前だからだ。家族を助けることに対して、日本人にはそれほどまでの義務意識はないだろう。家族や親せきの間での金銭の貸し借りも日本ではあまり積極的に行わないが、中国では広く行われている。筆者が調査してきた農村では、家族や親せき、近所の人間関係が密で、伝統的な価値観が根付いている地域の多くで農業灌漑(かんがい)や道路建設がうまくいっていた。

中国の「安定」はもろい基盤の上に

しかし、人間関係を重視する中国の伝統文化は悪く働くこともある。例えば、就職や学校の入学に際してコネの利用が横行しているし、「官二代」や「富二代」といった役人や金持ちの子どもは交通事故を起こしても、殺人を犯しても適切に処罰されていないとして批判の的になっている。

戸籍制度を見ればわかるように、中国における「人権」は国民全体に平等に保障されていない。反日デモでは毛沢東の肖像画を掲げている人たちがいたが、彼らは毛沢東時代が今よりも平等だったとして現状への不満を示した。そして、彼らの多くは地元の戸籍を持たない「外地人」である。

中国政府は途上国としての立場を強調し、「社会権」(※1)を重視するとしているが、中国政府の「穏維」(安定維持)を目的とした弁護士や陳情者への取り締まりなど、近年の「自由権」を無視した行為には目に余るものがある。

インターネットの登場により、言論の空間は飛躍的に拡大した。中国の指導者たちがいわゆる「ネット民主」を恐れていることは明らかだ。なぜなら、中国政府は民主的な手続きを経て選ばれた政権ではなく、「正統性」の確保において大きな不安を抱えているからだ。その意味で、中国の「安定」は政治的にはもろい基盤の上にしかないと言える。

民主主義国家であっても、「自由」と「平等」の追求は永遠に続く。日本では「一票の格差」が長年論争になっており、非正規雇用や生活保護の問題も政策の重要な争点である。しかし、民主主義国家が現在の中国と異なるのは、言論の自由や政治参加の機会を保障する制度が権力の暴走を阻止する上で大きな役割を果たしていることである。

つまり、政府に頼れない環境において忍耐・自立心が育まれた中国においても、「正統性」のない政府が人々の自由権を踏みにじり、格差の驚異的な拡大によって社会権の保障さえも脅かされるなら、もはや民衆の憤りを抑えることはできなくなり、根っこのない表面的な「安定」は崩れ去ってしまう。セーフティネットの基盤を確実にするには、自立した個人が相互に助け合う中で、制度と人間のネットワークが有機的に機能しなければならない。中国の事例は我々にそうしたことを教えてくれる。

(2012年9月 記/写真提供=阿古智子)

(※1)^ 社会権は生存権、教育を受ける権利、労働基本権、社会保障の権利などを含む。自由権は生命に対する権利、信教の自由、表現の自由、集会の自由、参政権、適正手続き、公正な裁判を受ける権利など個人の市民的・政治的権利を含む。中国は国際人権規約の社会権規約(A規約)を批准したが、自由権規約(B規約)は調印のみで、批准していない

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  • [2012.10.17]

早稲田大学国際教養学部准教授。1971年生まれ。1994年大阪外国語大学外国語学部中国語学科卒、1996年名古屋大学国際開発研究科修士課程修了、2003年香港大学大学院博士課程修了。在中国日本大使館専門調査員、学習院女子大学准教授などを経て、2009年から現職。専門は現代中国論。著書に『貧者を喰らう国 中国格差社会からの警告』(新潮社)がある。

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