特集 東アジアの新たな国際環境
東アジアの海洋権益をめぐる紛争・対立と海上法執行機関

鶴田 順【Profile】

[2012.11.15] 他の言語で読む : ENGLISH | 简体字 | 繁體字 |

南沙(スプラトリー)諸島や尖閣諸島の領有権問題など、東アジアの海における国際紛争・対立が激しくなっている。その最前線に立つ海上法執行機関の権限行使のあり方を、鶴田順海上保安大学校准教授が考察する。

近年、東アジアの海では、いわゆる海洋権益をめぐる国家間の紛争・対立が頻発し、その激しさが増している。とりわけ、太平洋とインド洋の間に位置する戦略的に重要な海域であって、国際物流にとっては重要な海上交通路であり、漁業資源やリン鉱石、さらに石油やガスなどの天然資源も豊富であるとされる南シナ海の問題状況は深刻である。

南シナ海における各国の紛争・対立

南シナ海では、ベトナムとフィリピンの間にある南沙諸島(スプラトリー諸島)については中国、台湾、ベトナム、マレーシア、フィリピン、ブルネイが、また、中国・海南島の南方にある西沙諸島(パラセル諸島)については中国、台湾とベトナムが領有権を主張している。これらの島々では、実力による島の奪取や占拠、島への観測所、滑走路や埠頭(ふとう)などの建設、また、島の周辺海域においては、漁獲活動禁止に係る一方的な宣言、外国漁船の拿捕(だほ)や漁民の逮捕・拘束などが発生している。さらに、外国人漁業の取り締まりなどを契機にして、各国政府の軍艦や公用船舶(公船)が海上で直接に対峙(たいじ)するという事案も頻発している。

例えば、2009年3月には、海南島の南方約70カイリの海域において、中国人民解放軍海軍の情報収集艦、中国政府の国土資源部国家海洋局中国海監総隊の公船、農業部漁業局漁政検査隊(中国漁政)の公船などが、米国海軍の海洋監視艦インペッカブル号に接近・包囲して、同号の航行を妨害し、現場海域からの同号の退去を要求した。また、2011年5月には、海南島の南方約320カイリ、ベトナム中部の東方約120カイリの海域において、中国政府海監総隊の公船などが、「中国管轄水域における通常の取り締まり活動」として、ベトナムの資源探査船の調査ケーブルを切断するという事案も発生している。さらに、2012年4月には、フィリピンのルソン島西方約100カイリにあるスカボロー礁でフィリピン海軍の艦船が中国漁船に立ち入り検査を行ったことに端を発して、約2カ月間にわたり、フィリピン沿岸警備隊の公船と中国政府の海監総隊や中国漁政などの公船が現場海域で直接対峙するという事案が発生した。

中国政府の海監総隊や中国漁政は、通常は、軍事活動を行う機関ではなく、海上での法執行活動などに従事する機関である。1982年の「海洋法に関する国際連合条約」(国連海洋法条約)の採択後、中国政府は海上での法執行体制の整備を進めた。国土資源部国家海洋局に法執行部隊を発足させるとともに、漁業に関する行政機関の構築を進め、漁業関係法令の執行にあたる部隊の組織化にも着手した。現在、中国政府の海上での法執行活動は、海監総隊、中国漁政、交通運輸部中国海事局(海巡)、公安部公安辺防海警総隊(海警)、海関総署密輸取締警察という5つの行政機関(「五龍」と呼ばれることがある)によって担われている。中国政府は、1992年の「中華人民共和国領海及び接続水域法」によって、領有権をめぐって他国と紛争・対立のある南沙諸島、西沙諸島や尖閣諸島などを自国の領土として明確に位置付けたのをはじめ、1998年の「中華人民共和国排他的経済水域及び大陸棚法」や2001年の「中華人民共和国海域使用管理法」の採択など、海洋権益を確保するために国内法令を整備し、その執行体制の整備も着実に進めてきた。

「南シナ海行動規範」をめぐる動き

南シナ海における領有権をめぐる関係国間の紛争・対立を緩和するために、東南アジア諸国連合(ASEAN)と中国は、2002年に「南シナ海における関係国の行動に関する宣言」(DOC)を採択した。このDOCでは、国連憲章や国連海洋法条約などの遵守、南シナ海における「航行の自由」と「上空飛行の自由」の尊重、領有権や海域の管轄権をめぐる紛争の平和的解決、関係国による紛争の複雑化あるいは拡大をもたらしかねない行為(現在居住していない島などへの居住など)の自制がうたわれた。また、DOCが法的拘束力を有さない文書であることから、今後、関係国が、南シナ海の平和と安定をさらに促進するような「南シナ海における行動規範」の採択に向けて作業を進めることについて合意するとされた。さらに、2011年には「DOCの実施のための指針」が策定されて、DOCを踏まえた具体的な措置や行動の実施についての決定は、法的拘束力を有する行動規範の採択を導くものであるべきであるとされた。

しかし、2012年7月に開催されたASEAN外相会議などでは、行動規範に盛り込むべき内容について、ASEAN・中国間のみならず、ASEAN加盟国間においても見解が対立し(フィリピンやベトナムなどは、行動規範が紛争解決のための規則となることを主張し、他方で、中国、タイやカンボジアなどは、行動規範が関係国の相互信頼の醸成・強化に資するような国際協力の枠組みとすることを主張した)、行動規範の採択に至らなかったのみならず、ASEANとしての南シナ海問題に関する見解表明を行うこともできなかった。(関連記事1) (関連記事2) 

他方、東シナ海の日本の周辺海域においても、日本の領海や排他的経済水域(EEZ)における外国漁船による違法な漁獲活動や公務執行妨害のみならず、東シナ海の境界未画定の海域における中国政府による海底資源の探査・開発、日本のEEZにおける中国政府の海監総隊による事前通報のない海洋の科学的調査、さらに、尖閣諸島周辺の日本の領海への海監総隊や中国漁政の公船の進入と「無害でない通航」が頻発しており、日本政府の海上法執行機関である海上保安庁などが事案対処にあたっている。

各国海上法執行機関による権限行使

このように、アジアの海では、主に各国政府の海上法執行機関が、海洋権益をめぐる国家間の紛争・対立が具体化した局面において事案対処などにあたっているが、そもそも、海上法執行機関による権限行使とはどのような内容や目的を有するもので、またいかなる限界を有するものなのであろうか。

各国政府の海上法執行機関による権限行使は、基本的には、管轄下の私人などに対する各国の国内法令の適用・執行である。各国国内法令における「犯罪」に関連した海上での法執行権限の行使は、具体的には、国内法令の励行の確認や犯罪の予防を行い、犯罪行為が発生した場合には、犯罪を鎮圧・捜査し、犯人が明らかとなれば、犯人を逮捕して刑事司法手続きに乗せるという権限行使である。海上での法執行権限の行使を通じて、例えば、領海やEEZにおける外国人による無許可の漁獲活動をやめさせることで、漁業資源の保全・管理などを図ったり、輸出入が規制されている物品の密輸入を阻止し、外国人による不法上陸を阻止することで、秩序の維持・創設を図ることができる。

海上法執行機関による権限行使には、自国領域(領土、領海と領空)の主権を確保し、領土保全の侵害を排除するなど、国家安全保障に資する側面もあるが、これらはあくまでも海上での法執行権限の行使の「効果」であり、海上での法執行権限の行使が直接に目的とするものではない。

また、海上法執行機関による権限行使のあり方は、このような内容・目的を有するものであるため、犯人を捜査し逮捕するなどの刑事司法手続きに乗せることを不可能ならしめるような過度の「実力の行使」は、海上法執行機関による権限の行使の目的と整合するものとはいえず、国際法の観点からも許容されるものではない。

「法執行活動」と「軍事活動」の不明確な境界

停船命令を無視して逃走する外国船舶などに対する「実力の行使」については、これまで国際裁判などにその法的評価が求められることは少なく、1929年に発生し米国と英国が争った「アイム・アローン号事件」、1961年に発生し英国とデンマークが争った「レッド・クルセーダー号事件」、そして、1997年に発生しセントビンセントとギニアが争った「サイガ号事件」が代表的な事例である。これらの事例を通じて整理されてきた「実力の行使」に関する基本的な考え方は、「海上での法執権限の行使に伴う実力の行使は、必要かつ合理的な範囲内のものであれば許容される」とするものである。

しかし、「実力の行使」を行う主体の側にとっては法執行権限の行使の実効性を担保する「実力の行使」であっても、場合によっては、国連海洋法条約第301条や国連憲章第2条第4項などが禁止する「武力の行使」や「武力による威嚇」にあたると評価されることもある。国連海洋法条約は「武力による威嚇または武力の行使」を禁止しつつ、締約国が領海、接続水域、EEZ、公海の各海域において海域に対応した事項に関する執行管轄権を行使することを許容していることから、海上での「法執行活動」と「軍事活動」を区別して捉えていると解されるが、両者の境界は必ずしも明確ではない。

2000年に発生しガイアナとスリナムが争った「CGX事件」に関する2007年の仲裁判断などを踏まえると、海上での権限行使の国際法における性格決定は、権限行使主体の各国の憲法や組織設置法などの国内法令における位置付け(法執行機関として位置付けられているか、それとも軍隊として位置付けられているか)よりも、当該権限行使が、(1)いかなる状況で(領有権や境界画定をめぐって国家間で紛争・対立のある海域での権限行使であるかなど)、(2)いかなる法的評価のもとに(権限行使の対象者の行為が主権侵害であるのか、国際法上の権利侵害・義務違反であるのか、「無害でない通航」であるのか、国内法令違反であるのかなど)、また、(3)いかなる権限行使がなされているか(拿捕や逮捕などを行うことで刑事司法手続きに乗せることを目的としているかなど)によって決せられるといえる。

それゆえ、各国政府の海軍ではなく海上法執行機関による権限行使であれば、国際法上、当然に「法執行活動」にあたるというわけではなく、場合によっては、「軍事活動」にあたると評価されることもある。東アジアの海では各国政府の海上法執行機関所属の公船の海上での直接対峙が頻発し、外国政府の公船に対する権限行使が(場合によっては相互に)行われていることから(例えば、自国のEEZにおける自国の同意を得ていない海洋の科学的調査の中止要請や自国の領海で「無害でない通航」を行う公船に対する退去要請)、当該権限行使が国際法の観点からどのように評価され、法執行活動にとどまる権限行使であるといえるのかについて、上記(1)から(3)の事項に着目して整理しておく必要がある。

各国海上法執行機関の公船の「衝突」回避のために

他方で、アジアの海では、現に、各国の海上法執行機関の公船の海上での直接対峙が頻発していることから、こうした対峙が「実力の行使」を伴う「衝突」に拡大することを防止する方策についても検討しておく必要がある。そのような方策としては、各国政府の海軍の艦船の海上での衝突回避や妨害行為回避などのために締結されている海上事故防止協定(INCSEA)を参考にしつつ(例えば、1972年の米ソ海上事故防止協定や1993年の日露海上事故防止協定)、「危機管理メカニズム」を設定するのが有益であると考えられる。

危機管理メカニズムの内容としては、(1)各国政府の海上法執行機関が事案対処などにあたっている現場海域で法執行官が「緊急事態」において直接に利用可能な「相互連絡メカニズム」の構築、(2)各国政府の海上法執行機関の現場海域にいる法執行官が共有可能な「安全基準」の確認・設定が有益であると考えられる。

(1)の「相互連絡メカニズム」の構築とその実効性を確保するためには、「いかなる状況が緊急事態であるのか」について相互に了解しておく必要がある。「相互連絡メカニズム」の対象となる海域についても、国家間で紛争・対立が発生している海域である場合は、いわゆるdisclaimer条項(「一方の締約国の海上法執行機関が本協定に基づく措置をとる場合であっても、そのことは当該海域に関する当該締約国の主張に何ら影響を及ぼすものではない」などの条項)を活用するなどして、対象海域を特定しておく必要がある。また、そのような状況や海域においていかなる対応をとるべきかについては、相互に連絡すべき基本的事項やその方法・手段などについて、できるだけ具体的な形で相互に了解しておく必要がある。また、(2)については、1972年海上衝突予防規則条約に付属された「衝突予防国際規則」の実施義務の確認や、前述の海上での法執行権限の行使の実効性担保としての「実力の行使」に関する国際法上の規則の確認などが考えられる。

いずれにせよ、このような連絡メカニズムの構築や安全基準の設定が「危機管理メカニズム」として有効に機能するためには、このようなメカニズムの設定目的、さらには、海上での法執行権限の行使の内容や目的とその限界についての認識の共有が必要である。

  • [2012.11.15]

海上保安大学校准教授。専門は国際法・国際海洋法・国際環境法。2005年東京大学大学院法学政治学研究科公法専攻博士課程単位取得退学。海上保安大学校講師を経て、2009年より現職。

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